第50話 パパラパンの修行
一方ユキチ達は、地下研究所を出て、ギルの案内でイリュシオンの街中を歩いていた。
「なんだこの街。すごいキラキラしてるな」
イリュシオンの街並みは全てが整っていて、美しかった。きれいな道路を馬のない馬車が走っている。
「おい、あれ、車じゃないか?」
ユキチが走っている車を指さす。
「本当だ。前来た時はなかったのに。――ゴーレム車を作ったおれが世界の最先端だと思ったが、イリュシオンの技術者の方が上だったか。どういう理論で走ってるんだろうな。気になるぜ」
悔しそうに車を睨みつけるギル。ラムネもそわそわしている。
「それはそうと、この街は夜になるともっとすごいんだぜ。うまいレストランも多いから、アリシアと合流したら改めて来よう」
そういうと、ギルは街並みを抜けて、郊外へと足を進める。そして人気のない道をしばらく歩くと、一つの建物の前で歩みを止めた。
「今日、おれがお前たちを連れてきたかったのは――ここだ」
街の喧騒から外れたその場所は、妙に静かで、風の音だけが耳に残る。
「失礼します! 師匠、いますか?」
ギルがドアベルを鳴らす――その瞬間。
「――ッ!」
危険な気配。ギルの体が反射的に後ろへ飛ぶ。――彼がいた場所を風の刃が切り裂く。空気が爆ぜ、石畳に斜めの傷が走る。
「ほほほ……鍛錬はおこたってないようじゃな」
老人の声が響く。振り返ると、そこにいたのは背を丸めた初老の男。ただの老人にも見えるが、見えない重圧を感じる。
「冗談はやめてください、師匠。ご無沙汰しています」
ギルは深く頭を下げる。ユキチは警戒を解かぬまま、一緒にお辞儀する。気配を全く感じなかった。――ギルの師匠。いったい何者なんだ?
「ユキチ、ラムネ。こちらは私の格闘技の先生――マスター・パパラパン先生だ」
「パパラパン? かっこいい名前だな」
ユキチは思わず口元を緩める。
「おれはユキチ。こっちはラムネ。よろしくたのむ」
ラムネもぷるぷると震えて頭を下げる仕草。
「ふむ……君たち、面白い気の流れをしているね」
パパラパンは目を細めて二人を見つめた。その眼差しはまるで身体の奥まで見られているようだ。
「気?」
ユキチが首をかしげる。
「そう。気とは体の中を巡るエネルギーのこと。血や魔素と違って、誰にでも流れているものだ。これを意識すると、できることがたくさんある」
「へぇ……」
ユキチが半信半疑で耳を傾けると、パパラパンは足元の小石を拾い、手のひらに載せた。
「例えば――こう」
パチン、と何の前触れもなく石が粉々に砕け散る。砂のように風に舞い、あとには何も残らない。
「え、魔法? それとも手品?」
ユキチが目を見開く。
「魔法でも手品でもない。ただの気だよ」
パパラパンはおどけるように答える。その声の響きに嘘はなかった。ギルが一歩進み出て深く頭を下げる。
「師匠。突然の訪問、失礼いたします。実は……面倒な相手と戦うことになりまして。今のわたしたちでは力不足です。わたしを含め、一から鍛えなおしたいと思い、ご相談に参りました」
「ほう……今の君でも手を焼く相手か。相手は魔族、といったところかな?」
「御明察です。残念ながら、全く歯が立ちませんでした」
ギルの顔が沈む。パパラパンは腕を組み、しばし考え込む。そしてユキチとラムネをじっと見た。
「君たちも強くなりたいのかな?」
「おれたち魔物だけど……それでも強くなれるかな?」
ユキチは素直な気持ちで質問する。
「大丈夫。君も、そこのラムネ君も、いい素質がある。約束するぞ。君たちはもっと強くなれる」
ユキチの目に熱が入る。おれの左手を軽々と持って行った魔族――リュート。あいつに一撃かますためには、今のままでは力不足だ。おそらくギルもそれを感じて、おれをここに連れてきてくれたのだろう。
「……よろしくお願いします!」
「よし。じゃあまずは、自分の気を感じることからだな」
パパラパンの声に力が入る。
「ギル、君はもう基礎はできている。これからは目隠しをして過ごしなさい。視覚に頼らず、気で外の世界を感じるのだ」
「わかりまりました」
ギルはパパラパンから目隠しを受け取ると、躊躇なくそれを顔に巻いた。ユキチとラムネは顔を見合わせる。自分たちにはどんな修行が待っているのか――わくわくと、不安と、半分ずつの気持ちを抱えて。
「君達は、まずは目をつぶって、自分の呼吸に集中してみなさい」
パパラパンの声が静かに響く。
「空気から取り込んだエネルギーが、身体の中をめぐる様子を感じるのだ」
ユキチとラムネは並んで座り、素直に目を閉じる。だが――。
「……全然わかんねぇ」
「ぷる……」
ラムネもぷるぷる震えるだけで、気配を掴めていない様子。
「そうじゃな。初めてなら無理もない。では手っ取り早く――これを飲んでみようか?」
パパラパンが取り出したのは、薄く琥珀色に光る小瓶だった。
「え、お酒?」
ユキチが眉をひそめる。
「そう。お酒は飲みすぎれば感覚が鈍るが、適量であれば血の巡りが良くなり、気の流れを感じやすくなる。気とは血液のめぐりの果てにあるものだからな」
パパラパンはにやりと笑う。
「知っているか? 生き物の身体の七割は水分でできておる。その流れを把握することが肝要なのだ。……おっと、スライムの場合はほぼ100%じゃな」
「ぷるっ!」
ラムネが得意げに体を膨らませる。ユキチは渋々、瓶を口にした。
「……ッ、けっこう純度高ぇな……!」
喉を焼くような強さ。途端に血流が一気に早まり、心臓がドクドクと音を立て始める。
「これでいいのか……?」
フラフラしながら目を閉じるユキチ。確かに血流はわかりやすくなった――気がする。
「そう。血液の流れを感じたら、呼吸を意識し、その意識を腹の下に集中するのじゃ。わしらはこれを“丹田”と呼ぶ」
パパラパンもなぜか酒を飲みながら説明する。
「でも、心臓の音が邪魔でよくわからねぇ……」
ユキチが苦戦していると、トンッ――。パパラパンが軽くユキチのへその下を叩いた。
「……ッ! 熱っ……」
そこにじんわりと熱が広がり、確かに何かが渦を巻くように感じられる。
「まずはその感覚を身につけるのだ」
「ぷるる……!」
横でラムネが早くもコツを掴んだらしく、体液をぐるぐると回転させながら“丹田”らしき場所を生み出している。
「ほう、ラムネ君は上手じゃな。身体の構造が違うからどうかと思ったが……逆に自在に丹田を生成できるようじゃの」
ユキチは悔しさを覚えつつ、深呼吸を繰り返す。
(細く息を吐いて……血液の熱をお腹に集めるイメージ……)
じわじわと心臓の鼓動が遠ざかり、腹の奥に火の玉のようなものが灯る感覚が芽生えてきた。
「……お、おぉ……これ……か……?」
「はは、二人ともセンスがあるな。もう気を感じれるようになったか。いいぞ」
パパラパンが満足そうにうなずく。
「これを常に毎日意識するのじゃ。食事をするときも、寝るときも。さすれば、自然体でも気を練ることができるようになるじゃろう」
「これか! ギルが素手でもバカ強い理由は!」
ユキチは体の中に力が渦巻いているのを感じる。
「そうじゃな。ギルの場合、この気の力を彼の格闘技術や身体強化魔法と組み合わせて、さらに昇華させておる。――だが心配するな。ギルなどすぐに追いつけるような君たちの強みがあるのじゃぞ。――というわけで、魔物の君たちへのスペシャルレッスンじゃ」
パパラパンが手を叩いて、ユキチとラムネに視線を向ける。
「魔物の身体は魔素で構成されておるのは知っているな?――だから先ほど感じた“気”に魔素を練りこむことで、気の性質を格段に強くすることができる――はずじゃ」
「はず?」
パパラパンのあいまいな表現に、ユキチが少し不安になる。
「というのも、人間であるわしやギルには体の中に魔素を溜める“魔核”というものがないのじゃ。人間が魔素を操る際は、それを補うために魔石を使うのが一般的なのじゃが、やはり無理があるのだろうな。わしには気と魔素の完璧な融合には至ることができなかった。だが――おぬしらなら、その先に進むことができるはずじゃ」
パパラパンは期待を込めた目でユキチ達を見つめる。ギルも目隠しをして一人組手をしながらも興味津々。
「なるほどね。っていうか、魔核っていうのも初めて聞いたよ。自分の身体なのに、知らないことって結構あるんだな」
「そうじゃ。まずは己を知ること。すべてはそこからじゃ。そして、魔素の扱い方については、気とそれほど変わらんはずじゃ。今なら二人ともできるのではないかな? 伝わり聞くところによると、気は熱を帯びているように感じるのに対して、魔素は暗い闇のように感じると言われておる。参考になればよいが」
「サンキュー、師匠。魔素の方が簡単かもしれない」
ユキチは不敵に笑うと、早速魔核の感覚を探り当てる。
「丹田に気を溜めるように、魔核に魔素を集約させるのじゃ。そして集めた二つを融合させて身体に巡らせる……それだけで身体能力は格段に向上するじゃろう」
ユキチは言われるままに呼吸を整え、気と魔素を体内で混ぜ合わせる。色々試すが、一番しっくり来たのは、体内を流れる気を魔素をそれぞれ細い糸にしてねじり合わせる感じ。魔素と混ざった気が丹田で再び練られ、体内を駆け巡る。
「すごい……なんだこの力……。けど、すげぇ勢いで腹が減る……!」
「見込んだ通り、素晴らしい習得速度じゃ。あとは丹田と魔核を鍛え、保有する気と魔素の量を増やすこと。そして、今の気が身体の中をめぐる状態を長く維持すること。最後に、練った気を、ギルのように攻撃や防御の起点に集中させること。この三つができればまずは第一段階クリアじゃな」
パパラパンが笑う。
「第一段階? すると……第二段階は?」
「そこでギルが実践しておるじゃろ。第一段階で体内の気をコントロールできるようになったら、第二段階は周囲の気を感じるのじゃ。ともあれ、第一段階の練度が上がるだけでも、格段に身体能力は向上するじゃろうて。急がば回れ。基本がすべてじゃ。日々の精進、忘れるでないぞ」
「うす!」「ぷるぷる!」
ユキチとラムネが気合を入れた返事をすると、(ぐぅ~)ユキチのお腹が景気よく鳴った。
「ほほほ、腹が減ってはなんとやらじゃな――ほれ、ギルも飯にしよう」
ちょうどその時、目隠し修行中のギルがよたよたと歩き、壁の角に小指をぶつけて「ぐぅっ」と悶絶する。
「アハハ、情けねぇ」
ユキチは腹を抱えて笑った。
「ほれ、笑っておらんで、おぬしも目隠しするのじゃ」
パパラパンに布を渡され、渋々ユキチも目を覆う。
「ラムネ君はもともと目がないから、外の気をもともと感じているのじゃろうな。第二段階は必要あるまい。自分の気と魔素を鍛えることに専念するがよい」
「ぷるるん♪」
ラムネが得意げに揺れる。
「え、なんかラムネだけずるくない?」
ユキチが見当違いの方を見ながら不満をもらす。
「ははは、日々鍛錬よ。自らの気と世界の気、両方を感じ取り、操ることができれば――これ、無敵なりってな」
そう言ってパパラパンは、竹籠から三角のおむすびを取り出した。
「ほれ、お昼ご飯のおむすびじゃぞ」
目隠しをしたユキチは手探りで受け取ろうとするが、先ほど飲んだ酒の影響もあって足元すらおぼつかない。ぐらりと体を傾け、何度も空を切る。
対してギルは師の気を感じ取り、慎重に手を伸ばして何とか受け取ることに成功した。
「なぁ……本当にできるようになるのか、これ」
やっとおむすびを手にしたユキチは、半ば不安げに言う。
「焦らんでいい。修行とはそういうものじゃ」
ユキチがおむすびにかぶりつく。シンプルな塩むすび。だが絶妙な塩梅で、腹に沁みるようにうまかった。ラムネも次々とおむすびを頬張る
「うめぇ……!」
「だろう」
パパラパンの顔がくしゃりとほころぶ。弟子たちが嬉しそうに食べる姿が、何よりのごちそうだ。修行は始まったばかり。だが敵は待ってはくれない。ユキチたちはそれを思い出し、塩気の効いた米粒を噛みしめて、修行を続けるのだった。




