第108話 ディメンジョンブレイク
(※ 作者注:すみません。演出上、PCはそのまま読めますが、スマホだと画面を横にしないと読みづらくなっております。どうしても読みづらい場合、『そして、当のユキチは~』から読んでいただけると幸いです(それまではすごい攻撃だというのを強調する描写になります)。よろしくお願いします)
ユキチの放った剣筋が、前方にあるものすべてを切
原初の魔王だけでなく、山も、空気も、空さえも― り裂いた。
閃光が走り、世界がずれていく。 ―時間の流れすら。
役目を果たしたかのように、聖剣アークライザ
その光が消えるのと同時に、ユキチの身体か ーが、砕け散る。
どうやら、力を使い果たしたようだ。 ら勇者の輝きも失われていく。
「威力が威力だけにな……チートを使っ
サイトーが、どこか寂しげに呟く。 ても、これが限界か」
やがて空の切れ目から、夜の星が
「……あ、きれい」 のぞく。
アリシアが息をのむ。その瞬
「お前ら、振り落とされない 間、風が巻き起こった。
シロが暴風に飲まれまい ように気をつけろよ!」
「なぁ、あれ……夜空だ と体勢を維持しながら叫ぶ。
ルイスが信じられな よな? ユキチ、昼も切ったのか?」
「どう見ても、あそ いものを見るように呟く。
暴風の中で、ギ こだけ夜だ……」
「あの夜空に吸 ルが冷静に状況を見極める。
「さぁな。で い込まれたらどうなるんだろうな」
「太陽も月 も、本当にヤバいって言葉、今なら信じられるぜ」
なぁ、 も切れるって言われても納得しそうだな。
ルイ ユキチ……本当に地面は切ってないよな?」
「… スがそっと下を覗きこむと、ひび割れもない。
…よかった。大丈夫そうだ」
ルイスは胸をなでおろす。
そして、当のユキチは、目の前の光景に顔をひきつらせていた。
「な、なんじゃこりゃ……おい、サイトー! これヤバすぎだろ! 空が……空が、切れちゃってるぞ!」
「落ち着けユキチ。空間に切れ目を入れただけだ。しばらくすれば自然に修復される。それより――シシドはどうだ? ちゃんと切れたか?」
サイトーはいつもの調子で冷静に言う。ユキチは前方を見据える。
「……上半身は吹き飛んでいる、あの切り口からならバリアに邪魔されずに触れられそうだ。……けど、まだ生きてるな」
視線の先では、上半身を吹き飛ばされた原初の魔王の下半身だけが、なおも蠢いていた。
「なにあれ……気持ち悪い。上半身がないのに動いてる」
アリシアは思わず身を震わせる。
「もともと死体だ。シシドをどうにかしない限り、身体を切られたくらいじゃ止まらん」
サイトーの声が響く。
「よし、予定通りだ。接近して、シシドのIDを読み取るぞ。みんな、行けるか!」
「任せておけ!」
ガラムがシロに指示を出し、白竜が大きく旋回する。その翼が風を切り裂き、原初の魔王の傷口へと一気に突き進む――。
原初の魔王に近づくにつれ、傷口の断面がよく見えてくる。切り口からは黒い液体があふれ出ていた。それは地面に落ちるたびに、蒸発するように煙を上げる。
「なんかドロドロしてて……血っていうより、よだれだな」
みんなの緊張をほぐそうと、ユキチが茶化す。
「あれが魔素の素だ」
サイトーが冷静に説明する。
「空気に触れると分解され、粒子化してこの世界に拡散する。つまり、魔素の発生源だな」
更にシロが原初の魔王に近づくと――黒い体液がうねり、無数の蛇のような触手となって襲いかかる。
「うおっ!? この状態でも攻撃してくるのかよ!」
「あっちに行け!――ラ・ルース!」
アリシアの手からまばゆい光線が放たれ、一直線に触手を貫いた……はずが、光はそのまま黒い触手に吸い込まれていく。
「あぁ……ダメだ。効かない!」
「なるほど……では、これは、どうだ!」
今度はシロの喉奥が淡く輝く。
キイイイイイィィィ――――――!!!
青白いブレスが放たれ、またしても触手に直撃した。しかし――黒い触手は少し形を変えるだけで、まったくダメージを受けていない。
「改めて言うけど、原初の魔王は魔素の根源だから……魔法攻撃は、全く効かないぞ」
サイトーの声が重く響く。
「そうは言っても、やらないと分からないじゃない!――やっぱりダメだったけど」
アリシアが残念そうに手を上げる。
「くそっ、シシドめ……厄介なもんを蘇らせやがって。――こうなりゃ、直接叩くしかない。――シロ、行けるか!?」
ガラムが舌打ちし、拳を握る。
「いいだろう! やってやるッ!!」
シロが唸り声を上げ、全身をきしませながら突進する。黒い触手が何本も絡みついてくる。それでもシロはそのまま突き進み、その巨体ごと原初の魔王に体当たりした。
ドガァァァァン!!!
激しい衝撃。かろうじて残っていた原初の魔王がバランスを崩し、倒れる。一方、シロと背に乗っていたアリシアたちも地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
土煙が一帯を覆い、視界が真っ白になる。
「みんな、無事か!?」
ギルの声が土煙の中から響く。アリシアは咳き込みながら顔を上げる。目の前には――黒い触手に絡め取られているシロの姿があった。その白い鱗が、じわじわと黒く侵食されていく。
「……お、もしかして、この触手からシシドの情報を読み取ればいいんじゃない?」
アリシアの瞳が輝く。
「やだ、あたし、あったまいいー!」
「アリシア、待て! 不用意に近づくな!」
ユキチが叫ぶ。――だが、時すでに遅かった。アリシアが腕輪をつけた左手を、シロに絡みついた黒い触手へと近づけた瞬間――
ブチュッ
触手の表面が不気味に膨らみ、そこから細長い棘が伸びる。
――そしてそれは、一瞬でアリシアの胸を貫く。
「……え」
何が起きたのか分からないという顔のまま、アリシアは立ち尽くす。
少しして、口から、ごぼごぼと血の泡があふれた。
「アリシア――!!!」
ユキチの悲鳴が、空の裂け目に吸い込まれて消える。
「くそっ!」
ギルが駆け寄り、アリシアに突き刺さった棘をへし折る。支えを失ったアリシアの身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。その身体を、ユキチが両腕で受け止めた。
棘は右胸を貫通していて、背中に突き抜けている。下手に棘を抜けば、即座に出血多量で死んでしまうだろう。露出した棘の空気に触れた部分が、じわじわと黒い煙のように溶け、魔素となって拡散していく。このまま放っておくのはマズい。
「アリシア……! しっかりしろ!」
ユキチの声は震えていた。
「キュイ……キュイ……」
ルメールが心配そうにアリシアのまわり飛び回る。
「サイトー! 何とかならないのか!?」
ユキチの声が涙でかすれる。
「すまないユキチ……残念ながら、この傷は俺でも難しい」
サイトーの返答も歯切れが悪い。
「そんな……!」
ユキチは歯を食いしばり、怒りを押し殺す。
――だが次の瞬間、目の奥がギラリと光る。
「……いや、やりようはある! ――エグゼクト!」
ユキチがコンソールを呼び出す。
「おい、ユキチ、何をする気だ!」
サイトーが慌てて声を上げる。
「お前が俺にしたことだよ!」
「な、なんだって?」
ユキチは血まみれのアリシアを抱えながら、震える声で叫ぶ。
「お前が俺のこの首輪に入れたデータを――アリシアに適用する! 存在レベルを上げれば、アリシアも永遠を生きられるんだろ!? あいつはちょうど、この首輪のペアになる指輪をつけてる。そこに……設定をかき込めば!」
サイトーが息をのむ。
「……魔法の指輪……か。確かに、理論上は可能だ。――だが、やめろユキチ! そんなことをすれば、お前まで強制退会されるぞ!」
「うるさい!」
ユキチが怒鳴る。
「おれは今、“スーパーユーザー”なんだろ!? なら多少は大目に見てくれよ! アリシアのいない世界なんて――そんなの、認めない!」
「……ユキチ」
サイトーの声が小さく漏れる。
「それより、お前はお前のできることをやってくれ!」
コンソールに指を叩きつけながら、ユキチは必死の思いで叫んだ。
「ギル! ルイス! ラムネ! 頼めるよな!」
「ここまで来たんだ――あいつのIDを読み込んで、おれより先に強制退会食らわせてやろうぜ!」
「了解だ、任せろ!」
ギルとルイスが頷く。
「死ぬなよ、アリシア……! おれが今、助けるから!」
ユキチの声が震える。
「ラムネ! アリシアの胸の出血を止めてくれ!」
「ぷる!」
ラムネはユキチの左手から一部を切り離し、アリシアの胸の傷口へと潜り込む。
「ルメール! アリシアに――ありったけの魔力を!」
「キュイ!!」
オロロロロロ……。ルメールは翼を震わせ、口から光の液体を勢いよく吐き出す。それはアリシアの身体を包み込み、血に濡れた床を照らした。見た目がどうこう言っている場合じゃない。誰もが、ただ必死に、彼女の命を繋ぎとめようとしていた。
そのとき、ユキチの脳裏に、今朝見た占いの文字がよぎる。
―― 旅立ち:するべからず。大事なものを失う。 ――
「……ふざけるな」
ユキチの歯が軋む。
「そんな運命、俺は――認めない」
彼は全身の力を込め、コンソールの画面に拳を叩きつけた。
「くだらない占いの結果なんか、俺が書き換えてやる!!」




