第14話 旅路
ミノタウロスのビーフシチュー
それを食べるために
わたしたちは生まれてきたのかもしれない。
──満腹の書 第2章「いただきますは世界を救う」より
一本道になると、ギルは運転をラムネに任せると、ユキチの白地図を借りて説明を始める。
「さて、今後の聖地巡礼の流れについて、改めて説明させていただきます」
そう前置きしてから、地図を広げる。
「巡礼において、大聖堂はどの順番で回ってもいいのですが、ここからですと、東回りに世界を一周するように巡るのが、最も効率の良いルートとなります」
なんだか楽しそうなギル。
「先ほども言いましたが、まずはこのまま東へ進み、シド海峡を渡ります。その先に広がるのが、火山と砂漠の地――カルドリア大陸。目的地はルベリオ大神殿です。気温が非常に高くなりますので、熱中症にはくれぐれもご注意ください。特にアリシア様は、教会の服装は生地が厚手ですから」
「ご忠告ありがとう、ギル。見た目より体力あるから大丈夫よ。あと、"様"じゃなくて、せめて"さん"でお願い」
「失礼しました――アリシア――さん。しかし、暑さを暑さを舐めてはいけませんよ。油断は禁物です」
アリシアは素直にうなずく。
「続いて、カルドリアから南下し、船で海を越えます。その先にあるのが海に囲まれた自然豊かなゼンブレア大陸。ここにはアウラリエ大神殿があります。世界樹が祀られており、一部地域はエルフの保護領となっています。許可なく立ち入り禁止区域に入った場合、問答無用で排除されることもありますので、ご注意を」
「排除って……アリシア、絶対うろうろすんなよな」
「え、あたし?」
「おいしいものがある! とかいって怒られる姿が目に浮かぶぞ」
ラムネも同意なのか、車が軽くゆれる。
「あたしはそこまで抜けてないわよ……」
アリシアの抗議は風の音に消える。
「次に目指すのは、神秘の地。トルメニア大陸。サンクティオ大神殿があります。詳細は――申し訳ありません、あえて伏せさせていただきます。私自身、ここを訪れて価値観が一変いたしました。今私がこうしてあるのも、トルメニアでの経験があってこそです」
「ギルがそこまで言うとは……そういわれると、かえって気になるぞ」
「ははは……ユキチ殿、どうかお楽しみに。誇張ではなく、世界が違って見えるようになりますよ」
「その後はさらに北東へ向かいます。巨大な山脈が連なる雪のゼルギウス大陸へ渡って、山頂にあるエーリス大神殿へ向かいます。そして最後、その山の向こうにあるルードラン神聖国の聖都アルカナにて、教皇様の御言葉を拝聴すれば聖地巡礼は完了となります」
「うわぁ……記憶力には自信がある方なんだけど、流石に一度では覚えられそうにないわ……」
「ご安心ください、アリシア――さん。長い旅になりますので、その都度ご説明します」
そしてふと、指先をグラスノヴァに戻す。
「お気づきかもしれませんが――実は、このグラスノヴァから北西に向かえば、最終目的地であるルードラン神聖国に直接入ることができます。しかし、巡礼がすべて終わっていない状態では、教皇様にはお目通りできません。ですので、遠回りにはなりますが、東回りに進んでいきましょう」
「あ……そういえば俺、サイトーとここのエルフの国、行ったことあるわ」
地図を見ていたユキチがふとつぶやく。
「えっ、そうなの?」
「うん。あんまり覚えてないけど、歓迎されなくて嫌な感じだったことだけは印象に残ってるぜ」
ゼンブレアの中心部のあたりから、確かに地図には色がついている。
「……どおりでここは地図に色がついているわけね。もしかして、この白地図もそこで手に入れたものなんじゃない?」
「サイトーが持っていたもんだからよくわからないけど、曰くつきでないことを祈るぜ」
「さて、話を今に戻しますと――次の目的地は、シド海峡です」
ギルは再び口を開いた。
「この海峡には『セントラルアーチ』という巨大な橋がかかっていまして、旅人の間でも名所のひとつになっています。途中に浮かぶ島にはちょっとした街になってますので、休憩もできますよ」
「橋の途中に街……? 想像ができないんだけど」
「はい。橋の途中にある島を利用して宿と市場が広がっています。物資の補充や宿泊はもちろん、国に所属していないことをいいことに、通常だと違法な薬や賭博もあります。にぎわっていますが、危険な場所でもありますので、そこはご留意を」
「賭博? 楽しみなんですけど」
目を輝かせるアリシア。大丈夫なのか、この聖職者。ユキチは不安な目でアリシアを見る。
「ただし、セントラル・アーチに入る前に、今いるリューゲン王国の国境を越えて、ノル=ヴェリス自治領に入る必要があります。ここは商人たちが自治を敷く、交易の中心地です」
「ふーん。どんなとこなんだ?」
あ、今いる国の名前って、そんな名前なんだと今更思いつつ、質問するユキチ。
「港町を中心に栄えていて、海産物からスイーツまで、世界各地のいろいろなものが集まっています。とりわけ有名なのは……そう、ミノタウロスのビーフシチューでしょうか」
「……ミノタウロス? って、魔物じゃないのかそれ」
「ええ、魔物です」
ギルはこともなげに頷いた。
「魔物ですら食材にする――それが商人たちのたくましさです。その肉は筋が多いのですが、長時間煮込むことで非常に柔らかくなり、旨味も凝縮されるのだとか」
「すげぇな……」
「私は正直、少し抵抗がありましたが……食べてみたら、なるほど納得でした。ユキチ殿も機会があればぜひ」
「いやあ、ちょっとこわいけど……食えるもんなら食ってみるか」
「ビーフシチュー! 俄然やる気が出てきたわ! ラムネ! 飛ばして!」
食欲を載せて、車は一路、ノル=ヴェリス自治領へ向かう。




