第98話 黄金勇者ヴァリディオン
「おまえ……本当にサイトーなのか?」
ユキチの声には、動揺がにじんでいた。
「あぁ、久しぶりだなユキチ」
腕輪から響く男の声は確かに、あの懐かしいサイトーのものだ。
「だが、思い出話はあとだ。今の状況はアルドラからだいたい聞いている。まずはシシドの仕掛けた呪いを解かないとな。……そこのガラム君、だったか? 彼はすでに魔王になっている。そして、魔王は意識がなくてもその役割を果たそうとする」
「そんな……!」
アリシアが青ざめる。
「シャルルが残した例の本の呪文を使ったんだろう。魂の命令を解除したとしても、一度魔王となった存在は――倒すしか救う手立てはない」
淡々と告げるサイトーの声が、アリシアたちの心に刺さる。
「そして、いつの世も魔王を倒すのは“勇者”と相場が決まっている。本来なら勇者召喚の儀を経て、勇者が誕生するところから物語は始まるんだが……今回はそんな悠長なことを言っていられない。だから――ユキチ。おまえが勇者になれ」
「え……は? おれが?」
「あぁ。おまえの首輪に、勇者になれるフラグを仕込んでおいた」
「フラグって……なんだ」
「気にするな。とにかく、今の状況を打破できるのはおまえだけだ」
サイトーの声は、とても頼りがいのあるものだった。拒否する理由がどこにもない。
「くそっ。突然また現れたと思ったら、わけわかんねぇこと言いやがって。後でちゃんと説明しろよ。――で、どうしたらいいんだよ!」
「そうこなくちゃな。これから言う言葉をそのまま繰り返せ」
サイトーの声が楽しそうに弾む。
「我、光と闇の狭間より生まれし者。
月の導きに従い、ここに血と肉を捧げる。
偽りの運命を書き換え、世界を約束の地へ導かん」
「……はぁ!?」
ユキチは眉をひそめつつも、しぶしぶ呪文を唱え始めた。その姿をアリシアが腕を組んで見つめている。アリシアは、「どうだ、あたしの恥ずかしさが分かったか」って顔をしている。
「今、聖なる猟犬を檻より解き放て――」
ユキチは息を吸い込み、叫ぶ。
「――ユウシャ・Show・カーン!!!」
右手を高々と掲げ、顔を真っ赤にして決めポーズ。
その瞬間、まばゆい白光がユキチを包み込んだ。
「な、なにこれ……!」
アリシアが思わず目を細める。一同は、ユキチの変身を固唾をのんで見守った。
光の中で、ユキチのボロ装備が次々と金ピカに置き換わっていく。鎧、兜、靴、小手、剣――どれも目が痛くなるほど眩しい。左手がないため、盾はなぜか背中に自動装着された。
「ねぇ、ギル。あたしたち……いったい何を見せられてるのかしら?」
「さぁな。とりあえずユキチが勇者になるらしいってことだけは分かった。……にしても長ぇ着替えだな。戦闘中じゃなくて助かったぜ」
アリシアが苦笑し、ギルが肩をすくめる。確かに、ガラムは黒い魔力の渦に収まったまま、動こうとしていない。視線をユキチに戻すと、ちょうど光が収まり、そこに立っていたのは――全身を金色でギラギラと輝かせた成金趣味のゴブリンだった。
「……重くないのかしら、あれ」
アリシアがぼそっとつぶやく。その瞬間、どこからともなく豪快なナレーションが響いた。
「完成! 黄金勇者ヴァリディオン!!!」
ユキチの背景で爆発が起こり、風が吹き抜ける。ユキチは呆然と立ち尽くした。
「ぶふーっ!!」
アリシアとギルが同時に吹き出した。
金ピカの鎧を着込み、爆発の煙がまだ立ちこめる中、ユキチはもうどうにでもなれといった顔で仁王立ちしていた。右手にギラギラの剣を掲げ、金色に光りながらぼそっとつぶやく。
「……なぁ、サイトー。これ、ほんとにやんなきゃダメなのか?」
「すまん。俺の趣味だ!」
腕輪の向こうで、爆笑するサイトー。
「……はぁ!? やっぱりかよ!」
ユキチは肩を落とす。
「おまえも結局、シャルルと大差ねぇじゃねぇかよ。なんだよこの変な呪文と格好、それにあの爆発! 意味わかんねぇっての!」
「ユキチ。勇者はカッコいいぞ」
「いや、これはカッコいいとは言わんだろ。一部の界隈以外では……」
ユキチは額に手を当ててため息をつく。アリシアとギルは腹を抱えて笑いをこらえるのに必死だった。
「だいたいさっきの“黄金勇者ヴァリディオン!”ってなんだよ。渋いおっさんの声までついてたぞ」
「決まってるじゃないか。黄金勇者ヴァリディオン。おまえの名前だ。カッコいいだろ? これも俺が考えたんだぜ』
「やっぱりおまえの仕業かぁぁぁぁ!」
ユキチは腕輪に向かってどなる。
「はーあ、最高。ともあれ、勇者になったお前は、魔王を倒す力を持ったわけだ」
「……あぁ、そういう話だったな」
ユキチは、気を引き締めた表情に戻る。
「だけど――」
「分かってる。ガラム君を傷つけたくないんだろう。ならば、彼の体に埋め込まれた“人造魔核”を破壊するんだ。お腹に穴は開くかもしれないが、うまくやれば命は助けられる」
「人造……魔核?」
アリシアが顔を上げる。
「そう。シシドの研究成果のひとつだ。魔物が持つ魔核を人間に移植し、魔素の適合力を高める――禁忌の生体実験。申し訳ないが、アリシア君。おそらく君のお腹にも、似たようなものが埋まっていると思われる。おそらく幼少期、拒絶反応が出にくい時期に手術されたはずだ」
「それで、あたしもガラムもMPが異常に高いのね。あ、もしかしてそれが――ステータスの補足事項にあった“魔王の加護”ってやつ? まさか、直接埋め込まれてるものだとは思わなかったわ……」
アリシアが自分の腹を軽く押さえながらつぶやく。
「そして、ガラム君が魔王たり得ている理由は、その人工魔核にシャルルの魔王降臨の魔法が刻まれたことが原因じゃないかと思われる。――つまり、ガラム君の体内にある魔核を破壊すれば、彼は魔王としての存在から解放される」
「でも、魔核を壊して……人体に影響はないの?」
アリシアが心配そうに問う。
「悪いが、“ない”とは言い切れない。子どものころから長い時間をかけて体がそれに適応してきたからね。ただ、魔王になって世界を滅ぼすよりはマシかな、という話だ」
「そんなこと言われたら……何も反論できなくなっちゃうじゃない」
アリシアが唇をかむ。
「意地悪を言ったつもりはないんだけど、そういうことだ。残念ながら、残された選択肢は少ない」
サイトーの声がわずかに沈む。
「それに、勇者以外の力では魔王を倒せない。たとえ倒したとしても、魔王は復活してしまう。この世界にはそういうルールがあるんだ。だから、対処するには正攻法しかない。つまり――ユキチ。いや、勇者ヴァリディオン。きみの出番というわけだ」
「……はいはい。もう好きにしてくださーい」
ユキチ――いや、勇者ヴァリディオンは、金ピカに光る肩当てをいじりながら、なげやりな声で返した。そして、その姿のユキチを見て、アリシアとギルは顔を見合わせ、また吹き出してしまうのだった。




