第43話 ゴブリンロード
ゴブリンシャーマンを倒され、動揺しているゴブリンソルジャーを退治するのは、拍子抜けするほど簡単だった。アリシアたちは捕らえられていた人を上のフロアのロックに預けると、改めて最下層――地下5階へ向かう。
階段を降りると、湿気と獣臭がすごい。松明の揺れる光が照らし出すのは、広大な地下広間。そこに――規律正しく整列する数十のゴブリンたち。今までの雑魚とは明らかに違い、無駄な動きひとつない。
「……なんだよ、こいつら、軍隊か?」
ルイスが低くつぶやく。
「あたしたちが上で戦っているときも、ここでこんな風に待ってたの? 意味が分からないんだけど」
アリシアも動揺する。そして、整列したゴブリンたちの奥。ひときわ豪奢な石造りの玉座に腰掛ける、大柄な影があった。その目は黒く、体躯はゴブリンの数倍。全身を覆う筋肉と、粗末ながらも異様な威厳を放つ鎧。手元には鉄をひしゃげさせた巨大な剣。
「……ゴブリンロード」
ユキチの声が震えた。
「えっ、ちょっと待って! それって、ゴブリンの中の最上位種じゃない?」
アリシアが小さいころ、好きで読んでいた『世界の危険な魔物図鑑』に記載されていた中でも、"伝説級"にカテゴライズされていた記憶がある。
「あぁ、あの雰囲気……ロードに間違いない」
ユキチの背筋に冷たい汗が流れる。その時――。地下広間に重々しい声が響いた。
「……オマエハ、ナゼ……ニンゲンノ味方ヲスル? ゴブリンナラ、オレニ従エ!」
ゴブリンとしての本能が服従しようとするが、ユキチは手を握りしめ、一歩前に出て答える。
「別に人間の味方ってわけじゃないよ。ただ、友達が人間だったってだけさ。それに、おれは旅をしたいんだ。あんたの命令に従うつもりはない」
「……ニンゲンガ、トモダチ。バカナコトヲ。コイツラハ……オレタチゴブリンヲ、ミルダケデ襲ッテクル害獣ダ」
ゴブリン兵たちが一斉に唸り声をあげる。牙を剥き、棍棒や槍を叩きつけ、敵意がむき出しだ。アリシアも一歩前へ出てユキチに並ぶ。
「ねぇ! 言葉が通じるなら、もうこんなことやめて仲よくしよう? だって、あたしとユキチだって友達になれるんだから、あなたたちも話し合えば、きっと――」
「フン……」
ゴブリンロードが鼻で笑う。
「――仲良ク、ナレルトデモ?」
その声音には嘲りと怒りが混じる。
「ヒトトゴブリンガ? オマエ、現実ヲ知ラヌ甘イ娘ダ」
アリシアは怯まず言葉を続ける。
「甘くてもいい! だって、傷つけ合うよりマシだもの!」
ロードの瞳がぎらりと光る。
「……面白イ。デハマズハ、全テノニンゲンドモヲ、オトナシクサセルコトガデキレバ……オマエノ話、キイテヤロウ」
広間に重圧がのしかかる。
「そ、それは……!」
アリシアが言葉を失う。
「シカモ、仲ヨクシヨウトイウソノ手デ、オマエラハ我ガ同胞ヲ今日ダケデ何匹殺シタ?」
「それについては謝る。こちらにも事情があるんだ。なぁ、手を引いてくれないか。これ以上人間に手を出すようなら、戦わないといけない」
ユキチが声を張る。
「……コチラノ、セリフダ」
ゴブリンロードの声が鋭く響く。周りのゴブリンたちが一斉に武器を構えた。
「くそっ、平行線だ」
ユキチが奥歯を噛みしめる。
「こうなったらしょうがないな」
様子を見ていたギルも戦闘準備を始める。胸元から光を帯びたゴーレム核を取り出して掲げる。
「――ラムネ、行くぞ」
ぷるるっ! 呼応するようにスライムの体が震え、周囲の岩石を巻き込みながら形を変えていく。ガラガラと地響きを立てて組み上がる岩の鎧。ギルの身体を覆い尽くし、ゴブリンロードよりも巨大なゴーレムの姿が現れる。
「ギルムネ改、出陣だ!」
広間に現れたその巨躯は竜神と戦った時よりはやや小さくなっているが、暴走しないように改良が加えられている。整列していたゴブリン兵たちが一瞬たじろぐ。だがすぐに咆哮とともに武器を掲げ、突撃の態勢を取る。ゴブリンロードの目が鋭く光った。
「面白イ――力ヲ見セテミロ、ニンゲント、裏切リ者ノゴブリン……!」
「全く、なんで人の話を聞かないのよ! もう! 苦悶!阿鼻叫喚!」
アリシアの魔法が口火を切る。
「キュイー!」
ルメールも口から青白い炎を吐き、敵を包む。だが、流石ゴブリンロードの精鋭部隊。くしゃみや炎に怯みつつも、隊列を崩さずに襲ってくる。
「これは加減はできないな。フルパワーで行くぞ! 豪波! 滅殺断罪掌!」
ギルムネのその両手から強烈な閃光と竜巻がゴブリンたちを襲う。幸い被害を逃れたゴブリンも、影から忍び寄ったナイフの餌食になる。
「いけー! そこだー!」「キュイ―!」
下手な援護は迷惑になると理解したアリシアは広間の入り口付近で応援する。ルメールもそれに続く。念のため彼女らを護衛するルイス。
「どうしたんだい、大将。このままだとあんたのお仲間がみんないなくなっちゃうぞ」
いまだに椅子に座って動こうとしないゴブリンロードに、ユキチが軽口をたたく。
「ククク……分カッテイナイナ。ワタシガイレバ、軍団ナド、イクラデモヨミガエル」
ゴブリンロードが立ち上がり、ボロのマントを翻しながら左手を掲げる。ズズズズ……。するとその影から新しいゴブリンの軍団が生まれる。
「「なんだと?」」
ユキチとギルが同時に驚く。
「ナニヲ驚ク。我コソガゴブリンヲ導クモノ。ソシテ、ゴブリンノ世界ヲ創ルモノ。ゴブリンロードナルゾ」
ゴブリンロードは新たな軍団を産み出すと、再び椅子に座る。
「おい、ギル。これはキリがないぞ」
「あぁ、幸いなのはあいつ自身は戦う気がないということだな」
「全くだ。だが、このままでは人数で押し切られるな。ギル、ここを少し頼めるか?」
「任せとけ。何か手があるのか?」
「あぁ、多分な」
そう言うと、ユキチはアリシアたちのところに急いで戻る。ギルムネ改はゴブリン軍団相手に孤軍奮闘を続ける。
「ユキチ! 大丈夫?」
アリシアとルイスが駆け寄る。
「あぁ。ただ、このままだとあいつのペースに飲まれて負ける……そこで、だ」
ユキチがアリシアを見つめる。正確にはその頭の上のルメールを。
「え、ルメールを?」
「あぁ、あのゴブリンロードは影からゴブリンを産み出した。おそらくあいつ自身が大きな魔素だまりの塊のようなものなのだろう。魔素は魔力の源。これはおれの勘だが、ルメールならあいつの魔素を食える」
「でも、あんな大きいのを食べきれるかしら……?」
広間の奥に鎮座するゴブリンロードに視線を移すアリシア。
「全部食べる必要はない。あいつの魔力をそれなりに削れれば、おれとギルムネで始末できる。ルイスは引き続きアリシアとルメールを守ってくれないか?」
「それはもちろん構わない」
ルイスは力強く頷く。
「助かる。ルイスのおかげで攻撃に集中できるってもんだ。ちなみに、アリシアはビームは……」
ユキチに見つめられたアリシアは、自分の手の甲を見つめる。刻印は沈黙したままだ。
「ダメみたい」
アリシアは首を振る。
「まぁ、おれたちで何とかなる敵ってことかな。アリシアは隙を見て、ギルの回復を頼む。元気なおっさんだが、流石に戦い続けるのはしんどいだろう」
「分かった。任せておいて!」
アリシアの顔に、笑顔と緊張が走る。
「そうだ! ルメール。これを……」
そういうと懐から聖水の瓶を取り出して、ルメールに飲ませる。
「胸やけをおこさないように、食べる前に、飲む! ってね」
「――そういうもんかね」
ユキチはあきれた顔で、幸せそうに聖水を飲むルメールを眺める。そして一呼吸置くと、ギルのフォローへと戻った。
「――待ちわびたぞ、ユキチ!」
ゴーレムに覆われて見えないが、ギルの声には疲れが見える。
「すまない。それより、本丸の攻略を始めるぞ」
「わかった。おれは何をする?」
「このまま、ゴブリン軍団の退治を頼む。あいつの魔力切れを狙う」
「なるほどな。真っ向勝負か」
ギルの笑っている顔が浮かぶ。
「すまない。そういうことだ。――だが、アリシアたちが援護支援をしてくれる」
「それは助かる」
「で、あいつの魔力が減ってきたら、一気に仕掛けるぞ」
「よしきた!」
ギルムネとユキチは再び戦場に飛び込む。一方、アリシアたちは気配を消してゴブリンロードの後ろに回り込む。
「じゃあ、ルメールはここで静かにこの人の魔力を食べててね。食べれるかな?」
小声でルメールに指示を出すアリシア。「キュイ」ルメールも小さく答える。
「えらい子! ちょっとギルおじちゃん応援したら、すぐ戻ってくるからね」
ルメールの頭をなでると、アリシアとルイスは広間の側面に移動する。
「ギル! お待たせ!」
アリシアはギルムネに駆け寄ると、回復魔法をかける。
「疲労回復!精力増強!勇気百倍!!」
「うおおおお!? なんだこの魔法?」
「あたしのオリジナル回復魔法よ! かなり無理が効く身体になったはず。でも調子に乗ると、明日の筋肉痛が怖いわよ。気を付けて」
「オリジナルの回復魔法? よくわからんが――わかった! すごい、身体が超軽いぞ!」
どうもギルにかけられたのはただの回復魔法ではないようだ。だがそれは今は些細な問題。ギルムネの動きが格段に良くなる。ゴブリンロードが生み出すゴブリン軍団を次々と殲滅する。フォローの必要がない勢いだ。
「ギギギ……」
ゴブリンロードが初めて苦々しい顔をする。
「ギル! いいぞ! そろそろ行くか!」
ユキチが合図を送る。
「おう!」
ギルムネはゴブリン軍団を蹴散らし、返す刀でゴブリンロードを攻撃。
「調子ニ……乗ルナ!」
ゴブリンロードが立ち上がり、また大量のゴブリンを産み出すが、疲労が見れる。
「隙あり! 壮絶!小指致命傷!」
影に隠れていたアリシアが呪文を唱える。ゴブリンロードは知る由もないが、今や、足の小指の痛覚は極限まで高められている。
「ヌゥ……?」
「なんだ、本気で戦うのはもしかして初めてか? これは痛いらしいぞ。覚悟しろ」
ギルムネが産まれたばかりのゴブリンを蹴散らすと、そのままの勢いで右足でゴブリンロードの左足の小指を踏みつぶす。
「ギイヤァァァァァーーッ!」
痛覚が極大化されたゴブリンロードの叫び声が広間に響く。しかし、ギルムネは容赦せず、そのままゴブリンロードを担ぐように下に潜り込むと、足を踏んだまま右肩を押し付ける。
「豪滅! 断罪鉄山靠!」
傍から見るとただの体当たりに見えるが、その巨大な体躯の質量が、集約された衝撃としてゴブリンロードに襲い掛かる。
――ズズン
壁に叩きつけられるゴブリンロード。
「バカナ……タカガ人間ガ……」
「全クダ……タカガ人間ニ、何ヲシテイルノデスカ」
突然広間の入り口から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おまえは……」
「シンバさん!」
言いよどんだユキチのセリフに、アリシアが続く。
「ミナサン、オ元気ソウで、ナニヨリでス」
慇懃無礼にシンバがお辞儀をする。だが、彼が纏うオーラは人間のそれではなかった。




