最終話 美しい世界
「それにしても、なんでこんな手の込んだことをしたの? 人も世界も、まるで使い捨ての道具みたいに扱って……正直、いい気分じゃないわ」
アリシアは、板の画面を見つめながら眉をひそめる。
「そうじゃの、きみたちには全てを話そうか──。そもそものきっかけは、わしの孫娘じゃ。彼女は“アナルジア症候群”という珍しい病にかかってしまってな。身体には異常がないのに、感覚が少しずつ消えていく。味覚も嗅覚も痛覚も、そして最後には感情までもが失われていく……500万人にひとり発症するような難病じゃ。残念なことに、この世界の科学でも治す術はなかった」
シシドはさみしそうに事情を語りだす。詳しい話はサイトーも知らなかったようで、驚いた顔をしてシシドを見つめる。
「この世界に治す方法がないならば──と、特効薬ができるかもしれない世界を仮想空間上に作ることにしたのじゃ。それが──」
「──ソーマプロジェクトというわけか」
サイトーが腑に落ちたようにつぶやく。
「そういうことじゃ。──そして数えきれない数のシミュレーションを繰り返したのち、ついに見つけたのが、未知のエネルギー"魔素"があふれる星──エクシリアというわけじゃな。そして、その星で生まれた命の水候補の物質が、アリシア君、きみが食べた“奇跡の果実”──というわけじゃ」
「なるほど……? そういうことだったのね……?」
アリシアは頷くが、シシドの話の内容を理解できているのか怪しい。
「アリシア君、覚えているかな? "奇跡の果実"を食べたことで得た能力を」
「ええと……、二日酔いしなくなる?」
シシドの期待あふれる視線を受けて、アリシアはしどろもどろに一生懸命こたえる。
「ほほほ……アルコールの分解もそうかもしれんが、きみがあの果実から得た力──それは、圧倒的な状態異常への耐性と回復能力。じゃ。システム上では"神の加護"などと書かれていたがの」
「──!?」
そうだったの!? という顔でシシドを見つめるアリシア。
「そして、その効能を確認したことで、ソーマプロジェクトは次のフェーズに進むはずじゃった。つまり、"命の水を見つける"ことから、"命の水を研究する"ことへとな」
「だった? ってことは足踏みしてるのか?」
残念そうに首を振るシシドに、ユキチがたずねる。
「ほほほ、ユキチ君、きみがそれを言うか。──魂の確認。エクシリアの生物にも現実世界と同様の魂があるという実証ができてしまったのじゃ。このサイトー君によってな」
シシドはどこか恨めしそうにサイトーを見る。そして今度はサイトーが説明を続ける。
「そういうことだ。この現実世界にも適用できる魂の存在。──つまり、今ここにいるきみたち二人のことだな。が確認できたので、ソーマプロジェクトのシミュレーション空間は消去しないで保護するよう、俺が働きかけたんだ」
「おかげで命の水研究のためのリソースが、どれだけ使えなくなったか……」
「悪いな、シシド。俺もあの世界が好きなんだ。それに保護されたリソースはごく一部だろ。そんくらい大目に見てくれよ」
サイトーは、シシドに悪びれず話しかける。
「つまり……サイトーが俺たちの世界を救ってくれたってことか」
ユキチが神妙につぶやく。
「ユキチたちがシシドから守り切った世界だよ。俺はそれを後押ししただけさ」
サイトーはユキチに笑いかける。
「これはサイトー君の手柄ではあるのじゃが、きみたちのように、シミュレーション空間の住民が現実世界に来ることができた以上、きみたちの魂は確かに本物だったというわけじゃ。そしてその魂が生まれた空間を作ったわしはある意味、神様にまた一歩近づいてしまったのかもしれんの」
のんきに「ほほほ」と笑うシシド。と、「何が神様よ」と悪態をついているアリシア。
「実のところ、きみたちだけでなく、現実世界の俺たちにとっても、魂はどこから来たのか? という疑問の答えはまだ出ていない。偶然の産物なのか、何か条件があるのか、それとも──俺たちにも分からない、見えざる神様がいるのか」
サイトーは天井を見上げて一呼吸する。まるでそこに全てを見通している存在がいるかのように。
「ま、その答えを探すのが俺の研究ってわけだ。ユキチ達は巻き込んでしまった形になってしまって申し訳なかったな。──で、どうだろう、きみたちには、この後のことを考えて欲しいんだ」
「このあと──?」
サイトーの言葉に、アリシアが首をかしげる。
「そう。このあと。せっかくこの世界に来たんだ。なんかやりたいことはあるかい? 俺としては迷惑をかけた以上、できるだけきみたちの要望を聞きたいと思ってるんだけど」
そうは言われても、この世界に何があって、何ができるのか、ユキチにはさっぱり分からない。もちろん、アリシアも。
「なんて急に言われても困るよな。──そこで、俺から提示できる選択肢は3つ。
ひとつ、シミュレーション空間に戻って、神様としてエクシリアを管理する
ふたつ、ソーマプロジェクトに残って、俺と一緒に魂の神秘を追う」
サイトーの話を聞いているうちに、どんどんテンションが下がるアリシア。
「そしてみっつ目、きみたちふたりでこの世界で普通に暮らす──だ」
「え──この世界で……?」
アリシアの目がキラリと光る。
「もしかして! おいしいもの、あるかしら?」
その一言に、サイトーは堪えきれず吹き出した。
「ははっ、アリシア君は向こうの世界で会ったときと変わらないな。あるよ。おいしいもの、たくさん」
「おおおおおっ! ユキチ、聞いた? 食べ放題よ!」
「おまえはほんと、どこにいてもぶれないな……」
ユキチは苦笑しながら、よだれをぬぐうアリシアを見やる。
「ま、でも……それがアリシアらしいか。サイトーもそれが分かってて、こんな選択肢にしたんだろ」
「ははは、どうだろうね。でも、アリシア君、本当にそれでいいのかい? 君は神様にもなれるし、本当の神様に会えるかもしれないチャンスなんだよ?」
ユキチの指摘をはぐらかすサイトー。
「別に。あたしはね――おいしいお酒や料理、きれいな景色に出会うとき、“ああ、神様”って感じになるし、感謝もするよ。でもさ、それで十分なんだ。神様になったりとか、神様と会って、何か聞きたいとか、そういうのよりも、もっと自分の身の回りにある実感? 納得感? を大事にしたいな」
小さく息をついて、彼女は肩をすくめた。
「うーん。うまく言葉にできないけど、だから、神様探しも神様ごっこも……あたしは、いいや」
そう言って、アリシアは照れくさそうに頭をポリポリかく。言葉はたどたどしい。けれど、その想いはユキチにもちゃんと伝わった。
「つまりは、自分の欲望に忠実でありたいってことだろ。おまえはそれでいいと思うぜ。――俺も付き合うよ」
「当たり前じゃない!」
アリシアがぱっと顔を上げる。
「あんたがいなきゃ始まらないっての! 旅するんでしょ? 探しものはもう見つかったみたいだけど――」
ふふっと笑うアリシアの声が柔らかく響く。
「この世界の神様とのめぐりあわせ、今から楽しみだわ」
あぁ、アリシアの笑顔は、いつも眩しいな。
彼女との出会いについては、神様とやらに感謝してもいいだろう。
「うん」
ユキチも最高の笑顔で答えた。
【おしまい】




