第107話 原初の魔王
「ま、そういうことだ。嫌なら本気で抗うがいい。おまえたちの抵抗も、楽しませてもらうまでじゃ」
シシドの声が響く。
「――ではそろそろ――いくぞ」
その言葉を最後に、シシドの気配がふっと消える。直後、地面が大きく揺れた。
「くっ……!」
アリシアがよろける。立っているのもやっと。
「いかん! このままでは生き埋めにされるぞ!」
ギルが叫び、さっきの昇降室へ戻ろうとした、その時。
「心配するな! ――シロ! 来い!」
ガラムが叫ぶ。天井が轟音と共に崩れ、まばゆい光の中から白い竜が姿を現した。
「白竜……! 傷は大丈夫なの?」
アリシアが目を丸くする。
「ふん。子供にじゃれつかれた程度でどうこうするほど、我は脆弱ではない。それより――早く我の背に乗れ」
「じゃあ……お邪魔します!」
アリシアたちが次々と竜の背中によじ登る。白竜は一瞬、翼をたたみ、次の瞬間――
ドンッ!
洞窟の天井を突き破って、暗い地下から一転、一瞬で眩い地上の光へと飛び出した。冷たい風が襲ってくる。
「な、ななななな……なんだありゃあ!?」
ルイスが戦士とは思えない声を上げる。
見下ろすと、山をも凌ぐ巨体が地中から這い出そうとしていた。毛並みは黒曜石のように光り――その眼は闇のように黒い。
「あれが……原初の魔王……! でっか……!」
アリシアの声が震える。だが次の瞬間、彼女は別の方向で悲鳴を上げた。
「ちょっと待って! 寒すぎるわこれ! 死ぬっ! 極寒対策!押競饅頭!!!」
白竜の背中をふんわりと白いベールが包み、凍える空気が和らぐ。
「おお……これは助かる!」
リュートが歓喜の声を上げる。極寒の上空――普通なら数分ともたない過酷な環境。アリシアの呪文がなければ、戦いが始まる前から、全員が戦闘不能になっていたに違いない。
「あんだけでかい図体してるんだ。触れるだけなら簡単にできそうだな!」
ユキチが呑気に言う。
「いや、そうでもないぞ。見ろ」
ギルが指差した先――原初の魔王の周囲の景色が、ゆらりと歪んでいる。まるで見えない空気の壁があるようだ。地面が原初の魔王に触れられる前に押し潰されて凹んでいく。
「……なんだあれ? 透明のバリアか?」
「分からないが、あれをどうにかしないと、本体には触れられんだろうな」
ギルの言葉に全員が息を呑む。その時――ユキチの腕輪からサイトーの声が響いた。
「ユキチ! あの防壁は、この世界の理では破れない! いきなりフルパワーで行くぞ!」
「フルパワーって言われても……どうしろってんだよ!」
「管理者コマンドだ!」
「……ああ、そういうことか。わかったよ! エグゼクト!」
ユキチは言われるがままに管理者呪文を唱える。仕組みはまるで分からないが、サイトーが言うには、このコマンドはこの星の外生命体である原初の魔王にも効くらしい。
サイトーが腕輪越しにユキチのコンソールの情報を確認している。
「よし、俺のとっておきのコマンドがまだ残ってるな。今からあいつ向けにカスタマイズする。そのあいだ――ユキチ、黄金勇者モードでスタンバイしておけ。できれば左手もあったほうがいい。ラムネ、ユキチの義手としてサポートできるか?」
「またあの変なコスプレすんのかよ……」
嫌そうに顔をしかめるユキチをよそに、ラムネがぷるぷると震えて返事をする。
「それなら――まだ修理途中だが、この義手を素体に使ってくれ」
ギルが懐から金属の義手を取り出した。リュート戦で破損したものを、直そうとしていたようだ。
「サンキュー」
ユキチは義手を受け取ると、ラムネの分体が表面にまとわりつき、溶け合うようにしてユキチの左肩に吸い付いていく。一呼吸すると、ユキチは左手をぐっと握りしめた。――思い通り、完璧に動く。
「よし……」
ユキチはひとつ息を整えると、仕方なさそうに呟いた。
「……変身呪文、また唱えんのか。マジで恥ずかしいんだよな、これ」
それでも、戦うために。ユキチは左手を掲げ、空に向かって叫ぶ。
「我、光と闇の狭間より生まれし者。
月の導きに従い、ここに血と肉を捧げる。
偽りの運命を書き換え、世界を約束の地へ導かん。
今、聖なる猟犬を檻より解き放て――
ユウシャ・Show・カーン!!!」
ユキチが叫ぶと、全身が謎の光に包まれ、衣装が変化していく。眩い金色の光がシロの背中を照らし、空気が震えた。
「完成! 黄金勇者ヴァリディオン!!!」
知らないおじさんの声がどこかから響く。同時に――背後でドカーンッ!と盛大な爆発。
「やめろ! 私の背中で爆発するな!」
シロが苦情を上げるが、誰も聞いちゃいない。
「よし! 今回はチートモード発動で常にゲージマックスだ!」
サイトーの声が腕輪から聞こえてくる。
「ユキチ、この技はマジでヤバいからな。地面とか太陽とかには当てるなよ。あ、あと月もだな」
「いや、ちょっと待て! 今、太陽って言った!? それ、冗談だよな?」
サイトーの楽しそうな声に、ユキチの顔が一気に青ざめる。
「アリシア君たちも、巻き込まれないように気をつけてね。ユキチが切った後は一気に近づいて、あいつに触れてくれ」
「わ、わかったわ……!」
アリシアは不安そうにシロの背にしがみつく。
「それまでの道中は俺たちが守ろう」
ガラムがリュートとともに立ち上がる。
冷気が肌を裂く。原初の魔王の巨影が、ゆっくりとこちらを向く。
ユキチは拳を握りしめ、顔を上げた。
「よし! みんな準備はいいな! ――行くぞッ!!」
全員がうなずく。
――そして、ユキチが黄金の光をまとって叫んだ。
「勇者究極奥義! 次元断!!!」
空間が悲鳴を上げる。光が走り、世界そのものが――ふたつに割れた。




