BBQ
木が茂る、小川のほとり。 日が傾きかけた頃、ユキチはワイバーンの解体作業《焼き肉の準備》をほぼ終えていた。 その横で、アリシアは小枝と枯れ葉、枯れ木を集め、真剣な顔でピラミッド状に薪を組んでいる。
「へぇ。初めてにしては上手に組めてるじゃないか。」
「ふふふ。驚いたか。炊き出しの手伝いで覚えたアリシア様の焚き火スキルをとくと見よ!……よし、そしてさらに驚きなさい!」
手にしていたのは、旅人用の魔法具──「ファイヤスターター」。 2本の金属の棒をこすりあわせ、道具に込められた魔力を使って火花を出す仕組みになっている。もちろん、出発前に冒険者割引で購入したのもだ。しかし。
シュッ。……カチッ。
シュッ。……パチッ。
……シュッ……。
「……あれ?つ、つかない……なんで?」
アリシアの額にはじんわりと汗。炊き出し要員の先輩たちはあんなに簡単に火をつけてたのに……。足元に用意した着火用の草はまったく燃える気配がない。 何度も角度を変え、力加減を調整してみるが、火花すら出ない。
そんな様子を、ワイバーンを解体していたユキチがちらりと見て、にやっと笑う。
「おーい、まだか? 俺、腹へってそろそろ限界なんだけど?」
「も、もうちょっと……!」
「お得意の神聖魔法で火を起こしたらどうなんだい?」
アリシアがぷくっと頬を膨らませ、睨み返す。
「うるさいな!そんなことできたら苦労しないわよ!神聖魔法を何だと思っているの。まったく。」
再び、シュッ──パチッ。……パチッ……。やがて、ほんの一瞬、火花が乾いた草に触れ、かすかに煙が立った。
「……っ、今の……! もう一回……!」
シュッ──カチッ──ぱっ……!
ついに枯れ草の一角が赤く灯った。アリシアは口を押さえて喜ぶ。
「……ついた、ついたっ!」
軽く息を吹きかけて火を大きくする。慌ててはいけない。強く吹きすぎると折角の火が消えてしまう。
「あち。あち。」
火が少し安定したら、焚き火の真ん中にセットし、小枝を重ねる。これも、敷き詰めすぎてはいけない。空気の通り道を考えて、程よい密度で。──そして小さかった火は順調に育っていく。火は小枝からより大きな枝ににうつり、小さくぱちぱちと燃えはじめた。 オレンジの炎が揺れ、夕暮れの中であたたかい光を放つ。
「……ふふんっ!」
アリシアは胸を張って立ち上がり、腰に手を当てる。
「見なさい、これがあたしの実力よ!」
「……何とか日没には間に合った感じだな。」
焚き火が結構な炎の大きさになったのを確認したら、ユキチは串代わりにワイバーンの骨を軽く太い枝を拾い上げ、切り分けたワイバーンの肉をぐぐっと通した。 選んだのは羽の付け根──筋肉が発達し、脂ものった部位だ。
「これが今日の主役だな……よっと」
焚き火の外側に器用に組み上げた石の支柱に串を渡すと、準備完了。肉が焼けるにつれて、ぱち……じゅわ……と脂がしたたりはじめ、ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。アリシアが横でそっと唾を飲んだ。
「……いい匂い……。ねぇ、おつまみとか……ない?」
「あるわけねーだろ。ここはレストランじゃねーぞ。」
ユキチはあきれながらも他の肉にも串を通す。大きな肉は焦げそうになったら別の面が火に当たるように串をゆっくり回す。
「ねぇ。それ、私にもやらせてよ。」
回る肉に興味津々のアリシア。
「いいけど、面白いもんじゃねぇぞ。」
二人で交互に串を回し、焦げすぎないように火加減を調整する。ユキチは手が空いたついでに他の肉も火の回りに置いていく。
「ちょ、ちょっと待って! そんな火の近くに置いたら焦げちゃうよ!」
「あぁ、ここは寄生中がいる部位だからしっかり焼かないと。ちょっと焦げるくらいがちょうどいいのさ──」
ユキチはしゃがみ込み、ちょっと意地悪な目つきでアリシアに質問する。
「さて問題です──これは何でしょうか。」
ユキチの手には、切り取られてもまだビクンビクン動いている赤黒い肉塊が握られている。
「えぇ……なんか動いてる……まさか赤ちゃん?でもワイバーンって卵生よね……ってことは──」
「──ワイバーンの心臓──」
「正解!1匹で1つしか取れない貴重な部位な。羽の付け根もそうだけど、よく動かしている筋肉は歯ごたえがあっておいしいんだぜ。」
ビクビク動く肉を器用にナイフで開きながら、串を通していくユキチ。
「こいつは固くなりやすいから、火加減に気を付けてっ……と。」
そう言って、くるくる回る肉のそばに心臓をセットする。
「お肉の集合住宅ね。」
アリシアが笑いながら言う。
「そうだな。住人が窮屈そうだ。そろそろこの辺はいけるんじゃないか。ご退居願おう。」
焼き上がった肉の一部を手に取って、ナイフで焦げた肉の表面をしゃっしゃっと削ぎ落とす。 黒く焦げた皮の下から、じゅわっと肉汁のしたたる赤茶の断面が現れた。
「ほら見ろ。中はちょうどいい」
「……ほんとだ。おいしそう……」
アリシアは肉を受け取って、思い切り、ガブリ。
「……!? ……え、なにこれ、めっちゃ……」
「うまいだろ?」
「……うんっ!でも何か物足りないな……そうだ!」
そこで、アリシアはふと思い出したようにポーチを開き、銀の小瓶を取り出す。中身はおそらく聖水だろう。
「お、おい。まさか──」
アリシアは銀の蓋を開け、神妙な面持ちで肉の上にパラパラと聖水を振りかける。
「神よ──脂の乗った美味しいお肉に、わずかばかりの清涼感を与えたまえ」
ぴちっ、と聖水が焼けた肉に当たり、白い蒸気がふわりと立ちのぼった。 肉の香ばしさの中に、かすかに清らかな果実の匂いが混じる。
「お前それ……祝福っていうより、もはや調味料じゃねぇか」
「神の恵みは、万能なのよ」
アリシアは堂々と答えながら、もう一切れを切り取り、自ら口に運ぶ。 ぱくり。
「……ふふ、ほら。肉の力強さと、後味の爽やかさ。これはもう、神そのものよ」
「お前の神は柔軟でいいな」
「神は偉大なり。ほら、あなたも食べなさい。」
「はいはい。……ところでアリシア、味見が終わったら、他の人たちにもお肉配ろうぜ。こんだけあるんだ、みんなで食わないともったいない。」
「賛成。神の恵みは分け合うべし。でも一番おいしい部分は我がお腹の中に」
「なんだそれ」
二人の笑い声と、焼き肉の香りが森《お腹》に溶けていく。