第99話 ルイスと竜の加護
「よし、準備はできたか?」
「おう!」
サイトーの問いに、ユキチ――いや、勇者ヴァリディオンは金ぴかの剣を高く掲げて応える。ユキチは長剣はあまり得意ではない。だが、この剣は不思議と軽く、手にしっくりなじむ。
「お、その剣、気に入ったかい?」
腕輪越しに、うれしそうなサイトーの声が響く。
「それは聖剣アークライザー。勇者専用のアーティファクトだ。まずは敵を攻撃して必殺技ゲージを溜めるんだ!」
突然謎の指示。
「……は? ゲージ? なんだよそれ」
「いいから攻撃する!」
「はいはい……」
ざしゅっ。
ユキチは、広間の中央でいまだに静かに佇んでいる魔力の渦を、おもむろに斬る。 手ごたえは薄く、効いているのかどうかも分からない。渦は反撃も反応もせず、ただそこにあるだけだった。
「なぁ、おれの攻撃、効いてなさそうだけど……」
「大丈夫。そのまま続けて!」
サイトーの指図のまま攻撃を続けると、聖剣アークライザーが淡く光を放ち始めた。
「今だ! その状態で叫ぶんだ――アークスラッシュ! と――」
「……え、やだよ。恥ずかしい」
もはやこれは子供のごっこ遊びじゃないか。
「ここまで来たら恥ずかしいもないだろ!」
「……分かったよ!」
「アークスラッシュッ!!」
アークライザーの眩い光が奔流となって走り、魔力の渦を一刀両断した。しかも、魔力消費の感覚は一切ない。
「おお……これは、確かにすげぇ!」
光の余韻の中で、ユキチは思わず感動の声を漏らした。だが、当然のことながら、終わった気になるのは早かった。断ち切られた魔力の渦の奥――そこから、黒い影がゆらりと姿を現す。渦の中心で力を蓄えていた魔王ガイラムだ。
そこにはガラムの面影は、もはやどこにもない。肌は漆黒に染まり、頭にはねじれた角。背にはコウモリの翼が生えていた。
「え……おにい……ちゃん?」
アリシアの声が震える。
「はははははっ! 爽快だ! 実に爽快だ! 力がみなぎってくるぞぉ!」
静寂から一転、豪快に笑い声をあげるガイラム。その狂気の笑い声を前に、アリシアは言葉を失った。
「くそっ、ずいぶんおとなしいと思ってたが……そういうことかよ!」
ユキチ――いや、勇者ヴァリディオンはすぐさま構えを取り直し、剣を振り上げる。その刹那、ガイラムがにやりと笑う。
「――よーい、どん」
ジッ――
ユキチの視界が一瞬で切り替わった。いつの間にか天井を見ている。全身焼けるような痛み、そして激しい衝撃。気づけば、床に叩きつけられていた。
「……っ、首輪が……守ってくれたのか……?」
どうやら、ガイラムに首を落とされかけた瞬間、サイトー製の魔法の首輪が何かしらの力で守ってくれたらしい。
「そうだよな……おまえは、時間も止めるんだよな……」
息を荒げながら、ユキチが皮肉をこぼす。
ガイラムは楽しげに微笑んだ。
「今度は――よーいどん、聞こえたかい?」
「……あぁ、おかげさまでな」
ユキチは軽口を返しつつ、自身にフォーカスシフトをかける。そして、再び聖剣アークライザーを握りしめ、魔王へと斬りかかった。
――パラレルシフト。
ユキチの姿がいくつもに分かれる。無数の世界線から導き出された有効打が、ガイラムへと襲いかかる。
しかし――
「フッ」
ガイラムは黒い翼をはためかせ、空中へ舞い上がる。無数の斬撃は空を切るのみで、次々と消えていった。
「流石に……ここまでは届かんようだな」
宙に浮かぶガイラムの口元に、勝者の笑みが浮かぶ。次の瞬間、彼の周囲にいくつもの光球が現れた。テニスボールほどの大きさの、禍々しい魔力の塊。
「そのまま床にはいつくばって――死ぬがいい!」
光球が鋭い刃に変化し、一斉にユキチへと殺到する。
「させないっ!」
いつの間にか意識を取り戻していたルイスが、ユキチの前に飛び出した。激戦をくぐり抜けてきた大盾を構え、雄叫びを上げる。
「守備強化ッ!」
今日何度目になるかも分からない、防御スキル。しかし今回は、ルイスよりも先に盾の方が限界を迎えようとしていた。ガイラムの魔力の刃が次々とルイスの盾に突き刺さり、亀裂が走る。
「くっ……ここまで、か……っ!」
ついにルイス愛用の大盾が砕け散り、破片が宙を舞う。盾では勢いを防ぎきれなかったいくつかの魔力の刃が、ルイスの身体に突き刺さる。
「ルイス!! これを使えっ!」
ユキチは背中に背負っていた金色の盾をルイスに投げ渡した。
「うっ……重っ!? なにこれ、腕が折れそう……っ!」
ルイスはその盾を無事キャッチするが、その重さに思わずよろめく。
「ルイス君、それは勇者専用武具だから、君じゃ扱えない! ユキチに任せるんだ!」
腕輪越しにサイトーの声が響く。
「ええい! なめるなよ!」
ルイスが叫ぶ。
「わたしだってな――いつまでもこのパーティーの足手まといではいられないんだ! ラグライドの竜戦士の力、みせてやるっ!」
サイトーの冷静な助言が、逆にルイスの闘志に火をつけた。この旅で、彼女は痛感していた。自分にはユキチのような速さも、ギルのような格闘センスも、アリシアのような魔力もない。
――それでも。
「大事な人を救うのに、見ているだけなんて……できるわけがないっ!」
その瞳に宿るのは、戦士の決意。黄金の盾を持ち上げようとする姿を見て、ユキチが息を呑む。
「ユキチ! 守りはわたしに任せて! おまえは――ガラムを頼む! あたしじゃ……あいつは止められない!」
震える声で叫びながら、涙をこらえるルイス。その言葉に、ユキチは小さくうなずいた。
「オッケー……頼んだぜ、ルイス」
「キュイィ!」
その時、アリシアの胸元で、ルメールが鳴いた。ルメールの鳴き声と同時に、ルイスの身体が淡い金色の光に包まれる。
「これは――? 竜の加護……?」
アリシアが息をのむ。
「おああああああーーッ!!」
ルイスが雄叫びを上げると、金ぴかの盾が持ち上がる。さきほどまで重くて持ち上げられなかったその盾が、まるでルイスの思いに応えるように、ルイスの手に収まっていく。
「熱いね!こういうご都合主義。嫌いじゃないよ。というか大好きだ!」
サイトーの楽しそうな声が、腕輪から響いてきた。




