第113話 再会
「――まったく。無茶苦茶だよ、おまえ」
懐かしい声が届く。
(……ここは?)
喉が焼けるように乾いている。かすれた声を絞り出しながら、アリシアはゆっくりと目を開けた。視界に入ってきたのは、知らない女の子。彼女は穏やかな笑みを浮かべて、水を差し出してくる。
アリシアは水を受け取り、一口飲んだ。冷たい水が喉を通るたび、喉の痛みが引き、少しずつ意識がはっきりしていく。
「……あなたは、誰?」
アリシアは最初に浮かんだ疑問を、そのまま口にした。その質問を聞いて、少女はニヤッと笑う。
「だよな。そう言うと思った。おれだよ――ユキチだ」
一瞬、思考が止まる。女の子の声なのに、言葉遣いはあのユキチそのもの。
「ユキチ……? 本当に?」
「ああ、おれだ。落ち着いたら、こっちから会いに行こうと思ってたんだけどな。まさかそっちから来るとは。急な受け入れ準備、めっちゃ大変だったんだぜ」
「……本当にユキチなの?」
アリシアの目から、涙がこぼれた。次の瞬間、彼女は迷うことなくその子に飛びついた。
「よかった……あたし、もうあなたに会えないかと思った!」
「はは……」
ユキチは少し照れくさそうに笑い、腕をアリシアの背中に回す。
「それにしても――ずいぶん可愛くなったわね」
アリシアが涙を拭いながら冗談めかして言うと、ユキチも肩をすくめた。
「本当にな。この世界にはゴブリンがいないからって、こうなっちまったよ」
二人は顔を見合わせて、同時に笑った。
「そうなんだ……本当に、ここは異世界なんだね」
アリシアは部屋の中を見渡す。大きな違和感は、空気の中に魔素の気配がまったくない。
「魔素も感じないし……」
「ようこそ異世界へ。アリシア君」
静かな声とともに、扉が開いた。入ってきたのは二人の男。一人はひげ面に眼鏡をかけた中年、もう一人は白衣を着た年老いた男性だった。
「あなた、もしかして、サイトー?」
ひげ面の男を見て、アリシアが声を上げる。
「ああ、きみの活躍はずっと見させてもらっていたよ」
サイトーが、笑って手を差し出す。
「すると、そっちのおじいちゃんは……まさか!?」
「シシドじゃ」
白衣の老人が、穏やかに笑った。
「いやぁ、なかなか楽しかったぞ。それにしても、よく来たの」
「あなたが……シシド?」
アリシアは複雑な表情で老人の目を見る。
「不思議なものね。こうして直接会うなんて。それにしても、世界を壊すとか、本当に勘弁してほしいわ。あんたのせいで、どれだけ大変な目にあったと思ってるのよ」
「ほほほ、それはすまんかったの」
シシドは愉快そうに笑う。
「それにしても、まさか現実世界で君たちに会うことになるとはな」
「現実……世界?」
アリシアの眉がぴくりと動く。
「ああ、そうじゃな。もうここまで来たら、隠し事は一切なしじゃ」
そう言うと、シシドはアリシアの前に一枚の薄い板を置いた。板が光り、そこに星々が瞬く美しい宇宙の映像が映る。
「これは……?」
「これが、きみたちの宇宙じゃ」
シシドは優しく言葉を続ける。
「わしらはそれをシミュレーション空間と呼んでおる。そして、きみが住んでいた星――エクシリアも、この広大な空間の中で息づいておる」
アリシアは信じられないという顔。
「そんな……嘘でしょ。こんな板の中に、私たちの世界が入っているなんて……」
「正確には、別の場所にあるサーバー群で膨大な演算が行われておるのじゃが――ま、今のきみにはなんとなく感じてもらえば十分じゃろう。――ちょっと失礼」
シシドがそう言って、先ほどの板を手に取った。指先で何かを素早く打ち込み、再びアリシアの前へと戻す。
「ほれ、見てみい」
「あっ……エクシリア!」
板の画面には、青く輝く星が映し出されていた。アリシアはその星を見つめながら、自分が本当に世界の外に来てしまったのだと、しみじみ思った。
「そう。そしてここを、こうやって動かすとじゃな……」
シシドが指先で画面を操作する。映像が一気にズームしていき、やがて見覚えのある場所が映し出された。――そこは魔王城の大広間。
「ああっ、これ……リリアじゃない!」
画面の中で、リリアが玉座に座り、魔族たちに何かを指示している。声は聞こえないが、表情からは必死さが伝わってくる。その隣には兄のバーキッシュ――服を着て、ちゃんと椅子の上に立派に座っていた。
「よかった……元気そうね」
アリシアが安堵したのを確認すると、シシドがさらに画面をちょいちょいとタッチする。
今度は、ギルとラムネが協力して新しい魔王城を建てている映像が映し出された。
「ギルも元気そうでよかった……」
けれど同時に、アリシアの胸に不安がよぎる。
「でも……まさか、あなたはみんなの様子をこうやってのぞき見してたの?」
「んー……まぁ、そう言われれば、そうじゃの」
シシドは悪びれもせずに答える。
「安心するがよい。必要があれば見る、という程度じゃ。世界のすべての人を監視していたら、いくら時間があっても足りんからの」
そう言うと、シシドはまた指先を動かす。すると、今度は画面の中のギルたちの動きが、信じられない速度で早くなった。
「こうして、大きなイベントが起きるまでは時間を加速しておる。シミュレーション空間の時間を調整すれば、気になる部分だけを効率よく見られるのじゃ」
「なっ……!」
アリシアは息をのむ。時間の流れが違う――そうか、これがサイトーやハセガワと会話していて感じた、時間感覚のずれの正体なのだ。
映像の中で、新しい魔王城が瞬く間に完成していく。やがて、城の中庭には巨大な像が建った。
「……えっ、あれって……」
アリシアの反応をみて、シシドが時間の流れを元に戻す。中庭に立っているその像は、まぎれもなくアリシアの姿をしていた。その脇にはユキチの姿も。その像の前で、ギルがキラキラした衣装をまとい、何かを朗々と語っている。魔族や各国の代表たちが集まり、熱心に拍手を送っている。
「これは……?」
「ふふふ……。どうやらギル君は、きみを称えて“アリシア教”というものを立ち上げたらしいね」
サイトーが笑いながら説明する。
「ぶっ――!」
ユキチが思わず吹き出した。
「なかなか面白いことになってるじゃねぇか。アリシア、おまえもう神様じゃん。どうする? 神として降臨してみるか?」
ユキチがからかうように言う。
「いいよ、そういうのは柄じゃないし」
アリシアは苦笑して首を振った。
「みんなと同じ時間感覚で生きられないのは、きっとつらいと思うんだ。……あ、でも、あとでみんなにはメッセージを送ろうかな。“神託”ってことで」
そう言って、アリシアは少し寂しそうに笑う。ユキチはそんな彼女の頭を、やさしく撫でた。




