第102話 晩餐会
別れはいつも突然に。
だが、後悔はする暇はない。
我々は苦難を乗り越えて歩き続ける。
──ギル福音書 最終章「救済の章」より
「いやー、まさか魔王城でご飯を食べる日が来るなんてね!」
アリシアがにっこにこ顔でルメールを抱いて廊下を歩く。後ろにはユキチ、ギル、ルイス、ガラム、そしてラムネ。案内役は、ついさっきまで敵だったはずのリュートだ。
「何を言っているんですか。どうせ、あわよくば披露宴の料理を食べようととか考えていたんじゃないですか?」
「え、バレてた?」
アリシアに、リュートがさらりとツッコむ。もっとも、アリシアたちも油断しているわけではない。リュートの体内には、いざというときに魔力の流れを阻害するための保険として、ラムネの分体が残っている。だが当のリュートはそれを嫌がるどころか、むしろ嬉しそうにしているのだから不思議な話だ。どうやら拘束中に、ラムネへの敬意と好意が芽生えたらしい。
「なんだかなぁ……」
ユキチは苦笑しながら、幸せそうなリュートの背中を見つめる。あれだけ執着していたガラムとの結婚式は破談になったのに、本人はどこ吹く風。
「まぁ、殺し合いを続けるよりはマシだろ」
ユキチの気持ちを察したギルが、ユキチの肩を軽く叩く。
「そうだな。……ところでガラム、調子はどうだ?」
ユキチが後ろを振り返ると、ルイスと手をつないだガラムが微笑んでいた。
「ああ。おかげで悪くない。──迷惑をかけたな。アルカナ宮殿から戻ってきたところまでは覚えているんだが……。その後の記憶が、どうもあいまいでな」
ガラムは少し申し訳なさそうに頭を振った。
「あのシシドってじじいの仕業だろ。何者なんだ、あいつ?」
ユキチがぼそっとつぶやく。
「正直、私も彼のことはよく知らないのです」
リュートが振り返りながら答える。
「ここではシドと名乗っていたんですが……歴代魔王に仕える影の存在として、私が生まれるずっと前からこの城にいました。だけども、その正体を知る者は、私も含め誰一人としていません」
「なんだそれ……。モヤモヤするぜ」
ユキチが腕を組みながら眉をひそめる。リュートは肩をすくめ、少し皮肉っぽく笑った。
「どこの誰だろうが、落とし前はきっちりつけさせてもらいますよ。あなたたちも――そうお考えですよね?」
イタズラっぽい目でユキチを見るリュート。
「まぁな」
ユキチが小さく息を吐く。
「落とし前ってほどじゃねぇけど、あいつが世界を壊すつもりなら、振ってくる火の粉は払うしかねぇよな」
そんな会話をしているうちに、一行は広い食堂へとたどり着く。大理石の床に反射するシャンデリアの光。きらびやかなテーブルには、湯気を立てる料理がずらりと並んでいた。肉、魚、スープ、焼きたてのパン。廊下まで漂う芳醇な香りに、アリシアの腹がぐうと鳴る。
「あぁ……すきっ腹にこの匂いは暴力的すぎる……」
アリシアはテーブルを見つめながら、目をうるませる。
「さ、こちらへどうぞ」
リュートが案内した先には――
「リリア!」
アリシアが声を上げた。食堂の奥の席で、穏やかな笑みを浮かべる、ロングドレスのリリアが待っていた。
「もう体調は大丈夫なの?」
アリシアが駆け寄る。
「? あぁ、大丈夫! うちではよくあることだから」
リリアはあっけらかんという。確かに、手首や肩に拘束具の跡は残ってない。
「よくあるって……それ、どんな家庭よ」
アリシアは思わず頭を抱えた。けれど、リリアはまるで気にも留めず、ぱっと顔を輝かせる。
「それにしてもアリシア! 兄さんどころか、リュートもガイラムも倒しちゃうなんて、あなた本当にすごいわね!」
「あはは、いやいや。どっちも倒したのはそこのユキチだけどね」
「え、このゴブリンが?」
リリアがまじまじとユキチを見つめる。ユキチは肩をすくめて右手を差し出す。
「あぁ、ユキチだ。よろしく」
「よ、よろしく……」
リリアはぎこちなく握手を返す。まさかゴブリンがあの二人を倒すなんて――信じられない。
「そういえば、リリア。あなたのお兄さん、バーキッシュはどうしたの?」
アリシアの問いに、リリアはテーブルの奥を指さす。
「ああ? あのバカ兄なら――そこよ」
指さす先を見た瞬間、一同の動きが止まった。
「待っていたぞ、聖女よ! さぁ、わたしに座るがいい!」
そこにいたのは、黒い拘束ベルトで四つん這いに固定された全裸のバーキッシュだった。胸には、例の鈴が2個、誇らしげにチリリンと揺れている。
「……おいおい、なんでそうなるんだよ」
「よくあることって、まさか……そういうこと?」
ユキチとアリシアが同時に顔を引きつらせる。その脇で「またか」という顔で頭を抱えるリュート。
「みなさん……これが魔族の普通だと思わないでくださいね」
震える声のリュート。
「さぁ! 早く! 私の背中に!」
そんなリュートは無視して、アリシアの着席を急がせるバーキッシュ。なぜか呼吸が少し荒い。
「椅子が偉そうにするな!」
ぱぁん!
リリアの平手打ちがバーキッシュの尻にきれいに入る。つられて、胸にぶら下がる鈴がチリンと哀れに鳴る。
「……くぅっ!」
羞恥に顔を赤らめるバーキッシュ。
(誰得のサービスシーンなんだよ)
ユキチは心の中でぼやく。
「そ、それより! 服を着てください!」
アリシアが顔を真っ赤にして背を向ける。今の角度ではギリギリセーフだが、きっとリリアの位置からは――アウトだ。いろいろと。
「い――いやしかし!」
バーキッシュは姿勢を崩さず、四つん這いのままキリっとした表情で語る。
「勝負に敗れ、あなたの椅子になると約束した身! 魔族の貴族として、約束をたがえることはできぬ!」
「そんな条件、あんたが勝手に付け加えただけでしょ!」
アリシアが思わず振り返ってツッコむ。
「こっちはリリアが解放されればそれでよかったの! それに、そんな気持ち悪い椅子、座りたくないわよ!」
「き、気持ち悪い……だと……」
その一言がバーキッシュにグサッと刺さる。
「……そうか。そうなのですか……」
ショックを受けた彼は、がくりとうなだれる。再び、胸元の鈴がチリンと寂しげに鳴る。バーキッシュはどこか物悲しい表情でリリアに拘束を解いてもらい、服を取りに自室へととぼとぼ戻っていった。
その一瞬、油断したアリシアの視界に、見てはいけない何かが映る。
「……うん。見なかったことにしよう」
アリシアは全力で現実から目をそらした。
「こ、こほん!」
アリシアがわざとらしく咳払いをして場を仕切る。
「とんだサプライズだったけど……仲直りの記念に、まずはお食事にしましょ!」
「いい提案ね!」
リリアも笑顔でうなずき、アリシアはその隣の席に腰を下ろした。
「それじゃ――いただきまーす!」
アリシアが嬉しそうに、目の前のから揚げへフォークを突き刺す。カリッという音とともに、香ばしい匂いが立ち上る。彼女が口をあけて、まさに食べようとした――その瞬間。ユキチの視界に赤い警告マークが浮かんだ。
(……おいおい、まさか――毒?)
「みんな、食べるのちょっと待て!!」
「えっ?」
フォークを口の前で止められ、不満げに頬をふくらませるアリシア。しかし、ユキチは真剣な顔で続けた。
「今、俺の目に警告が出てる。この食事、危険だって……」
「危険? でも、みんな普通に食べてるじゃない」
アリシアが周りを見渡すと、他のテーブルの魔族たちは幸せそうに食事を頬張っている。 誰一人として、体調を崩している様子はない。
「おいしいねー」
別の席から魔族の子どもの声が聞こえる。それを見て、ユキチは眉をひそめた。
「……わからねぇ。毒って感じでもない。けど、危険の表示が消えねぇ」
「こんなおいしそうなのに、食べられないの?」
アリシアはから揚げを見つめながら、今にも泣きそうな顔をする。
「おれにも原因がわからないんだ」
ユキチが頭をかく。
「あっ、もしかして!」
リリアがハッと声を上げた。
「この大地は魔素が濃いんです。だから、ここで採れる食材には全部魔素が染みこんでるんですよ。慣れてない人が食べると、魔素をうまく消化できずに――お腹壊しちゃうって聞いたことがあります」
「そういえば、ガラムもここに来たばっかの頃も、よくお腹壊してたな」
リュートがいたずらっぽく思い出話をする。
「そういうことか! 長い船旅で変なもの食べたせいだと思ってたけど、あれは魔素のせいだったってわけか! アリシア、安心しろ。 最初はしんどいかもしれないけど、しばらくすりゃ慣れるさ」
ガラムが苦笑する。
「おいおいおい。魔核を持ってるお前と、みんなを一緒にするなよ。たぶん、普通の人間がこれ食べてたら――下手したら命に関わるぞ。特に魔力の少ないルイスとかな」
ユキチがルイスを見る。
「えぇっ!?」
ルイスががっくしと肩を落とす。落胆するルイスを、アリシアあわててなぐさめる。
「ふーむ……魔素が染み込んだ食事、か」
ギルがテーブルの料理を観察する。
「この程度の濃度なら、神聖魔法でなんとかなるんじゃないかな。――ほら、アリシア。聖水のあれだよ」
「……そうか!」
アリシアの顔がぱっと明るくなる。懐のポーチから取り出した小瓶を掲げ、軽く息を吸い込む。
「神よ──みんなのからあげに、聖水をかけることを許したまえ!」
シュパァァァァッ……!
光のしずくがからあげの上でキラキラと弾ける。まるで祝福の花火のようだ。その瞬間、ユキチの視界に浮かんでいた警告マークがスッと消えた。
「……うん。大丈夫そうだ」
ユキチが頷く。
「よかったぁ!」
アリシアが胸をなでおろすと、再びフォークを構える。
「それじゃあ――改めて!」
「いただきまーす!!」
皆の声が重なる。
――カリッ。
からあげの衣が軽やかに砕け、聖水のさわやかな香りが、ほのかに口から鼻に抜けていく。遅れてジューシーな鶏肉の旨みが口いっぱいに広がる。ルイスはいまだに不安な顔をしているが、一口食べると、その後は手が止まらなくなっていた。




