第106話 地下遺跡
「ここが……地下遺跡の最深部ですが――ごらんのとおり、何もないですよ」
リュートが訝しげに辺りを見回す。そのとき、ユキチの腕輪からサイトーの声が響いた。
「――いや、ここで間違いない。ユキチ、そこの壁のくぼみに腕輪を当ててくれ」
「ああ、こうか?」
ユキチがサイトーの指示通りに、壁のくぼみに腕輪を押し当てる。次の瞬間、低い振動音が響き、腕輪が淡く光り出した。きっと、サイトーが向こう側で何か操作しているのだろう。
そして――
ガコン!
鈍い音とともに、目の前の壁が横にスライドしていく。その奥には、最近よく見る無機質な空間が広がっていた。まるでアルカナ宮殿の教皇の間へと続く動く部屋と同じ仕組みだ。
「……こ、これは……」
リュートが思わず後ずさる。
「ほらほら、行った行った」
ユキチは足踏みするリュートの背中を軽く押して部屋の中へ。中は無機質な石の部屋。壁の中央には奇妙な金属板が取りつけられていた。
「サイトー、このパネルでいいか?」
ユキチが壁に貼りついた板に腕輪をかざす。
「おお、分かってるね。そうそう、そこだ。……ちょっと待ってな」
通信越しのサイトーが軽い調子で言う。数秒後、部屋全体が微かに震え始めた。
「みんな、気をつけて。この部屋の動きが止まったらドアが開く。――その先に、シシドがいるはずだ。戦闘の準備は今のうちにな」
サイトーの警告に、その場にいる全員の顔に緊張が走る。
「うう……なんか胸が苦しくなってきた。隙を見て、この腕輪でシシドにタッチすればいいのよね?」
武者震いなのか、お腹をさするアリシアを見て、ユキチが呆れたように言う。
「アリシア、そこは腹だぞ。今のうちにトイレに行っておくか?」
「もう! デリカシーがないんだから! 大丈夫よ!」
照れ隠しのように笑ってごまかすアリシア。その空気の緩みを見計らったように――
ゴウン……
部屋の動きが止まった。同時に、ドアがゆっくりとスライドし、濃密な魔素が吹き込んでくる。肺の奥が焼けるような、重く粘ついた空気。
「気をつけて。原初の魔王は、魔素の根源。おそらく君たちの魔法は効かない」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな大事なこと、なんで今言うのよ!? 心の準備が……!」
サイトーの突然の助言に、ワタワタするアリシア。そのとき、開いたドアの向こうから静かに声が響いた。
「――ようこそ。はじまりの場所へ」
そこに人影は見えない。だが、確かになにかがそこにいる。
「シシド――!」
リュートが憎しみを込めて、その名を呼ぶ。
「どうやら、魔王ガイラムは負けてしまったようですな。色々と頑張って仕込んだのに、残念じゃ。……とはいえ、ガイラムすら退けた君たちの健闘は称賛に値する。さて――これが正真正銘、最後の戦いじゃ……が、その前に。折角の機会だ。何か、聞きたいことはあるかの?」
「へぇ……ずいぶんと太っ腹じゃないか」
ユキチが前に出る。
「じゃあ、折角だ。遠慮なく聞かせてもらうぜ。あんたがこの世界――いや、この宇宙を作ったって話は聞いた。本当に神様なんだな。でもさ、その神様が今、その世界を終わらせようとしてる。壊すなら、なんでおれたちを作ったんだよ?」
ユキチの問いが静寂に溶ける。一瞬の間のあと、空気がざわりと揺らいだ。
「なるほど……では逆に聞こう」
シシドの声が深く響く。
「おまえたちは――どうやって生まれてきたのだ?」
「は?」
思いもよらぬ質問に、ユキチが言葉を失う。
「わしが作ったのは宇宙そのものだ。その初期条件と、パラメータ。それだけじゃ。あとは自然に星が生まれ、やがて命が生まれた。何度作り直しても――おまえたちのような意識を持つ生き物が現れる。……なぜだと思う?」
「なぜって……そういうふうに、あんたが作ったからじゃないのか?」
ユキチの問い返しに、空気が一瞬ゆれる。
「そうではない」
シシドの声が、失望したように重く響いた。
「わしがしたのは、ただの下ごしらえじゃ。その後は何が起きるかは、わしにも分からん。そういうふうに設計した。だがな――誰かが、わしにも見えない誰かが、わしが整えた材料を使って“生命”を産み出している。それが何者なのか。神なのか、偶然なのか。……わしはそれを知りたくて、答えを探しておるのじゃ」
「神様も知らない神様ってわけか。気の遠くなるような話なこって……」
「ふん」ユキチが小さく鼻を鳴らす。
「騙されるなよ、ユキチ」
腕輪越しにサイトーの声が低く響く。
「生命の誕生については確かに謎が多い。だが、シシドにはそんな高尚な目的はない。こいつの行動原理は、いつだって利己的だ」
「ほほほ。これは手厳しいな、サイトー君」
シシドは楽しげに笑った。
「まぁ、今言ったのは確かに表向きの理由じゃ。だが研究テーマとして興味を持っているのは本当のことじゃよ。……とはいえ、今の最優先事項は、また別のものじゃがの」
「――奇跡の――果実」
アリシアがハッとしたように呟く。
「――そう。その通りじゃ。――だが、その件について、これ以上話すつもりはない。サイトー君の言う通り、個人的な話じゃからの」
シシドの声のトーンが少しだけ落ちる。
「それでもいいわ! でも、もう一つ聞かせて! あんたの目的が達成できたなら、もういいんじゃない? プラネットシードも、奇跡の果実も手に入れたのでしょう? そしたら、この世界も、この宇宙も、そのままにしておけばいい。それじゃ……だめなの?」
「ふむ……。だめではない」
シシドは一拍置いてから続けた。
「だが、想像してみてほしい。――公園の砂場で、立派な砂の城を作った。だが、もう帰る時間になってしまった。――明日になれば、きっと誰かが壊してしまうだろう。そう思ったとき、こう考えないか?――誰かに壊されるくらいなら、自分の手で――とな」
「なっ……」
アリシアは言葉を失った。――思い当たる節がありすぎる。




