第42話 ゴブリンシャーマン
ゴブリンの街を見張っていたエルダーゴブリンを難なく倒し、アリシアたちはいよいよ地下四階へ。階段を降りると、そこにはこれまでとは違う、異様に広い広間が待っていた。 壁沿いには粗末な牢屋が並び、薄暗い鉄格子の奥に人々の影が見える。だが、その多くはぐったりと横たわり、ほとんど反応を示さない。飢えや恐怖で、すでに気力を失っているようだった。
「……ひどい」
アリシアが言葉を漏らす。広間の中央には、体格の良い武装したゴブリンが数匹、ゆったりと歩いてる。先ほど倒した見張りのエルダーゴブリンとは明らかに違う威圧感。
「数が多いね……あれはゴブリンソルジャーってやつかな」
ルイスが低くつぶやく。
「そうだな。しかも結構訓練されている上位種だ。タイマンなら負けないが、集団戦だと厄介だな――それにこの広間。隠れる場所がねぇ。今までみたいに一匹ずつ仕留めるのは無理ときた」
ユキチが首を横に振る。
「じゃ、正面突破するしかないってことね」
アリシアの声は勇ましいが、その目には緊張も浮かんでいた。ギルが腕を組んで周囲を見渡し、静かに言う。
「確かに。隠れる場所がこうまでないと不意打ちはできないな。ここからは力業で行くか。――牢に囚われた人たちは巻き込まないように気を付けないとな」
広間は静まり返っている。ただし、誰かが一歩出れば、簡単に火が付く。――その瞬間を前に、一行は互いにうなずき合った。
「あたしが魔法をぶち込んで隙を作るから、その間にユキチとギルは速攻であいつらをできるだけ倒して。その後ルイスはあたしと一緒にラムネと囚われている人を助けてちょうだい」
「キュイ」指示を受けなかったルメールがさみしそうに鳴く。
「ルメールはあたしと一緒。離れないでね」
「キュイ!」
「よし、じゃぁ行くわよ! 苦悶!阿鼻叫喚!!」
アリシアの呪文詠唱の声を聴いて、ゴブリンソルジャーたちがこっちを向く。次の瞬間、「くしゅん」ゴブリンソルジャーたちは、面白いくらいにくしゃみをする。
「いいね! あとは手はず通りに」
ギルが静かに駆け出し、ユキチも続く。ルイスはラムネを連れて牢屋に向かう。
「グギャアア!」ユキチの一撃を急所に浴びたゴブリンソルジャーが血を噴き出しながら倒れる。注意がユキチに向いた瞬間を見逃さず、ギルは渾身の掌底を目の前の相手に叩き込む。その衝撃は、鎧を通して相手の内臓を破壊する。ゴキッ。とどめに首の骨を折る。
広間はたちまち修羅場と化す。残りのゴブリンソルジャーたちが武器を構えて襲いかかってくるが、ギルとユキチは互いに背中を預けるように迎え撃つ。
一方その頃、アリシアとルイスは牢屋の鉄格子に駆け寄っていた。
「大丈夫? 今助けるから!」
アリシアが治癒の光を灯すと、衰弱していた人々の目に少しずつ生気が戻ってくる。ラムネがその手先(?)を器用に使って開錠し、ルイスが人々の拘束を解いていく。もちろん、周囲の警戒は忘れない。
すべては順調だ――アリシアがそう思っていた矢先、広間の奥から低い声が響く。
「オマエラ ダレダ?」
囚われていた人々がガタガタ震えだす。――姿を現したのは、ボロ布のような法衣をまとい、曲がった杖を握るゴブリン――その眼は異様な赤光を放ち、普通ではないと一目でわかる。
「こいつ、ゴブリンシャーマンだ! 魔法を使うぞ。気をつけろ!」
ユキチが叫ぶ。
「魔法を唱える隙は与えない!」
ギルが一直線に駆け出す。拳に気を纏わせ、渾身の一撃を放とうとしたその瞬間――ズン、と音を立てて、数匹のゴブリンソルジャーがシャーマンの前に飛び出した。盾のように立ちはだかり、ギルの攻撃を受ける。
「ちっ……連携取れてやがる!」
ギルの悪態を聞きながら、ゴブリンシャーマンは口角を吊り上げ、にやりと笑った。
「……グルル、マナ……バーン……」
聞き取れない言葉が紡がれていく。空気が一気に熱を帯び、床から炎が噴き上がる。
「まずい!」
ユキチが叫ぶと同時に、広間を炎が包み込む。
「くそっ、牢の人たちが!」
ルイスが囚われた人たちを庇おうと身を挺する――その上に覆いかぶさるように何かが広がる。ぷるぷる! ラムネが保護膜のバリアを張ったのだ。だが、これだけの人数を囲うにはやや体積が足りない。アリシアはあわててに鞄から聖水を取り出すと、ラムネに魔力と水分を補給する。
「ありがとう、ラムネ。頑張って!」
ラムネが炎に耐える間に、アリシアの頭の上にいたルメールが外に飛び出した。
「ルメール、危ない――?」
「キュイー」
鳴き声と共に、ルメールの口から青白い炎が吐かれる。それはゴブリンシャーマンの炎をかき消し、ゴブリンソルジャーともども覆いつくす。
「あぶなっ!」
慌てて退避するユキチとギル。
「すごい! ルメール!」
アリシアの目が輝く。
「……あたしも負けてられないわ! くらえ! 今日二回目の苦悶!阿鼻叫喚!!」
次の瞬間、透明な花粉のような魔力の粒子がふわりと広間に舞い散った。ほんの一呼吸後――
「……ハ、ハックシュン!!」
ゴブリンシャーマンが思い切りくしゃみをし、杖を取り落とす。
「グバァッ……クシュン!」
周囲のゴブリンソルジャーたちも次々と鼻を押さえてくしゃみを連発。――だがそれだけではなかった。
「ハックシュン!!」
「ぶっ……ヘクシュッ!」
ユキチとギルまで一緒に盛大にくしゃみをする。
「ちょっ、アリシア! 相変わらず狙いがひどいぞ!」
ユキチが涙目で叫ぶ。
「あ、ゴメン」
アリシアは悪びれもせず、舌を出して笑った。
「ほんとに……っくしゅん! 頼むよ……」
ギルも鼻を押さえて呻きながらも、再びゴブリンシャーマンに肉薄する。ゴブリンソルジャーたちはルメールの炎とアリシアの魔法の影響で、護衛が間に合わない。
「ギギギギ! ナメルナ! ニンゲン風情ガ!」
ゴブリンシャーマンはその見た目からは想像できない素早さで、ギルの攻撃をスレスレ避ける。「……グルル、ズム……ソール……」そしてギルの胸に手を当てると、何か呪文をつぶやいた。
「まずい!」
ユキチも攻撃に加わろうとするが、ギルの身体が前に倒れながら黒く輝き始める。
「ククク、コレデ オマエ ヌケガラ……」
勝利を確信するゴブリンシャーマン。ゴキッ。――ゴブリンシャーマンの首が突然ねじられる。
「ギ……?」
何が起きたのかわからないまま、血を吐き、倒れる。
「なんだかわからんが、おまえの魔法は、おれには効かん!」
ギルが足を思い切り踏みしめて、ゴブリンシャーマンの心臓を直拳で打ち抜く。実際のところは、アリシアがヴェルドットの洗脳を上書きした時の魂の命令が足かせとなり、ゴブリンシャーマンの魂を抜く呪文の効果が発揮されなかったのだが、状況を知るものは、ここにはいなかった。




