おまけ第1話 立ち食い蕎麦屋@青物横丁
「ねぇ、ユキチ、ここの立ち食い蕎麦屋、おいしいらしいよ」
暖かい平日の昼下がり。スーツ姿の会社員が行き交う青物横丁の通りで、アリシアが突然ぴたっと立ち止まった。
「昼飯さっき食べたじゃん。それにおれたち、モールに買い物に来たんだろ」
おれはアリシアの止まることない食欲にげんなりする。
「いいじゃん。そばはラーメンと違ってヘルシーらしいし、この時間なら――ほら、行列もない!」
アリシアは嬉々として、店の外に設置された券売機のメニューを見始める。
「まったく……」
ぼやきながらも、仕方なくおれも隣でメニューをのぞき込む。
「ふむ……まずは冷やし山かけか、冷やし肉そばの二択ね……」
アリシアはぶつぶつ言いながら本気で悩んでいる。
「おれはそんな腹減ってないから、もりそばでいいや」
「そばはオーソドックスが一番」――これはサイトーの受け売りだ。
「そんな! 二人で看板メニュー頼んでシェアしようって心意気はないの?」
アリシアがうるうるした目で訴えてくる。
「ねぇよ。だって今昼の2時だぞ。何食だよ。それに……なんでミニカツ丼をもう買ってるんだよ」
「いいじゃない。そばにはカツ丼なのよ! なんでこのマリアージュが分からないわけ?」
「なんだよマリアージュって」
「え……なんだろ……? とにかくおいしいってことよ!」
勢いで言ったテキトーさが完全に露呈している。そして一応、肉がかぶらないように、山かけを選んでいた。それにしても、メニューの写真にあった、山かけそばのあの白いのはなんだろう。日本人の作るものだ、うまいに違いない。
「お願いしまーす!」
アリシアはそう言いながら、カウンターのおじさんにおれの分もあわせて食券を渡した。店内は想像以上に狭く、そして――おれはようやく“立ち食い”の意味を理解する。椅子がない……。
「なるほどねぇ……」
ちょっと感心する。今は空いているが、昼のピークなんてきっと地獄のような混雑なのだろう。おれはコップを二つ手に取って水を注ぎ、適当なスペースを二人分陣取った。
ふと目を上げると、『揚げ茄子おろしぶっかけそば』の文字が目に入る。隅の手描きイラストの茄子が妙にうまそうで、腹が減ってないはずなのに気持ちが揺らぐ。
「なぁアリシア、こんなのメニューにあったか?」
食券を出して、戻ってきたアリシアに聞く。
「わからない……。ボタンがいっぱいありすぎて……」
彼女も掲示物の茄子にじっと見入っていた。
「これも、おいしそう……」
「……それな」
完全同意だった。そのタイミングで、カウンターから声がかかる。
「冷やし山かけとミニカツ丼ー! あともりそばのお客様ー!」
「え、もうできたの? 早っ!」
二人で慌てて取りに行く。
「ほー……へー……これが山かけね」
アリシアは白いふわふわの<何か>を箸でつついて興味津々だ。冷たいそばの上に、とろろ、生卵、ノリ、ネギ。見た目が食欲をそそる。
「なるほど。山芋をすりおろしたやつか……」
ぶつぶつ言いながらも、アリシアはおもむろにそばを混ぜてから食べ始める。
「なぁ、その白いの、ちょっと味見させてくれよ」
おれも好奇心に負けて、おねだりした。
「いいわよ。ついでにカツも端っこ一切れあげる」
「ありがとう」
素直に好意を受け取り、おれはネギをそばつゆに全部入れると、アリシアに薬味が乗っていた小皿を差し出す。ついでに、アリシアの器から山かけそばをひと口。
「うまい!」
――なるほど。山芋と卵で口当たりがすごく滑らかだ。そばの歯ごたえもちゃんとしていて、つゆとのバランスも最高。
申し訳ないので、おれのもりそばもアリシアに少しお返しでお裾分けした。
「これもシンプルもいいわね!」
アリシアは嬉しそうに頬をほころばせる。おれも、もりそばの素朴な味わいにすっかりやられていた。なんだこの店。所詮こじんまりした店だろ、と舐めていたさっきまでの自分に反省するしかない。
そばを少し食べたあたりで、アリシアにもらったカツ丼を口に運ぶ。……これもうまい。なんだかわからない旨味と甘さが口の中でとろけ合う。
「これが、マリアージュ……」
マリアージュの意味は相変わらず分からないが、アリシアが言いたいことはなんとなく理解した。
「ごちそうさまでしたー!」
返却口にトレーを置きながら、おれたちは満足感を声に出す。
「おれ、次は揚げ茄子食いたい……」
「あたしはやっぱり肉そばかな!」
そう言い合いながら、次回のリベンジを胸に、おれたちは店を後にした。




