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追放シスターと放浪ゴブリンのもぐもぐ見聞録  作者: 風上カラス
第4章 窮地と再起

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第39話 星の卵焼き

 オアシスは行商人でにぎわっていた。水塩を積んだ隊商(あんなものや)香辛料を並べる商人(こんなもの)旅の踊り子を(まさかの)連れた芸人一座まで(そんなものまである)。喧騒と砂塵に包まれて、小さな祭りだ(楽しい雰囲気)


「にぎやかだねぇ! あたし、こういうとこ好きだわ」


 アリシアは目を輝かせ、屋台の匂いに鼻をひくひくさせる。早速食堂に足が向く(まずは腹ごしらえ)。ユキチは「こんな暑いのに食堂かよ」とぼやきつつも、結局ついていく。アリシアの目的はもちろん"星の卵焼き"。


「これこれ! みんなが噂してたやつ! 星の卵焼き!!」


 壁の木札に書かれたその文字を見つけると、アリシアは勢いよく席を確保する(早速注文する)。星の卵――砂漠にだけ棲むステラバードの卵で作る料理。卵の殻の斑点が夜空の星座に似ていることからそう呼ばれていた。値段は高いが、旅人の間では有名な(知る人ぞ知る)逸品だ。


「ふふん、やっと巡り会えたわね。どんとこい!」


 目をぎらつかせるアリシアを、ギルが苦笑しながらなだめる。


「アリシアの食に対する執念は、もはや信仰だな」


 ただ、アリシアの胸の奥には、別の思いもあった。――estella(星の) ovun(卵に) aeth(危機が) raelum(迫っている)。巡礼の途上で刻印を授かった時に聞こえた言葉。この卵焼きとは関係ない……はず。だが、"星の卵"という響きが頭から離れないのだ。


「まさか、屋台の卵焼きが神託の指し示すものとか……そんなわけないわよね」


 小声でつぶやくアリシアに、ユキチが突っ込む(あるわけねーだろ)


「食欲と神託を一緒くたにすんなよ」


 テーブルに運ばれてくる、ふわりと香ばしい卵焼き。その名前からして星の形で出てくるのかと思ったが、見た目は普通の長方形(いたって普通)。黄金色の生地に、ところどころ軽くきらめくようなおこげが見える(ちょうどいい焼き加減)。その上には薄く削られたチーズが乗って次第に溶けていく(まさしく悪魔の所業)。アリシアはごくりと喉を鳴らした――。


「ほう……これが……いや、しかし……」


 意味の分からない言葉を並べながら、フォークを手に取る。卵焼きはとても柔らかく、スッと一口大に切れる(崩れるほどふわふわ)。口を大きく開けたアリシアを眺めるユキチの視界に、警告マークが浮かぶ(食べられない判定)


「……ん? ちょっと待てアリシア。その料理、毒が入ってるぞ」


「えぇ? そんな馬鹿な」


 口に運びかけていた(おあずけを食らった)アリシアの手が止まる。


「おい、料理長! これはどういうことだ」


 ユキチが卓を叩いて立ち上がる。


「お、お客様、どうなさいました?」


 料理長は額に汗を浮かべ、視線を逸らした(ごまかそうと必死だ)


「おれたちの料理に毒を混ぜてるだろう」


 ユキチの低い声に、店内の空気が凍る。


「ひ、ひどい言いがかりですよ。そんなこと、あるわけないじゃないですか……」


 料理長は苦笑しながら両手を広げるが(無実をアピール)緊張は消えない(ユキチは見逃さない)


「じゃあお前が食ってみろ」


 ユキチが卵焼きの(当然食べれるよな)皿を差し出す。


「そ、それは……」


 料理長が青ざめる(認めたも同然)


「くそっ、ばれちまったら仕方がない!」


 叫んだ瞬間、厨房の奥から短剣を持った(この展開なのね)男たちが飛び出してきた。


「みんな、やっちまうぞ!」


 ガタッ――! その号令に呼応するように、店内の客たちが一斉に立ち上がる。談笑していた商人も(さすがに予想外だ)物乞い風の旅人も(こいつらもか)、みな懐から武器を抜いた。


「なっ……ここ、食堂じゃなくて盗賊のアジトだったのか!」


 ユキチは臨戦態勢を取る。隣で見ていたギルも拳を構え、ルイスが腰の剣を抜く。


「アリシア、伏せろ!」


 ユキチが飛びかかってきた男をナイフで受け止める。皿が宙を舞う(食事どころではない)


「あぁ、星の卵焼き!!」


「あきらめろ、アリシア。あとでまた買ってやるから」


 ユキチがアリシアの頭を押さえつける。


「うう……ひどい、ひどすぎる……!」


 床に転がった皿を名残惜しそうに(泣きながら眺め)、アリシアは仕方なく身を低くする。


「それにしても、おれたち、何か恨まれるようなことしたか?」


 襲いかかってくる男たちを柄で峰打ちにし(気絶させ)ながら、ユキチがぼやいた。


「何をしらばっくれてやがる!」


 怒声を張り上げたのは、髭面の傭兵風の男だった。目は血走り、睨みつけてくる(すごい怒ってる)


「おれの家族を返しやがれ、このゴブリンが!」


「……何の話だよ」


 一瞬、ユキチも言葉に詰まるが、そっけなく切り捨てる。


「とぼけるつもりか! お前らが洞窟に何人も人間を連れ去ってるのを、俺たちが気付かないとでも思っていたのか!」


 男の怒りは本物だ。その声に、周りの敵たちの表情も一層険しくなる(似たような感じ)


「おじさんたち、絶対勘違いしてるって。一旦落ち着いて!」


 アリシアが床に伏せながら説得するが、その声は届いていない(効果はなさそうだ)


「死ね! ゴブリン!」


 ユキチの後ろから襲ってくる男を、ルイスの盾がはじき返す(がかばう)。そして、態勢が崩れたところにギルの肘がみぞおちに入り(とどめ)、男は倒れる。


「全く、話を聞けっていうのに!」


 ギルがその勢いで、奥から走ってくる男たちを回し蹴りで二人同時に壁に叩きつける。バッタバッタと倒れていく敵。アリシアはゴキブリのように(邪魔にならないように)壁際に退避。ラムネ、ルメールと固まって声援を送る。


「いけー! ユキチ、右から来てるわ!」


「ぷるぷる!」


「キュイ―!」


「まったく……気楽なもんだぜ」


 ユキチはため息をつきながらも、次の敵を軽く捌く(こいつら強くない)


「くそっ……なんでお前ら人間の癖に、ゴブリンの味方をするんだよ!」


 髭面の男がギルに食って掛かる。


「なんでもなにも――おれの旅仲間だからな」


 ギルは、構えたまま相手をまっすぐ見据える。


「おまえらこそ、なんで襲ってくるんだ。私たちに戦いの意思はない」


「旅の……仲間?」


 男が口ごもる。顔に動揺が浮かんだ(なにかがおかしい)


「じゃあ、お前らはあの洞窟のゴブリンとは関係ないのか?」


「すまないが、多分ゴブリン違いだ」


 横からユキチが会話に加わる。


「おれはテイムされたゴブリンだが、そいつらはおれみたいに話をしたりできるのか?」


「し、しない――気がする……」


 男の顔から一気に血の気が引いた。次の瞬間、あたりの空気が一変した。殺気が、潮が引くように一斉に消えていく。襲ってきた男たちは顔を見合わせ(早とちりしたのか?)、戸惑いの色を浮かべていた。


「おい……じゃあ、俺たち……」


「……ま、まさか人違い?」


 ざわざわと囁き声が広がる。だが時すでに遅し。店内は、家具もひっくり返って(てんやわんや)たくさんの犠牲者(死屍累々)


「……」「…………」「……………………」


 沈黙(誰も何も言わない)


「……どうすんだよこれ」


 ユキチが額を押さえる。


「まぁ、正当防衛ってやつね。ドンマイ!」


 アリシアが(やっちゃったものは)親指を立てる(しょうがない)。ギルが肩をすくめて、ため息をつく。


「まあ……誤解は解けたんだったら、ここから建設的に話し合えれば、それでいいか」


「手加減したから、みんなけがはしてないはずだけど……」


 ルイスも床に転がった(まさか死んじゃった)男たちを見まわす(やつとかいないよな)。その時――。奥の扉がきしむ音を立てて開き、さらに人影が現れた。


「……おいおい、まだやろうってのか」


 ルイスが剣に手をかける。


「ホント、スミマセーン!」


 奥の扉から、妙に甲高い声が響いた。現れたのは、スーツ姿(ちゃんとした身なり)浅黒い肌(油断できない雰囲気)の男。両手を大げさに挙げ、ひょこひょこと歩み出てくる。


「ワタシ、戦う意思はアリマセン!」


 妙な片言の言葉がやけに耳につく。


「……とりあえず敵ではないのかな」


 アリシアは不安が拭えない(どうも信用できない)


「怪しいにもほどがあるだろ」


 ルイスが剣に手をかけたまま低く呟く。だが男は怯む様子もなく、にっこり笑った。


「ドウモ、行き違いがアッタヨウデス。ミンナ、オチツケ」


 その声に呼応するように、床に転がっていたはずの連中が次々とむくりと起き上がる。


「あだだ……背中がいてぇ」


「うぅ……おれ、生きてる?」


 呻き声は聞こえるが、みんな大丈夫そう(大惨事ではない)


「ミナサン、コノ人タチ、悪イ人じゃナサソウデス。だって……ほら、ミンナ、生きてる」


「……もうちょっと早く助け船が欲しかったな」


 ユキチがぼやく。


「……いや、うまくて加減できたからこうなったのかもよ」


 アリシアがぼそりと突っ込む。ルメールがほっと息をつき(我関せずと)、アリシアのお腹に引っ付いて魔力を食べだす。「コプコプ」その雰囲気で、ようやく空気が和らぐ。


「ワタシ、名前シンバと言います」


 片言の男は胸に手を当て、深々とお辞儀した(やっぱりうさんくさい)


「セレナ=ミラージュの商売、ダイタイ仕切ってマス。さっきはゴメンナサイ」


「商売を仕切ってる……つまりボスってこと?」


 アリシアが首を傾げると、シンバはにっこり笑ってうなずく。


「最近ゴブリンが街を荒らすので、ミンナ、殺気立ってマス。食品や装飾品ダケならまだいいノデスガ……中には家族をサラワレタ人もイテ……」


 その言葉に、髭面の男が唇を噛みしめる。


「……だから、あんたを見て頭に血が上ったんだ」


「なるほどな」


 ユキチは苦笑した。


「おれもこの格好でいきなり街に入って、ぶしつけだったかもな」


「格好って……そのまんまゴブリンでしょ」


 アリシアはいまいちユキチの言っていることが分からない。


「まぁな。でも、俺もしばらく正体を隠すこと忘れてたからさ。この勘違いされる感覚、久しぶりだな」


 ユキチの目が遠くを見ていた。彼の脳裏に浮かんでいたのは――一人で最初に入った街(サイト―と別れた直後)。住民に見つかった瞬間に大騒ぎになり、石を投げられ、兵士に追われたあの日のこと。あの時は命からがら逃げ出すしかなかった。


「……ゴブリンが人間の街に入るってのは、面倒ごとになるんだよ」


 ユキチがぼやくと、アリシアは少し悲しい顔になる。


「でも、アナタ……手加減シテくれた。ミンナ、まだ生きてマス。突然襲い掛カッテ、本当にゴメンナサイ」


 再び頭を下げるシンバ。


「誤解が解けたんであれば、それでいいよ。何があったのか、落ち着いて話を聞かせてくれないか」


 ユキチが提案する(謝罪はもういいよ)


「……それじゃ、まずは“星の卵”について、から話してもらいましょうか」


 アリシアの目がきらりと光る。


「ちげーだろ。洞窟のゴブリンって言ってたよな、そいつらの駆除の話だよ」


「お、ユキチさん真面目モードだね」


 アリシアがにやにやと肘でつつく。


「そういうんじゃねぇよ」


 ユキチはむっとした顔をする。


「ただ、勘違いされたままだと悔しいじゃん。ゴブリンっていうだけで、ひとくくりにされてさ」


 その言葉に、場の空気が少ししんとした。シンバも腕を組んでうなずく。


「……ソレハ、確かに。悪いヤツと善いヤツ、一緒にするのは失礼デスネ」


 ルイスが静かに口を開いた。


「わかるよ。わたしたちドラゴニュートも、“竜の血を引くから危険だ”って偏見を持たれることがある。だからユキチの気持ちはよくわかるね」


「おれも神父だからって、勝手に聖人君子扱いさるしな」


 ギルが苦笑して肩をすくめる。


「そういう意味じゃ、あたしも同じよ!」


 アリシアが手を挙げる(なぜか対抗する)


「お酒飲んでると、シスターが酒飲んでるって変なおじさんによく絡まれるわ!」


「いや、それは着替えてから酒のめばいいんじゃねぇの?」


 ユキチが即座に突っ込んで、みんなの笑いが広がる。


「まずはこいつに星の卵焼きを食わせてやってくれ。毒の入ってないやつな」


 ユキチがアリシアを指す。


「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない!」


 アリシアがむくれる(食いしん坊ってこと?)


「オルトリア大陸のノイエ=ヴェルンで噂を聞いてから、ずっと楽しみにしてたんだよ。こいつ」


 ユキチが笑って話を続けると、アリシアは照れ隠しのように咳払いした(それはその通りよ)


「モチロン。ワタシにオゴラセテください」


 シンバは笑顔を浮かべ、片言ながらも誠意のこもった口調で応じた。彼は周りの男たちに目配せすると、呻きながら立ち上がった彼らを指示して店内を片付けさせる。そしてアリシアたちを改めて席に案内し、厨房へと声を張った。


「星の卵焼き、4ツ! 大盛デ!」


「6個で!」


 アリシアが遠慮なく訂正する。苦笑いするシンバ(この子も食べるのね)。ユキチの隣に腰を下ろし、真剣な顔に戻って話し始める。


「数カ月前から、このオアシスの東の岩場の洞窟に、ゴブリンが発生するヨウになったのデス。所詮ゴブリン、とミンナ侮っていマシタ。しかしヤツらは素早く、しかも連携ヲ取っテ襲撃シテクル。マルデ軍隊のヨウニ」


「軍隊、ねぇ……ただの野良ゴブリンじゃないのかもな」


 ギルの表情が険しくなる(もしかして禁書絡みか)


「対抗シヨウにモ、腕利きの冒険者がイナクテ。ダカラ困り果ててイタのデス」


「そこで俺を見て、頭に血が上ったってわけか」


 ユキチが納得する。


「その通りデス。ゴメンナサイ」


 シンバはぺこりと頭を下げる。


「謝罪は十分してもらったし、もういいよ」


 ユキチがそう言ったとき、厨房から芳しい香りが漂ってきた(待っていました~)


「お待たせしました! 星の卵焼き、特盛です!」


 黄金色に焼き上がったふわふわの卵が、テーブルに運ばれる。アリシアの目が輝いた(やっと出会えた!)


「きたぁぁぁぁ!!」


「……こんな状況でもお前、食欲だけはブレないな」


 ユキチがため息をついた。一応確認するが、今度は安全そうだ(毒は入っていない)


「こ、こんどこそ……食べていい? いただきます」


 アリシアは配膳も待たずに(マナーもお構いなしに)、目を輝かせてフォークを突き刺す。ふわふわと弾む断面から、湯気とともに芳ばしい香りが広がった。


「なんでこんなにふわふわなのかしら……あっ!」


 口に入れた瞬間、アリシアは顔を上げた(ついに悟りを開く)


「わたし、分かった! あの言葉はね――このおいしい卵焼きを作るお店が、ゴブリンに襲われてピンチだって教えてたんだわ!」


「……ずいぶん下々の生活に詳しい神様だな」


 ユキチが冷めた目で見る。


「神も、この卵焼きが好きなのかもしれませんね」


 ギルは適当なことを言いながら、ひと口ぱくり。


「これは確かに絶品だな」


「ほんとにおいしい……!」


 ルイスもほくほく顔で笑う(思わず笑顔になる)


 「ぷるぷる」ラムネは小さく震え、テーブルの隅でルメールが「キュイ―!」と子鳥みたいな声をあげて喜びながら食べている。


「それで話が済むなら、一つ目のお告げは何とかなりそうだな。……まあ、多分違うと思うけど」


 ユキチもフォークを動かしつつ、適当にあいづちを打つ(アリシアの話は無視)


「でもさ」


 アリシアは真剣な顔で訴える(本気だ)


「こんなおいしい卵焼きを奪うなんて許せないわよ!」


「奪われているのは卵焼きではなくて、街の人だけどな」


 ユキチが修正する。


「この店を狙う悪いゴブリンは、わたしたちが退治する」


「おう! それには賛成だ」


 他のメンバーもみんな頷く。こうして――"星の卵焼き"を守るために。アリシアたちはゴブリン退治のため、洞窟へ向かうことを決意するのだった。

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