第28話 祝賀会
「いやー……二人ともすごい戦いだったわ。おつかれさまー!」
アリシアの声の後ろで、ポンッと軽快な音を立ててシャンパンが開く。その音にビクッとするユキチとラムネ。笑うギル。泡が弾け、VIPルームの空気が一層華やぐ。円卓の上には豪華な料理が並び、金糸のカーテン越しにアーチヘイブンの夜の灯りがちらちらと瞬いている。ルイスの優勝祝賀会を兼ねて、ラムネが得たスロットの儲けで小さめのパーティ―会場を貸し切った。
「……なぁ、ずっと気になっていたんだけど、ギル。あんた、最後わざと手を抜いていなかったかい? あのままやってたらあんたが勝ってたと思うんだけど」
ルイスがグラスを片手に、ギルににじり寄る。
「ははは、買いかぶりすぎだよ。あのままやってたら負けたのはおれさ」
ギルは苦笑しつつも視線を逸らす。
「ふっ……あんたがそういうなら、そういうことにしておくさ。おかげで念願の優勝ができたわけだしね」
ルイスはそれ以上追及せず、シャンパンを口に運んだ。
「ねぇルイス、それで優勝賞品って何だったの?」
アリシアが好奇心たっぷりに身を乗り出す。
「これさ」
ルイスがテーブルの横の袋から、両手で大事そうに何かを取り出した。
「でかっ!……卵?」
「……卵? アリシア、もしかして――」
「「星の卵!?」」
アリシアとユキチ、顔を見合わせながら、ふたりの声がきれいにハモった。
「ほしの……たまご?――なんだいそりゃ」
ルイスは首をかしげた。そして、卵に視線を戻すと、卵について説明する。
「これは……竜の卵だよ。しかもただの竜じゃない」
ルイスはゆっくりと卵を両手に抱え、まるで幼子をあやすように視線を落とした。
「……うちの里は、イグナリア王国のラグライドっていうところなんだけど、そこでは、火山に住んでる竜神様と共に暮らしてるんだ。だから、わたしらにとって、竜は家族であり守護者でもあるってわけ」
みんなルイスに話に聞き入る。
「――数年前のことだ。ある日、一人の旅人が調査のためだとか言って里にやってきた。物腰は柔らかで、何日も滞在しては景色や竜神の様子を熱心に記録していたんだ。はじめは警戒していたわたしたちも、その熱意に押されて、しまいには調査を一緒に手伝うまでになるのに、それほど時間はかからなかったさ」
ルイスの声が次第に低く、憂いを帯びてくる。
「……だが、ある朝、その男の姿は消えていた。残されていたのは短い置手紙だけ――『竜神の卵はあずかった。返してほしくば、アーチヘイブンの大会で力を示せ』――そう書かれていた」
「なにそれ……みんなを騙していたってこと?」
アリシアが憤慨する。
「そうさ。わたしらのような田舎者は騙しやすかったろうな。――竜の寿命は長い、とはいえ、子供をおいそれと作るものでもない。――この卵は、私らの守り神の大切なものなのさ。――わたしは竜神様の卵奪還を誓って、戦士として剣を握り、血反吐を吐くような修行をして……」
ルイスは苦笑するように息を吐いた。
「今に至るって訳だ。この大会に挑戦したのも、もう何度目かわからない。勝てそうで勝てなかった日もあったし、怪我で棄権したこともある。でも……今日、やっと優勝できた。これでやっと、里のみんなにうれしい報告ができる」
彼女は抱える卵を見下ろし、そっと撫でる。
「ひどい! 里の大事なものを奪っておいて、それを見世物の賞品にするなんて……」
アリシアの声が怒りで震える。
「……それにしても、その男は何がしたかったんだろうな。――盗んだものを売るわけでもなく。言い方は悪いけど、竜の卵なんて、欲しがる奴は山ほどいそうなものだが」
ギルが首を傾げる。
「ちょっと――ギル!」
歯に衣かぶせない言い方に、アリシアが制止しようとする。
「いや、いいんだ。そいつは――ここ、アーチヘイブンのオーナーだって噂だ。せいぜい興行が盛り上がるように、あたしたちを利用したんじゃないか。だが、どうあれ、あいつは約束を守って、卵はこうして今わたしの手にある。今はもうこれでいい」
ルイスは唇をかすかに歪めた。
「そんなことなら、カジノでもっとぼろもうけしてやるんだったわ!」
「やめとけ、アリシア。おまえは養分になるだけだぞ」
ユキチにつっこまれ、シュンとするアリシア。だがふと顔を上げる。
「ん? ルイスの里の名前、ラグライドって言ったわよね」
「あぁ、そうだ」
「ラグライド、ラグライド……どこかで聞いたことがあるぞ……」
アリシアがぶつぶつ言う。
「あー、ラグライドのルベリオ大神殿!」
ぱっと顔を上げるアリシアに、ルイスがうれしそうに応える。
「おぉ! アリシア、よく知ってるな。さすがシスター」
「ひょっとして次の目的地か」
ユキチも反応する。ギルが後ろで軽くうなずく。
「お前たちもラグライドに行くのか? なら一緒に行かないか? わたしもこの卵を返しに里に戻るんだ」
「いいの? こちらこそ、是非! ルイスが一緒なら道中絶対楽しいよ!」
アリシアが即答し、ユキチも肩をすくめながら「まぁ、断る理由はないさ」と笑った。
「いいですね。そうと決まれば……おれがもらった準優勝の賞品を、今晩で使い切らないとな!」
ギルがにやりと笑い、テーブルの下から小さな木箱をドンと置いた。
「なにそれ?」
アリシアが箱をのぞく。中は暗くてよく見えない。
「1日限定の特別フリーパスだ。今日だけならアーチヘイブンの高級料理や酒も食べ放題になるぞ」
「え、無料で? すごいじゃない。優勝賞品が竜の卵だったから、準優勝は鶏の卵かなーなんて不安に思ってたけど……やるじゃない。大会運営」
アリシアの瞳がキラキラ輝く。
「多分、それが本来の優勝賞品だ。ラグライド出身のわたしが優勝したから、賞品がずれ込んだんだろう」
「こうしちゃいられない。おーい、給仕さん! この街で最高の酒と料理を片っ端から持ってきて!」
ルイスの説明は、アリシアの耳にはもう届いていなかった。――間もなく、VIPルームのテーブルは肉の香りと湯気でいっぱいになった。丸焼きの七面鳥、黄金色に焼けたパイ、甘い香りのデザート……そして山のような鶏料理とシャンパンタワー。が「なにこれ頭おかしー!」とタワーの上からシャンパンを注ぐ。
「これじゃ明日の朝は動けなくなるな」
ユキチが呆れたように言いながらも、手はしっかり肉に伸びていた。笑い声とグラスのぶつかる音が、夜明けまでVIPルームを満たしていた――。




