エピローグ① ギルの1日
「ふうーー」
長丁場の会合を終えて、おれは外套を脱ぎ、どさりとベッドに体を預けた。あの日――魔王ガイラムが世界に宣戦布告をした騒動から、もう10年が経つ。
アリシアが逝き、その葬儀を終えたあと、混乱する魔族をまとめるために立ち上げた新興宗教。
気づけば、自分が“教祖”になっていた。怒涛の日々だった。まさか拳で世界を救ったあとに、言葉で人を導く立場になるとは思いもしなかった。
「お疲れ様でした。はい、どうぞ」
柔らかい声とともに、妻のソーニャがあたたかいココアの入ったコップを差し出してくれる。彼女には感謝してもしきれない。「もういいや」と投げだしそうになるたびに、励まし、支えてくれた。
「ありがとう」
コップを受け取ろうと手を伸ばしたその瞬間――
「パパー! あそぼーっ!」
勢いよく飛び込んできた小さな影。
「ぐふっ!」
みぞおちに直撃する娘、ローラの頭。さすがおれと妻の娘……格闘のセンスは筋金入りかもしれない。
「よーし、いいぞー! ほれー!」
おれはローラを持ち上げてくるくると回す。キャッキャッと笑う娘の声が、すさんだ心を癒してくれる。
――だが、娘の笑顔がふと、あの日、血だまりに沈んだアリシアの顔と重なった。
(――あの時、俺がやったこと……本当に正しかったのか?)
窓の外で、風が静かに鳴いた。この10年、あの時の嫌な感触をひと時も忘れたことはない。その時――
――ピロリン。
妙な音がした。
「ん? なんだ?」
顔を上げると、目の前にふわりと光る封筒が落ちてきた。ローラをそっと脇に下ろし、それを拾い上げる。見た目はただの手紙のようだが、宛名も差出人もない。
「……なんだこれは。いかにも怪しいが……」
おれは警戒と好奇心のはざまで迷ったあげく、結局開けてみることにした。――中には、一枚の便箋。そこに記されたきたない文字――頬を、静かに涙が伝った。
――そうか。あの日、異世界転移はうまくいっていたのか。本当に……よかった。
「パパー? どうしたの? どこかいたいのー?」
不思議そうに見上げるローラに、ギルは微笑んだ。
「大丈夫だよ。これはね、痛いんじゃなくて……うれしくて泣いてるんだ」
「えー、へんなのー!」
無邪気に笑う娘の声が、心をあたためてくれる。
「ふふふ……いや。本当に。今日はいい日だ」
おれは涙をぬぐうと、左手の腕輪をそっと見つめる。
「たまには……あいつらにも、会いに行くか」
窓の外、アリシアの像が月に照らされて輝いていた。




