第55話 キノコ居酒屋
「エルフの街にも酒場あるとは思いもしなかったぜ」
ユキチがエルフ語でよく読めないけど、酒のマークの看板をくぐる。店内は、とてもいい雰囲気で、木で編まれたランプに淡い光が宿り、室内をやわらかく照らしていた。木の香りと甘い果実の匂いが混ざり合い、森にいるような感覚。
思ったよりもにぎわっていて、真昼間なのに長い耳のエルフたちが大きなテーブルを囲み、木製のジョッキを打ち合わせて笑い合っていた。
「こういうところは世界共通なんだな」
ユキチはあっちこっち見る。酒場の熱気は人間の街と少しも変わらない。
「ふふふ。ここのお酒は絶品ですよ」
ギルが楽しそうにメニューを見る。
「はちみつから作ってるんだよ」
「え、はちみつって、あのパンに塗るやつ?」
思わず聞き返す。ユキチは思わず苦笑する。
「そう、それ。――ま、飲むのはアリシアが帰ってきてからにしようか。先に楽しんだら、一生恨まれそうだ。適当にエルフっぽいの頼むぞ」
ユキチとルイスは頷く。ギルはスタッフを呼んで、エルフ語でいくつか注文した。
「――それでは、アリシアとラムネの無事を祈って、いただきます!」
濃厚な香りのスープ、こんがり焼けて傘がぱりっと音を立てる姿焼き、肉汁と混じって香ばしい匂いを放つソテー。
「キノコって言っても色んな種類があるんだね!」
ルイスは目を丸くする。
「どれもうまい!」
ユキチも大きな口で豪快にかぶりついた。がっつく二人の様子をツマミに、ギルはジョッキを傾ける。ルメールはルイスの隣でおとなしく丸くなっている。
――その時だった。ユキチ達のテーブルの前に、3人の若いエルフが立ちはだかった。彼らの目は冷たく、腰には狩猟用のナイフが光っている。
「オ・ラ・ラ、プルクワ・アン・ゴブラン・エ・イシエル?」
「エ、イシエル・エ・テュヌ・フェムレル・レザレル?」
「ナン、ナン! ソルテル・ヴィトレル・ドゥ・ラ・シタレル!」
言葉はわからないが、馬鹿にされていることはわかる。ユキチはジョッキを机に置き、口元を歪めた。
「こういうのも全国共通なのかな。それにしてもおれたち相手に喧嘩を売るなんて、怖いもの知らずというか、なんというか」
ルイスも笑う。
「違いない。一応確認するけど、なんだって?」
ルイスがギルに翻訳を頼む。
「想像通りの、つまらないことだよ」
ギルは苦笑いしながら首を振る。そして、若者たちを睨んで、低い声で言い放つ。
「アヴァン・ドゥ・トゥ・ブレセ、ラントル・ヴィト!」
ギルが言い返した瞬間、若者たちの顔色が変わった。まさか言葉が通じているとは思わなかったのだろう。酒場の空気が一気に張り詰める。楽器の音も踊りも止まり、視線がテーブルに集中する。
「ユキチ、ルイス、ここではおれたちが部外者だ。できるだけ穏便に済ませたい。こっちからは手を出すなよ」
「ああ、分かってるよ」
そして、ギルがすっと立って、若者に最後通牒。
「ジャヴェ・アンタンデュ・ク・レ・エルフ・トゥネ・タ・レティケット、メ・プテートル・ネス・プル・ル・カ・オジュルデュイエルフ? ヌ・ヌ・プーロン・パ・ルトニール・ノ・、クシ・ル・コンバ・コマンス。シ・ヴ・ヴレ・パルティール、セ・マントナン」
静かながらも重みのある言葉に、若者たちは顔を見合わせ、唇を噛みしめながらもすごすごと引き下がっていった。酒場の緊張も解けていく。
「面倒にならなくてよかったな」
ユキチが息を吐く。
「なんて言ったんだい?」
ルイスが尋ねる。
「エルフは礼節を重んじると聞いていたけど、最近は違うのかい? って言ったんだ」
ギルが淡々と答えると、ユキチはニヤリとした。
「あぁ、プライドの高いやつらは、そう言われたら何もできないわな」
料理を平らげた一行は店を出る。夜風が頬を撫でるが、その心地よさを邪魔するように、背後からぴたりとついてくる気配があった。
「なぁ、ギル」
ユキチが低く囁く。
「あぁ、さっきの奴らだな。全く……」
ギルはため息をつく。
「ちょっとお灸をすえてやるか」
ギルは残念そうにつぶやく。一行はあえて人気のない街はずれへと足を運んだ。森の匂いが濃くなり、虫の音だけが響く。
「サ・スフィエル、ソルテル・マントネル」
ギルが声をかけると、影の中からさっきの3人組が姿を現した。
「テュ・ルグレトレ・ドゥ・ヌス・アヴォレル・スズェスティメル!」
言葉はわからずとも、その挑発的な意図はは十分伝わった。ギルは首を横に振りながら腕まくりをする。
「……ヴレモン、チュヌ・コネ・オキュン・プール」
「チュ・サンブル・ビヤン・トランキル、メートル・デ・モンストル」
若者の一人がギルをにらみつけ、挑発的に言い放つ。
「ス・ゴブラン、サ・マンゴーシュ・エ・アルティフィシエル」
別のやつはユキチを指差して笑い声をあげる。
「ラ・ファム・レザール、エル・ア・ユヌ・グランド・プワトリーヌ!」
最後の一人はルイスを下卑た目で見る。
「あぁ、ちょうど3対3だな。やっちゃうか……」
ユキチは冷めた目で3人を見据える。次の瞬間、若者の手がルイスの胸をがっしりと鷲掴みにする。
「おいおい、やりすぎだろ」
ユキチが一歩前に出ると、他のエルフがユキチに殴りかかり、顔面に拳が当たる。――「ぺし」。腰の入っていない、軟弱なパンチ。ユキチは苦笑しながらギルに目をやる。
「ギル、やっていいか?」
「やりすぎないようにな」
ギルは静かに頷いた。 その言葉が終わるより早く――ルイスの拳が唸りをあげ、3人組をまとめて吹き飛ばした。
ドンッ、と木の幹にぶつかり、情けない声をあげて転がるエルフの若者たち。
「……あー。おれ、まだ何もしてないんだけど」
ユキチは肩をすくめ、やる気をなくす。気を失った3人のところにユキチが歩み寄り、しゃがみ込む。「おーい。いきてるかー?」頬をぺしぺし叩くと、うめき声が返ってきた。
「うう、あのトカゲ女……なんて馬鹿力だ……」
その瞬間、ユキチの耳に言葉がすっと入ってきた。
――え? 今の言葉、理解できた?
「……あいつら、おやじに言って排除してやる」
まだ懲りない三人衆は、目の前のユキチを無視して話し合う。
「おいおい、自分たちから絡んでおいて、最後は親に頼みつくとか。そういうの、ダサいよ」
ユキチは呆れ半分でつぶやく。すると、「なんだと?」と返事が返ってくる。「え?」ユキチの目が丸くなる。
「……あれ? 俺の言葉、通じてる?」
3人の若者は気まずそうに顔を見合わせ、ひとりが鼻を鳴らした。
「通じてるも何も、おまえ、エルフ語しゃべってるじゃねぇか。ゴブリンのクセに」
「えぇ……」
ユキチは後頭部をかきむしった。
「まぁいいや。言葉が通じるなら、話は早い」
ユキチは姿勢を正し、鋭い目を向ける。
「おまえら、この落とし前はどうつけるんだ?」
「落とし前……?」
若者たちは顔をしかめる。
「当然だろ。聖地巡礼者の従者に乱暴を働いたとなれば、この街、この国の面子にもかかわってくる問題になるぞ。親父がどうこうって言っていたけど、下手したらおまえの親父にまで迷惑がかかる案件だってわかってる?――ましてやこんな閉鎖された街の中だ。おまえらがこれからどんな目で周りから見られるかと思うと、かわいそうになってくるぜ」
その言葉に、3人は青ざめる。さすがに「巡礼者」という言葉の重みは理解しているようだ。
「お、おれたちはちょっとからかっただけで……」「そ、そうだ! 本気じゃなかったんだ!」「見逃してくれよ……」
ユキチは鼻で笑った。
「本気じゃなかった? ふーん。じゃあ、その言い訳、族長の前で同じように言えるか?」
3人は同時に顔を真っ青にして黙り込む。
「ユキチ、そこまでにしておいてあげな」
後ろからギルの声が響いた。穏やかながら、有無を言わせぬ響きがある。
「こんな狭い町だ。娯楽に飢える気持ちもわかるぜ。だがな――やりすぎは良くない」
ギルは腕を組み、若者たちを鋭い眼差しで見据える。
「わかったら、ほら、迷惑をかけたこの人たちに謝りな。もちろん、おれにもな」
若者たちは歯を食いしばり、うつむきながら声をそろえた。
「う、うう……すいませんでした……」
ルイスは腰に手を当て、ふんと鼻を鳴らす。
「まったく、もういいよ。それより――おまえら、弱すぎる。粋がる前に体を鍛えな。ギル、通訳して」
その言葉をギルが通訳すると、3人組はさらに顔を赤くし、情けない足取りでよろよろと去っていった。
森の夜風が吹き抜け、静けさが戻る。
「……ふぅ。揉め事にならなくてよかったな」
ユキチが息をつく。
「まぁね、女をなめると痛い目に遭うって、しっかり覚えて帰ったかな?」
「おれ、結局なにもしてねぇんだけどな……」
「それにしてもびっくりしたな。ユキチ、いつの間にエルフ語しゃべれるようになったんだ?」
ギルが感心する。
「さぁ? 突然言葉が通じるようになって、おれもびっくりしてるんだよ」
ユキチは首をひねりながら、無意識に首輪へと手を伸ばした。
「それも、その首輪の力ってやつかね」
ルイスが腕を組んで首をかしげる。
「どうなんだろうな……」
ユキチは答えを濁した。
「そういえば、その首輪、この国で手に入れたものだって言っていたな」
ギルが思い出すように言う。
「どこで入手したものか、探してみないか?」
ユキチはしばらく沈黙したあと、小さくうなずいた。
「そうだな。それがサイトーのことを知る手掛かりになるかもしれない」
「よし、それなら早速首輪の出所を探そうぜ。エルフの街は閉ざされているから、探し物は結構簡単に見つかると思うぜ」
ギルが頼もしく言う。サイトーの手掛かり……か。期待してなかったが、この街で見つかるかもしれない。ユキチは自分の鼓動が少し早くなるのを感じた。




