第46話 ガラム=ラフェル
「――大きくなっても、お互いすぐわかるもんだな」
男の低い声が地下室に響く。身体は大きくなったが、幼いころの面影がしっかりと残っている。
「本当に……お兄ちゃんなの?」
「あぁ、そうだ――なかなか会えなかったからな……十五年ぶりか」
「……ガラム!」
その声に反応して、ルイスが勢いよく体を起こし、殺気をまとう。
「おう。ルイスも、久しぶりだな」
ガラムはどこか懐かしむように微笑んだ。
「元気そう……ではないか。だが無事でよかった」
「ガラム、貴様には聞きたいことが山ほどある」
低く、鋭い声でルイスが吠える。それもそのはず。ラグライドの人たちの善意を裏切り、竜の卵を盗んだ男。この男に制裁を加えることがルイスの旅の目的の一つだ。だが、ルイスの目には、それ以上の複雑な感情が渦巻いているようにも見える。
「奇遇だな。ぼくもだよ」
ガラムはルイスの殺気に一歩も退かず、そして柔らかい口調で続けた。
「ぼくは逃げも隠れもしない。だからまずはお茶でも飲んで、落ち着いて話そうじゃないか」
彼が慣れた仕草で部屋の戸棚からコップを出すと、テーブルの上にあったポットからお茶を注ぐ。琥珀色の液体から、気分が落ち着く香り。
「ここは安全だ。だから、そこの神父さんも警戒を解いてくれないか?」
ガラムは、気配を殺して背後に立つギルに向けて、振り向きもせずに声をかける。
「……」
ギルはしばし沈黙し、ちらりと仲間たちを見る。アリシアは軽く頷く。ルイスは殺気を隠し切れないが、どこか不貞腐れている。
「……おれは、お茶にはうるさいぞ」
ようやくギルが拳を下ろし、ドカッと椅子に座る。だが、緊張が完全に解けるわけもなく、重苦しい沈黙が続く。
「うーん……何から話そうかな」
ガラムはわずかに視線を落とし、少し考え込む。
「……まずはこれを見てもらうのが早いかな」
彼は上着を脱ぐと、包帯が巻かれている左手を見せる。
「まさか……この年で厨二病――?」
アリシアが思わず息を飲むが、その不安は的中する。何も言わず包帯を解いていくガラム。ざらりと床に落ちる布。そして露出したガラムの左手に刻まれていたのは、アリシアの手にもある、教会で授かる刻印に似ている。だが、範囲が桁違い。アリシアやギルの刻印がせいぜい手のひらに収まる程度なのに比べ、ガラムの刻印は手の甲から肩にかけて、刻まれている。
「え、え、どういうこと……?」
アリシアの声が震える。
「……ぼくはね」
ガラムは自嘲気味に笑いながら、左腕の刻印を見つめる。
「選ばれてしまったんだよ――魔王候補に」
「はぁーー!?」
アリシアの叫びが地下室に響き渡った。
「ごめん……そうなるよな」
ガラムは苦笑する。
「おれ、説明が下手なんだ」
お茶の香りが、沈黙を際立たせえる。
「全く――本当にお前は説明が下手じゃな」
奥の暗がりから、低い声が響いた。
「……返す言葉もない」
ガラムは素直に頭を下げる。そこに姿を現したのは、杖を突いた老人だった。白髪に長い髭をたくわえている。背は小さいが、眼鏡の奥にある目はぎらりと光を宿していた。
「君がガラムの妹さんか。ふむ……あまり似とらんな」
「え……どなた……?」
「はじめまして。わしの名はニシムラ。しがない研究員じゃ」
老人は杖を突きながら近づくと、テーブルに新しいカップを並べ、香ばしいお茶を注いだ。
「説明下手なガラム君に代わって、わしが話そう」
ニシムラは咳払いをして、全員を見回す。ガラムは左手を包帯で巻きなおしている。
「突然のことで驚くと思うが、ここは――トルメニア大陸。イリュシオンにあるサンクティオ大神殿の地下研究所じゃ」
「えっ……!?」
一同の声が重なった。
「ちょ、ちょっと待って? あたしたちはカルドリア大陸の真ん中の……オアシス近くの洞窟にいたはずなんだけど」
アリシアが慌てて立ち上がる。
「そう。そこで君たちに迫る危機を、ここにいるガラム君が感じ取ってな」
ニシムラは茶をすする。
「ちょっと特別な力で、君たちを助けに行ったのじゃよ」
「特別な力って……転移魔法か?」
ギルが声を落とす。転移魔法は時間魔法と並んで、今は失われた古の禁呪だ。
「君たちもよく知っているものじゃよ」
ニシムラは一度ガラムに視線を送る。
「これさ」
ガラムが静かにテーブルに置いたのは、黒革装丁の分厚い本。しかも一冊ではなく――三冊。
――ドン!
「禁書……! しかも、三冊も!?」
「あとこれはおまけだ。落ちていたので、ついでに拾ってきた」
もう一冊、ドン。最後のはシンバが持っていた『転生したらゴブリンでしたが、それがどうした ~苗床になったお姫様~』だった。
「ガラム、まさかお前、魔王の――」
「まぁまぁ、落ち着けって」
ガラムは手を軽く上げて制する。
「ぼくは魔王とは何の関係もない――いや、魔王候補とか呼ばれてるけど、それはぼくの意思じゃないから」
「……」
ガラムを疑いの目でみるアリシア一行。そして、視線を移し、改めてテーブルに並べられた禁書4冊を見る。
『時間よ止まれ! 停止した世界でナマイキな悪役令嬢にお仕置きタイム』
『ビッチな隣人ののぞき穴。姉さん女房の秘密を知ったボクは』
『気づけばそこにいる! わからせおじさん。どこでも寸止め地獄』
『転生したらゴブリンでしたが、それがどうした ~苗床になったお姫様~』
「あ……改めてみても、ひどいタイトルね」
アリシアの頬が上気する。ユキチに意識があったら、絶対”ろくでもない”とか叫んでいただろう。
「君たちならタイトルで大体想像がつくんじゃないかな。これらの本には時間停止、遠隔視、物質転送の呪文が書かれているんだ」
「なんと――」
時間魔法と転移魔法、禁呪を堂々とおかした禁書が目の前にある。正直、これらを使いこなせば、できないことなどほぼ何もないと言ってもいい。
「まぁ、ここにある呪文を使って遠隔視でアリシアのピンチを察して、セレナ=ミラージュの近くの洞窟に飛んで、時間を止めて君たちを助けたって訳さ。一応、洞窟の周りにあった車や荷物なんかもみんな持ってきたつもりだけど、忘れ物があったら遠慮なく言ってね」
こともなげにすごいことを言うガラム。アリシアたちはついていけない。
「禁書はどうやって手に入れたの?」
震える声でアリシアが聞く。
「あぁ、この大神殿を襲ってきた生意気な魔族が持ってたんだけど、ちょっと締めたらくれたよ」
「いや、この禁書持っている時点で結構ヤバいやつだと思うんだけど……良く勝てたわね」
「まぁ、持っていた奴のおつむがちょっと足りなかったのがラッキーだったな。それにこの呪文、効果が強力な分、消費魔力もでかいから、そこら辺のやつが使ったら、一瞬でミイラになっちゃうんだよね」
何となく、間抜けな魔族がミイラになったシーンが頭に浮かぶ。
「ガラムはそこら辺のやつじゃないってことだな」
ギルが質問する。
「その通り、ぼくは魔力量だけはあるからさ」
「ガラム君はな、魔素を体内で増殖させることができる特異体質なのじゃよ」
ニシムラが捕捉する。
「そう。だから魔力はほぼ無限に使えるんだ」
ひどいチートだ。そしてそんな男が禁書の呪文を使い放題とか。魔王候補と呼ばれるのも頷ける。
「だから魔王候補なのか――」
事情を察して納得するギル。
「その辺の話は、ゴブリン君が起きてから、改めてしようか。お腹もすいたじゃろ、簡単なものしかないが、とりあえず食事にしよう。ちょっと待っておいで」
そう言ってニシムラは部屋を出た。
「いいね! イリュシオンのご飯、楽しみ~!」
アリシアが小躍りするが、ルイスが遮る。
「その前に、わたしはおまえに話がある」
ガラムを睨むルイスの目には、殺意が宿っている。
「そうだな。今話し合おうか。ルイス、元気してたか?――無事卵も回収できたようでよかった」
ガラムはアリシアのそばにいるルメールを見て目を細める。
「おまえ、なぜ、黙って街を出て行ったんだ? しかも卵を盗んで。みんなおまえを仲間だと信頼していたのに――」
思わず目頭が潤む。こんな感情的な彼女をアリシアは今まで見たことがない。
「あれ? 手紙を書いたと思ったが。――届かなかっのか?」
ガラムは、ルイスがなぜ怒っているのかわからない。
「受け取ったさ」
ルイスはふところから紙きれを出す。ずっと大事そうにとってあったようだ。申し訳ないと思いつつ、好奇心が勝って手紙をのぞき読みするアリシア。文面はとてもシンプルだった。
愛するルイスへ
おれは行く
竜神の卵は預かった
アーチヘイブンの闘技場で優勝したときに返す
あとは任せた
ガラム=ラフェル
「え、愛するって……二人は付き合ってるの?」
一行目から動揺するアリシア。
「過去の話だ」
ルイスが切り捨てる。
「ちょ、ちょっと待て……ぼくたちまだ、付き合ってるよな?」
情けない声をあげるガラム。
「この手紙だけ置いて、5年近く連絡が付かない男とどう付き合うっていうんだ。――竜神様の卵を盗み、ラグライドの守り神を脅かした罪、軽くはないぞ。言うことがなければ素直にその命をもって罪を償え」
静かに剣を抜くルイス。
「いやいや、どこかで何かが間違ってるぞ。あの卵は竜神様に頼まれて、魔族から守るために預かったものだし、あのままおれがラグライドにいたら魔族を呼び寄せて大惨事になるとこだったから、ぼくもしょうがなく街を離れざるを得なかったんだ。わかるだろ?」
早口で言い訳をするガラム。だが、その首元にはルイスの剣先が迫っている。
「はぁ? この手紙からどう読み解いたらそうなるっていうんだよ!」
テーブルを叩くルイス。
「これはお兄ちゃんが悪い」
「アリシアまで……」
家族にも見捨てられ、絶望的な顔をする。
「そもそもルイス、闘技場の大会でなかなか優勝できなくて、ずっと苦労していたんだからね」
「え、あれってわざと力を抜いて、卵を街から遠ざけてくれていたんじゃないのか」
「「んなわけあるか!」」
アリシアとルイスのパンチが、ガラムの顔面に炸裂する。きれいに吹っ飛ぶガラム。
「あぁ、わたしの今までの苦労って、一体……」
座り込み、放心するルイス。ニシムラが笑って戻ってくる。
「だからお前は説明が下手なのじゃ」
「そんな……危険から守るために泣く泣く離れたはずなのに、どうしてこうなったんだ」
頭を抱えるガラム。
「まったく……おまえはもう少し状況を説明しろ」
ガラムの頭にルイスの拳骨がおろされる。しかし、ルイスの目からは殺意が――もう消えていた。
「ニシムラさん、一応聞くけど、こいつの言っていることは本当かい?」
ルイスが訪ねる。
「竜の卵の件はわしも知らなかったが、ガラム君が魔族を呼び寄せるというのは本当じゃ。最近その包帯でやっと抑えることができるようになったのじゃ」
「そうか……はー、怒ったら腹が減ったよ。飯にしようか」
いつもの調子に戻ったルイスはテーブルに戻る。ガラムも頭をさすりながらルイスの隣に座る。笑うアリシアとギル。ユキチはまだ眠ったままだが、部屋の中はニシムラが用意してくれた温かいスープの香りで充満している。




