第103話 新魔王誕生
「んーーー! おいしい!」
アリシアが笑顔で、口いっぱいに唐揚げをほおばる。その様子に、リリアが申し訳なさそうに頭を下げる。
「気に入ってもらえてよかったです。でも、外界の人間を接待するのに慣れていなくて……ごめんなさい。まさか、魔族以外には毒になるなんて思わなくて」
「いいよいいよ! この聖水で何とかなるってわかったし。それに、この唐揚げも、ステーキも、焼き魚も、サラダも、スープも、みんなおいしいわ。聖水の清涼感にも合うしね」
アリシアはグラスを掲げ、香りを楽しむようにお酒を口に含む。
「このお酒、なんだか甘くて飲みやすい。なんてお酒かしら?」
「おや、聖女はお酒の味も分かるのですね」
バーキッシュが服を着て戻ってきた。
「そのお酒は、蒸留したのち5年熟成させたこの街の銘酒"魔王殺し"です。もしお気に召したなら、30年物もありますが?」
いつの間にか、彼の手には琥珀色に輝くボトルが握られている。
「おおおお!? 30年物!」
アリシアの目がキラリと光る。
「おい、バーキッシュ。もったいぶるな。せっかくの祝いの席だ、ぱーっと行こうじゃないか!」
リュートが両手を掲げると、周りの空気が一気に明るくなる。
「おおおおおお! もしかして、神様!?」
興奮しすぎて、不遜なセリフを吐くアリシア。
「それではみなさま――新しい魔王に乾杯!」
「かんぱーい!」
「――ん? 新しい魔王?」
グラスを口に運んでいたアリシアが首をかしげる。
「ああ、言ってなかったですか。私やガラム、バーキッシュが敗北したことで、繰り上がり式で新しい魔王が決定したんですよ」
そう言ってリュートがリリアの方を見る。
「え、まさか……」
アリシアもリリアを見つめた。
「そういうこと、みたい。――あたしは断ろうとしたんだけど……」
もじもじするリリアの手を、アリシアがぱっと取る。
「いいじゃない! リリアが新魔王!」
アリシアの瞳が輝く。
「そうだな。強硬派のガイラムを打ち倒して、宥和派のリリアが魔族のトップになった――そういう筋書きにすれば、教皇とも話をつけやすい」
ギルが頷く。
「確かに。その方が俺たちも目立たずに済むな」
勇者に祭り上げられたくないユキチは、胸をなでおろす。
「あ! じゃあ、リリアにこれあげる!」
アリシアは懐から、ハセガワから預かっていた魔族大陸用の新しい刻印を取り出した。
「これはね――聖地巡礼のスタンプ! 教会と仲良しの証よ!」
アリシアが誇らしげに言う。リリアが首をかしげると、アリシアは胸を張って説明を続けた。
「これからも、あたしみたいな巡礼者が聖地巡礼でここを訪れると思うの。その時は、ちょっとした試練を出してもらって、クリアしたらこのスタンプを身体のどこかに押してあげてほしいの! こんなふうに!」
アリシアは両手に刻まれた印をぱっと見せる。
「こんな風になっ……!」
その脇で、なぜか服を脱いで筋肉――じゃなくて刻印を見せつけるギル。
「おまえまで脱がなくていいから!」
ユキチがすかさずツッコむ。アリシアは笑って続けた。
「もちろん、魔族のみんなもやりたければ聖地巡礼してもいいわよ! 世界を見るって、本当に楽しいから。おすすめよ!」
死にそうになったことも忘れて、満面の笑みで勧めるアリシア。まぁ、その死にそうになった原因の大半は、今この場にいる魔族たちなのだが――。彼女は「過ぎたことは考えない!」とでも言うように笑っていた。
「それじゃあ、あらためて――新魔王リリアに、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
さっきまで殺し合っていたというのに、今はもうグラスを交わして笑い合っている。この切り替えの早さと懐の深さ――それこそがアリシアのすごいところだと、ユキチはしみじみ思う。
「んー? どうしたの、ユキチ? そんなにあたしを見つめちゃって。――もしかして、もっと聖水をかけて欲しい料理があるのかな?」
「いや、そういうわけじゃないけど……アリシアはすごいなって思っただけさ」
「あはは、なにそれー。おだてても聖水とビームしか出ないわよ?」
アリシアがからかうように笑う。
「それに、すごいのはユキチの方だよ。ユキチが頑張ってくれたから、こうしてみんなで食卓を囲めてるんだから」
「そうだぞ」
ガラムがユキチに近づいて、真剣な表情で頭を下げた。
「お礼が遅れたけど……助けてくれてありがとう、ユキチ。あのままだったら、どうなっていたことか……」
「いや、あれはおれだけじゃどうしようもなかったさ。ギルじゃないけど――みんなでつかんだ勝利だな。それに、最後にはリュートの血液提供もあったしな」
ユキチはグラスを置き、リュートの方へ視線を向けた。
「なぁ、リュート。それにしても、お前とガラムの血って、なんでそんなに親和性があるんだ? アリシアみたいに家族ってわけでもないだろうに」
リュートは少しだけ沈黙し、静かに口を開いた。
「……実は、近いものがあるのです。アリシアさん、ヤコブ=ラフェルという名前を知っていますか?」
「ヤコブ……?」
聞き慣れない名前に、アリシアは首を横に振る。孤児院と修道院で育った彼女は、両親の名前すら知らない。リュートはゆっくりと続けた。
「ヤコブ=ラフェル。100年前、魔王に最も近いと言われた魔族の戦士です。……話を端折りますが、そのヤコブこそ――ガラム、そしてアリシア、あなたの祖父にあたる人物になります。――そして、ヤコブは私の父でもあるのです」
「えっ!?」
アリシアの目がまん丸になる。
「私の名前は、リュート=ラフェル。つまり、私はあなたの伯父ということになりますね。もちろんガラムとも、です。昔、私は戦いで瀕死になり、イチかバチかで親族のガラムの血を取り込んだ。もし適合しなければ死んでいたでしょうが……そこは運がよかった」
「え、えっと……つまり、あたしのおじいちゃんは魔族で、あたしの中にも、魔族の血が流れてるってこと?」
アリシアの声がひっくり返る。
「そういうことです」
リュートが小さく頷く。
「お兄ちゃん、知ってたの?」
アリシアがガラムを見上げる。ガラムはばつが悪そうに頭をかいた。
「ああ……。昔、魔族領に来た時、リュートと話していたら、家名が同じだって話になってな。調べてみたら、祖父の名も一致して……親戚だと分かったんだ。でも、お前には……なかなか言い出せなかった」
「まぁ、そりゃそうだよな」
ユキチが肩をすくめる。
「おいそれと魔族の血筋ですなんて言える話じゃない。しかも口下手のガラムじゃ、余計にこじれてたかもしれないしな」
その場の空気が一瞬和む――が、リュートの次の言葉で、再び重くなる。
「……そして、先ほどシド――いや、シシドの書斎を調べました。ヤコブの失踪も、その後の混乱も、すべてはシシドの企みだった。悔しいですが、私たちは皆、あいつの掌の上で踊らされていたのです」
「そこにつながってくるのか……」
ユキチが低くつぶやく。先ほどまで笑いに満ちていた宴の空気が、一転して静まり返る。皿の上の料理が、話の流れに取り残されたように湯気を立てていた。




