第101話 サイトー
「何から話そうかな……ユキチは、もうソーマプロジェクトのことは知っているんだよな」
腕輪から、懐かしいサイトーの声が響く。
「ああ。もうメンバーの一員だ。アルドラとハセガワから、プロジェクトについてある程度のことは聞いた。それに……俺が管理者権限を持っているってこともな」
「巻き込んで悪かったな」
サイトーは、少し苦笑するような声で続けた。
「俺のちょっとした好奇心がきっかけだったんだ。……覚えてるか? テイムしたばかりのころのお前は、“ウゴウゴ”しか言わないゴブリンでさ。かろうじて身振り手振りで意思を伝えるのがやっとだった」
ユキチは黙って耳を傾ける。もちろん――覚えているわけがない。
「そんなゴブリンが、俺の話し相手になってくれないかな、と思ったのが始まりなんだ。おまえのレベリングをしながら、並行して基本人格をプログラムした。そして……昔開発した首輪を通して、きみの――そう、“魂”を作ったんだ」
一瞬、サイトーの声が途切れた。やってしまったことへの後悔が、わずかに滲む。
「それからの旅は楽しかったよ。一緒に話して、笑って、いろんな世界を回った。そうこうしているうちに……お前とずっと一緒にいたいと思うようになったんだ」
「まさか――」
ユキチにはだんだんサイトーが何を言おうとしているか見えてきた。
「そう。そのまさか」
サイトーの声が少しだけ震える。
「ゴブリンの寿命は短い。だから、お前を俺たちと同じ存在にしようとした。なんて言えばいいかな……そう、存在のレベルを引き上げたんだ」
腕輪越しに話を聞いていたアリシアたちも、その言葉に息をのむ。ガラムの治療を続けながらも、耳は自然と会話に引き寄せられていた。
「ユキチ。きみは管理者権限を持っているって言ったけど、俺にとって大事なのはそこじゃない。――きみは、おれたちと同じ、永遠に生きられる存在なんだよ」
一瞬、空気が止まる。ガラムを癒す回復魔法の光だけが、静かに広間を照らしていた。
「……ま、そんなことを一介の魔物にするなんて前代未聞でさ。他のメンバーには散々怒られたさ。それで、俺は――こんな状態になっちゃったわけさ」
腕輪の向こうで、小さなため息が聞こえた。声だけでも分かる。サイトーの、あのやれやれという仕草。
「ま、今度はシシドがやらかしてるぞー、っていうんでね。きみの保護者として急遽、強制退会が一時解除されたんだ。今、こうして話せるのも、そのおかげさ」
ユキチは黙って腕輪を見つめる。しばらくの沈黙のあと、ぽつりと口を開いた。
「……話してくれてありがとう。おれに、そしてサイトーに何が起こったのか、やっとわかった気がする。でも――おれは、永遠の命よりも、サイトーと一緒に旅がしたかったな」
「……そうだよな。ごめん。相談もせずに、勝手なことをした」
静かな時間が流れる。やがてユキチが小さく笑う。
「でもな。そんなおれにも仲間ができたんだ。食いしん坊のシスターに、サイトーもよく知ってるスライム。メカニックが大好きな神父に、しっかりしてそうで抜けてる竜戦士――」
「キュイ!」
「そうそう、小さいのに頼りがいのある子竜もな。……ああ、なんだか怒涛の日々だったよ」
ユキチは遠い目をする。
「楽しかったかい?」
サイトーの声が、いつになく柔らかく響いた。
「うん。とっても」
ユキチの満面の笑みが、自然と浮かぶ。
「よかった。……君がつらい思いをしていないか、それだけが心配だったんだ。アリシア君、それにみんな。ユキチと仲間になってくれてありがとう。そしてアルドラ――手助けしてくれて、感謝してる」
「お気になさらず。いつものことです」
アルドラが穏やかに応じる。その声には、旧友に接する優しさがあった。
「いつものことって……サイトー、おまえ、いつもこんな無茶してるのか?」
「そんなわけないだろ。俺はいつだって品行方正だよ」
「どうだか」
ユキチが鼻で笑うと、腕輪の向こうでサイトーが苦笑する気配が伝わってきた。少しだけ和やかな空気が広間に戻る。
そのとき、アリシアが声をかけてきた。
「歓談中ごめんなさいね。こっちは無事、なんとかなったわ。あとはお兄ちゃんの体力次第ってとこだけど……ま、きっと大丈夫でしょ。念のためラムネの分体をお兄ちゃんの体内に残して、弱った部分をサポートさせておくつもりよ」
「よかった……ありがとう、アリシア、ラムネ!」
ルイスが震える手でアリシアの手を握る。アリシアは照れくさそうに笑って、ルイスの手を軽く握り返した。
「よし。じゃあ、ひと段落ついたところで――これからの話をしようか」
サイトーの声が響く。その言葉に、一同の顔に緊張が走る。
――が。
「その前にっ!」
アリシアが勢いよく声を張り上げた。
「……食事かな?」
ユキチがぼそりとつぶやく。先に言い当てられて、アリシアは口をパクパクさせるが――結局、言った。
「ご飯にしましょう! お腹がすいちゃった!」
「やっぱりな」
ユキチが苦笑し、ギルも肩をすくめる。重かった空気がふっと軽くなり、広間に小さな笑い声が広がった。
魔族とのしがらみは全て解決した。
そしてユキチもついにサイトーとのコンタクトに成功した。
残るは、全ての黒幕であったシシドを阻止するのみ。
果たして、神にも等しい管理者に立ち向かう術はあるのか?
きみは、新たな神の誕生を目撃する――
次章、最終章『ビューティフルワールド』
お楽しみに!




