エピローグ② もぐもぐ見聞録(ラーメン)
「――ねぇ、ユキ。このお店なんてどう?」
暖かな陽気の昼下がり。アリシアが楽しそうに振り返る。こっちの世界に来て、もう一週間。分かったことはひとつ――この世界は、飯がうまい。シャレにならないほどに。
「ユキチでいいよ。それにしても、またラーメン? 絶対太るぜ」
「女の子でユキチはおかしい」というサイトーのひとことで、おれはこの世界では"ユキ"という名前になったが、正直しっくりこない。見た目がどうだろうが、おれはユキチだ。
「いいじゃない。それに、この“家系”っていうの、ずっと気になってたのよ。この前食べた九州ラーメンとは違うのかしら?」
アリシアは相変わらずだ。いや、シスターとか聖女とかの肩書がなくなったぶん、むしろ今のほうが生き生きしている。
「もう便利な加護はないんだから、食生活はちゃんと管理しろよ」
「はいはい。お説教はもう聞き飽きましたー。それより、行くの? 行かないの?」
「……行くよ。行きますよ」
おれはしぶしぶアリシアについて店に入る。思ったよりも店内は広かった。カウンターのほかに、テーブルがいくつか並んでいる。
「あ、券売機で買うやつだ! 落ち着いて選べるから助かる! どれにしようかなー。ユキチはどうする?」
「おれは普通のやつでいいよ。この身体、あまり食べられないんだ」
そう、いまのおれは肉体的には10歳の少女。ゴブリン時代みたいに肉ばっか食ってたら、この前ひどい便秘になった。身長は伸びたはずなのに、なんとも貧弱な身体だ。
「じゃあ、あたしがユキチの分も食べてあげるね! 全部のせ大盛りで、あと餃子とビールも!」
アリシアがどんどんボタンを押していく。
「おいアリシア、ほどほどにな。お小遣いも無限じゃないんだぞ」
この世界での生活費は、ソーマプロジェクトが面倒を見てくれている。ときどき定期健診を受ける代わりに住居と生活費を支給される仕組みだ。なんか実験動物みたいで気分は悪いが、冒険者ギルドもない世界、まして子供が働くことは禁じられているときた。自力で稼ぐ術がない以上、今は素直に甘えることにした。
「これでよし! お願いしまーす! あ、あたしのは麺固め、油多めで!この子のは全部フツーで!」
アリシアは食券を渡しながら、この間覚えたカスタマイズの呪文を唱える。サイトーに教わったテクニックだ。ラーメンの麺は硬い方がいいに決まってる。
「いや、おれも麺固め、あとはフツーで」
案内されたテーブルには、かわいい取り分け皿とフォークが置かれていた。店員の気配りのようだが、どうやら子ども扱いされているらしい。おれは心の中でため息をつく。 ゴブリン年齢では立派な大人だったんだがな。
しばらくして、店員が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「お姉さん、身分証ありますか? 未成年にはお酒をお出しできなくて……」
「そうだった。この国だと20歳にならないとお酒飲めないんだっけ……あたし、向こうでは普通に飲めたのに」
悲しそうなアリシアに、店員が丁寧に頭を下げる。
「ごめんなさい、外国の方なんですね。日本ではそういう決まりなんです。――それにしても日本語お上手ですね!」
フォローをしつつも、ビール代を返金してくる店員。
「許すまじ……謎ルール……シシドに訴えてやる!」
文句を言いながら、アリシアは配膳された餃子をぱくつく。
「知ってるか? 餃子にはこの調味料をつけるんだぜ」
おれはテーブルに備え付けられていた壺のふたを開け、ニンニクチップ入りのラー油を少し加える。
「えー、辛そうなんだけど……」
「サイトーのお勧めだから、多分大丈夫」
「ふふ。ユキチの情報源、いつもサイトーね」
「しょうがないだろ。この世界で知り合い、他にいねぇんだ」
「それもそうね。んっ! 確かにおいしい! ねぇユキチ、これ、ごはんにのせたら絶対うまいと思う!」
「アリシア……」
止める間もなく、アリシアはライスの食券を買っていた。小サイズなのがせめてもの救いだ。幸せそうに、ごはんに食べるラー油を乗せてを頬張るアリシア。
「何このラー油……ただの油じゃない。神?」
もう止まらない。
そうこうしているうちに、待ちに待ったラーメンが届いた。シンプルなおれのラーメンと、トッピングてんこ盛りのアリシアの大盛りラーメン。
「おおー! これが家系ってやつね! スープがちょっと茶色いわね。いい匂い。――ところで家系の“家”ってどこの家なのかな?」
「……自宅じゃね?」
おれは適当に答える。
「家でこんなの作れるわけないでしょ!」
「この国の人は作れるんじゃないか?」
「……恐るべし、日本人」
アリシアは笑いながら箸を取る。
「んーー! うまい! 何このスープ、太い麺とマッチして最高!」
おれも一口。同じラーメンでも、前に食べた店とはまったく味が違う。同じ料理でもここまでバリエーションがあるとは……。“家系”って、もしかして流派みたいなもんか? この国では、武力じゃなく食で戦っているのかもしれない。
「食の戦争か……侮れないな」
物思いにふけっていると、アリシアのラーメンに乗ってる小さな卵に目がとまる。"おつまみ"とかいうので食べたが、小さいくせにめっちゃうまかったやつだ。
「なぁアリシア、その小さい卵、一個くれよ」
「えー! これ、おいしいやつなのに! ……ま、いいわ。ちょっと分けてあげる」
なんと、うずらだけでなく、チャーシューとメンマまでくれた。食い意地だけの女かと思ってたが、おれの肉体年齢の影響もあってか、ずいぶんと大人に見える。
「ありがとな」
「いいってことよ! それよりね! あたし気づいたの! ここの調味料、全部ラーメンに入れるためのものなんじゃない?」
アリシアはさっきのラー油の壺のほかに、色々な容器が置いてあることに気づいたようだ。
「今さらかよ。こないだ入った店で説明あったろ。味変ってやつだ。食べながら、味に飽きたらちょっとずつ足していくと、いろんな風味で楽しめるんだ。おれはこのままでも十分うまいと思うけどな」
そう言うと、おれはスープをひと口。――うまい。うまく表現できないが、クセになるうまさ。どうやって作ったのか、たかがスープなのに全く想像がつかない。家で作れるというのなら、今度サイトーにレシピを聞いてみよう。
「うわぁー! もう麺がない! まだ試してない調味料があるのに!」
目の前では、アリシアが泣きそうな声をあげる。
「神よ……あんまりです……」
というか泣いている。――そしてまだ食べ終わっていないおれのラーメンを、名残惜しそうに見てくる。しょうがないなと、おれは自分の器をアリシアのに寄せると、麺を少しわけてやる。
「ほら、泣くなよ」
正直、この身体には普通でも多かったので、こっちも助かる。
「ありがとうユキチ!マジ神! それにしても、ラーメンとニンニクは神のめぐり合わせだわ!」
おろしにんにくを乗せながら、アリシアの顔に笑顔が戻る。
「絶対食べすぎだから、帰りは遠回りして歩くぞ」
おれは笑いながら言う。知らない世界に来て不安もあったけど、こうしてアリシアと一緒にいる生活は、 まあ――悪くない。
おれたちの新しい見聞録は、まだ、はじまったばかりだ――
ここまでお読みいただきありがとうございました!
明日からは、後日談にあたる『元聖女は東京を満喫したい』を
数話連載いたします。
よろしければ引き続きお付き合いください。




