第100話 決着
「なぁ、これもサイトーが仕込んだことなんだろ?」
ユキチが冷ややかに問いかける。
「自分でやったようなもんなのに、なんでそんな嬉しそうなんだよ」
「ユキチ、そんな恰好になったのに、まだわかってないのか。まだまだだな」
腕輪の向こうに、サイトーのにやけ顔が浮かぶ。
「いいか? 俺がやったのは下ごしらえだ。実際にそれを料理してくれる人がいなきゃ、どんなに良い材料を用意しても意味がない。それに加えて、その料理を食べたお客さんが喜んでくれたら、もう文句のつけようがないな」
「そういうもの、なのか……?」
ユキチは分かったような、分からないような顔でうなずく。今の料理人はルイスだとして、お客さんはいったい誰なんだろう。考えるほど、さっぱりわからない。
一方、その料理人と呼ばれた本人は、今まさに魔王ガイラムと全力で向き合っていた。ルイスは、ユキチから託された盾を両手で握りしめ、息を荒げながらも叫ぶ。
「まぁけぇるかーーーッ!!」
その瞬間、盾がまばゆく輝き、盾の表面に竜の顔の模様が浮かび上がる。
「いいぞ、ルイス君! 叫びたまえ――ガーディアン・ブレス! と!」
サイトーがノリノリでルイスを応援する。
「ガーディアン・ブレス―――ッ!!」
ルイスの咆哮とともに、盾の輝きが表面の竜の顔の口部分に収束し、ガイラムへと放たれた。その炎は、先ほどの白竜戦で見たものと遜色のない威力。飛来する魔力の刃を焼き払い、ガイラムの周りを飛び交う黒い魔力の球すらも呑み込みながら突き進む。
「うぬ……?」
ガイラムが一瞬ひるむ。その隙を、アリシアは逃さなかった。
「――ラ・ルース・レウニール!」
一筋の光が奔る。ユキチが改良したアリシアビームの強化版――収束した光線が一直線に伸び、ガイラムの翼を切り裂いた。
「ぐあっ!」
バランスを崩したガイラムが床に叩きつけられる。
「ナイス、ルイス! アリシア!」
ユキチが叫び、続けざまに聖剣アークライザーを構える。
「ガイラム、今度こそ食らえ!――パラレルシフト!」
閃光が走る。異なる世界の可能性の攻撃が、ガイラムの体を斬り裂く。血飛沫が飛び散り、魔王が膝をついた。
「おのれ……こしゃくな……!」
「いいぞユキチ!――いや、勇者ヴァリディオン! 今の隙に魔核を破壊するんだ!」
サイトーが声を張り上げる。言い換えるくらいなら、最初から「ユキチ」でいいじゃないか――そう思いつつも、ユキチはガイラムを睨む。
「わかってる! ……けど、だめだ、魔素が濃すぎて核の位置が見えねぇ!」
ユキチの目に映るガイラムの身体は、魔素の奔流によって真っ黒に塗りつぶされている。中心も輪郭も判別できない。
「魔素の流れを読むなら――任せておけ!」
ギルが低く構え、地を蹴った。ガイラムの懐へ飛び込み、拳を叩き込む。その反応から、魔力の中心を読み取っていく。
「……この辺か」
「人間、調子に乗るなよ!」
ガイラムが怒りに任せ、黒い魔力を凝縮させて剣を生成し反撃を試みる。だが、ギルは臆することなく、それを素手で殴り砕いた。
「な、なんだと――!?」
焦ったガイラムは、次々と目の前に魔力でできた武器や盾を生み出す。だが、それらはことごとくギルの拳で粉砕されていく。
「ば、ばかな……人間風情が……なぜ我が魔力に勝てる……!」
慌てるガイラムに、ギルは笑みを浮かべて答える。
「分からないのかい? ――チームワークだよ」
実際、ここまでガイラムを圧倒できているのはギルひとりの力によるものではない。ユキチの一撃、ルメールの加護によるルイスの炎、アリシアの閃光、そして――戦闘開始時にユキチがかすらせたナイフの一撃で、ガイラムの体内に潜り込んでいたラムネの“種”が、密かにガイラムの魔力を吸い上げていた。それらすべてが噛み合い、今の優位を作り出しているのだった。
「見えた! ここだ、ユキチ!」
ギルが叫ぶと同時に、その抜き手がガイラムの腹部へ鎧ごと貫いて刺さる。
「くそが!」
ガイラムの裏拳が、抜き手を刺したままで身動きが取れないギルの顔にクリーンヒットする。吹き飛ぶギル。だが、ギルが残した傷跡は深く、魔核の位置が丸見えだ。
「任された!」
ユキチは聖剣アークライザーを片手で構え直し、刃に光を集中させる。
「ガイラム、これで終わりだ――! ガラムを返せッ、クソ魔王ッ!!」
その叫びに、ガイラムが悲壮な顔を向ける。時間停止をしても、ユキチの攻撃は止まらない。ユキチの剣に宿るエネルギーゲージは限界を超えていた。
「くらえぇぇぇッ――! アークスラッシュ! バーストォォォ!!」
「おお!? なんだそれ!? 新技!? 聞いてないぞ!!」
サイトーが大興奮で叫ぶ中、放たれた閃光がガイラムの体を貫く。
パキン――。
澄んだ破砕音。その小さな音が、魔核の崩壊を告げた。
「ぐぅぅぅぅ! こんなことで……終われるかぁぁぁ!!」
絶叫とともに、黒い魔力の塊が渦を巻き、砕けた魔核を修復しようとガイラムの体に集まっていく。
「させるか!」
「させない!」
「お兄ちゃんを返せぇぇぇ!!」
ユキチ、ルイス、アリシア――三人の声が重なる。それぞれの想いが、一筋の光となって交わった。ユキチの聖剣が輝きを増し、ルイスの盾から放たれた炎が竜の咆哮のように燃え上がり、アリシアの光がガイラムの闇を照らす。
「ぐおおおおおおおおお!!」
光が闇を呑み込む。ガイラムのまわりで渦巻いていた黒い魔力が、次第に薄れ、溶け、そして――消えていった。
――どさっ。
ユキチの剣に貫かれたまま、ガラムが床に倒れる。頭の角は砕け落ち、皮膚の色も人間のものへと戻っている。
「やべぇ……やりすぎたか?」
ユキチはガラムに近づき、慌てて剣を抜こうとする。いつの間にかユキチの装備も、金ピカの勇者姿から元の旅装へと戻っていた。
「ちょっと待って! 今剣を抜いたら傷口が広がっちゃうわ!」
アリシアが飛び出してユキチを止める。
「でも、このままってわけにもいかねぇだろ!」
ユキチはガラムの腹に突き刺さった剣を見つめ、顔を真っ青にする。傍から見ると、もう手遅れの状態だ。
「大丈夫。剣を抜くときに、あたしが外から、ラムネが中から回復魔法をかければ……なんとかなると思う。いけるよね、ラムネ!」
ぴくっ――ガラムの右手が微かに動いた。ラムネ、本当に寄生してるのね。アリシアはラムネの能力を目の当たりにして関心する。
「タイミング合わせていくわよ!」
「いや、ちょっと待て。この剣、多分俺の力で……別の空間に収納できるはずだ。さっきまでの鎧とかも勝手に消えたし、無理に抜くよりガラムにとって刺激が少ないと思う」
「オッケー。それじゃ、それでお願い!――いっせーの――」
「……で行くわよ!」アリシアそう続けようとした瞬間、ガラムに刺さっていた剣が音もなく消えた。
「えっ!?」
ガラムのお腹の傷口から血が勢いよく噴き出す。
「あ、あのさ、その、今のフェイントはないだろ!」
「違う違う! 掛け声を確認しただけなの!」
大量の出血を見て動揺するユキチと言い訳を始めるアリシア。
「言い訳はあと! 回復魔法っ!」
ギルが声を張り上げる。
「はいっ! ラムネもお願い!」
「おれも手伝う!」
ギルも加わり、三人で一斉に回復魔法を唱える。光が幾重にも重なり、ガラムの腹の傷が回復していく。だが――失われた血の量はあまりにも多かった。傷は塞がっても、ガラムの顔色はどんどん土気色に変わっていく。
「アリシア! このままじゃガラムが死んでしまう! あたしの血を分けてもいい! 何とかならないか!?」
そんなガラムを見て、アリシアに必死に懇願するルイス。その言葉に、アリシアは一瞬ためらい、視線を落とした。
「そう言われても……」
アリシアの声は震えている。回復魔法で止血はできても、失われた血までは戻せない。そのとき――
「私の……血を使ってください」
広間の奥から、弱々しい声が響いた。振り向くと、ラムネにまとわりつかれながらも、リュートが壁を支えに立ち上がっていた。
「リュート……」
「この戦いは、私たちの負けです。これ以上、争うつもりはありません。それよりも――早く、ガラムを……」
リュートは足を引きずりながら一歩ずつ近づいてくる。その瞳には、確かに敵意のかけらもない。
「ルイスも、リュートも……ありがとう。でもね、血液って簡単に分け与えられるものじゃないの」
アリシアは二人の想いを正面から受け止めながらも、静かに首を振る。
「相性が悪いと、体の中で反発して――逆に命を縮めてしまうこともあるの。肉親のあたしの血でさえ、うまくいく確率は……良くて半々。ドラゴニュートや魔族の血が人間の体に合うなんて、もっと無理があるわ」
現実を突きつけるようなその声に、ルイスは言葉を失った。広間には、ガラムの浅い呼吸音だけが響いていた。
「それは知っている。――でも、私の血液なら、おそらく大丈夫だ」
静かな声でリュートが言う。
「なぜなら――私は昔、死にかけたときに、ガラムの血で救われたから。私の中には、すでに彼の血が混ざっている。だから、これをガラムに戻したところで、問題はないはず」
リュートも息絶え絶えの状態で、事情を説明する。
「そ……それなら……!」
アリシアの目に希望の光が宿る。――どうしてそんなことになったのか。――どんな経緯でそんな判断をしたのか。アリシアの頭にはいくつも疑問が浮かぶ。だが、今はそれを追及している暇はない。
「……分かった。あなたの提案を受け入れるわ」
アリシアは潔く頷いた。
「ちょうどあなたにも、お兄ちゃん――ガラムにもラムネが体内に入り込んでいるわ。ラムネを媒介にすれば、スムーズに血を運べるはず。……ラムネ、いける?」
ぴくっ。リュートとガラムの右手が、同時にわずかに動いた。アリシアがリュートをガラムの横に寝かせて、血液の橋渡しの準備をしている中、ユキチは少し離れた場所で腕輪を見下ろす。
「じゃあ、その間に……こっちも話をつけるか。な、サイトー」
「そう来ると思ったよ」
腕輪からサイトーの軽い声が響く。
「シシドのことは気になるが……ま、少しなら大丈夫だろ」
ついに、サイトーと話せる。ユキチの胸には、言葉にできない、色々な想いが渦巻いていた。




