おまけ第2話 スペアリブ@浜松町
「ね……ねぇ、ユキチ、これって……」
肉を持つアリシアの手が、ぷるぷる震えている。
「あぁ。すっごい柔らかいな……なんだこれ……」
アリシアだけじゃない。おれもスペアリブを一口食べた瞬間、その柔らかさに思わず感動していた。
「ふふふ。二人がそんな顔してくれるなら、連れてきた甲斐があったよ」
サイトーは満足そうに笑う。そのまなざしは、どこか“お父さん”みたいだ。今日は「美味いランチに連れてってやる」の一言につられて、おれたちは芝浦のオシャレな建物にほいほいとついて来たわけだ。
見た目はなんだか殺風景な場所にあるレストランだが──うまければ何でもいい。看板メニューのスペアリブは、まさしく絶品。ホロホロの肉は、軽く触れただけで骨から勝手にはがれ落ちるレベルだ。
「おれも肉はよく焼いたことあるけど、こんな風にはならねぇよ。どうやったらこうなるんだ?」
おれは思わずうなってしまう。
「これはあれよ。絶対、聖水の力を使ってるわね。神の力以外でこんな柔らかさになるわけないもの」
アリシアが、さもありげに断言する。それがもし本当なら、アリシアのの神様は、ちょっと食にウェイト置きすぎだと思うぜ。
「絶対違うと思うけどな……」
おれはしみじみと言いながら、2本目のスペアリブへ手を伸ばす。
しょうがが効いてて、正直何本でもいける。
「ねぇサイトー。全然足りないんだけど、スペアリブ追加していい?」
アリシアが下目づかいでサイトーにおねだりしてくる。
「あぁ、もちろんいいぞ。――でも、ここのデザートも美味いから、少しは余裕残しとけよ」
「大丈夫! 甘いものは別腹だから」
アリシアはあっけらかんと笑って、メニューを手に取る。
「出たよ、その謎理論。よく聞くけど、多分そんなことないからな? お前もう加護ないんだし、無理すんなよ」
「わかってるわかってる! ……それよりユキチ、見て! スペアリブにいろんな味付けあるよ!」
アリシアはおれの忠告なんて聞く気はないらしい。それどころか「チーズ焼きカレーもいいな」などと、余計なものまで頼みたがっている。
仕方なく、おれも追加スペアリブを求めてメニューを覗く。
スペアリブ(4本):しょうゆ味/塩こしょう味/ガーリック味/マスタード味/ケチャップ味/マヨネーズ味/わさび味/バジル味 からお選びください。(2本ずつのハーフ&ハーフも可能です)
「……確かに味が多すぎる……」
さっき食べたのは、オーソドックスなしょうゆ味だろう。そうすると、それを除外してもまだ7種類。ハーフ&ハーフは当然としても、とてもじゃないが全制覇は無理だ。
「なぁアリシア。おれ、せいぜいあと2本が限界だ。4本頼んでシェアしようぜ」
「そんな……ここまで来て、なんでそんなこと言うの……?」
おれの現実的な提案に、アリシアは涙を流す。それに、“ここまで来て”といっても今日はサイトーの車できたので、おれたちは何も苦労してない。
「また連れてきてあげるから」
サイトーもなだめに入る。
「味は2つともアリシアが決めていいから」
おれもアリシアに気を遣う。だが、アリシアはそれは嫌だったようだ。
「それは嫌。あたしだけわがまま言ってるみたいじゃない。ひとつはユキチが選んでよ」
(……実際わがままなんだけどな)
なんて心の中で思いつつ、おれは「はいはい」とメニューとにらめっこする。普通にいくならオーソドックスな塩こしょうかガーリックだ。だが──ここはあえて。
「じゃ、マスタードで」
「ほう……いいチョイスだ」
サイトーの目が細くなる。
「いいね! じゃ、あたしはケチャップ!」
「ちょっと待て、塩こしょうじゃないのか?」
思わぬチョイスにおれの方が動揺する。
「うーん、それもいいんだけどさ。ユキチがマスタード頼むなら……ペアでケチャップいきたくない?」
何を言ってるのかよく分からないが、これはアリシアにとっての“マリアージュ”なのだろうな。
「OK、じゃそれで」
注文を済ませた瞬間、隣のテーブルに運ばれていくアップルパイが目に入る。
「うわ、でっか……」
アイスが豪快に乗ったビジュアルに目が離せない。もちろん、アリシアの視線もデザートに釘付けだ。そしておもむろにメニューに目を戻す。
「ユキチ! 大変よ!?」
「……ドウシマシタカ?」
どうせくだらないことだろうと、おれは棒読みで返す。
「アップルパイが……アップルパイのソースが……」
アリシアは目を見開き、がくがく震えだす。
「6種類もある!!」
やっぱりくだらなかった。おれとサイトーは苦笑する。
スペアリブを平らげたあと──アリシアは悩みに悩んだ末、ブルーベリーソースのアップルパイを独り占めし、おれはキャラメルソースのアップルパイをサイトーとシェアした。
ここの食事は10歳の身体には結構重かったのだが、心地よい満腹感と共に、「ごちそうさまでした」をサイトーに感謝するのだった。




