第96話 白竜
一方その頃、アリシアたちはガラムと対峙していた。ガラムの傍らには、シロと呼ばれた白竜の姿がある。
「お兄ちゃん! もう魔王ごっこはやめて! 正気に戻ってよ!」
アリシアの叫びも、仮面をつけたガラムの心には届かない。
「正気……? 私はずっと正気だよ。魔族の邪魔になる人間を滅ぼし、世界に安寧をもたらす。それが私の望みだ。……わが戴冠式を待たずに死に急ぐというのなら、それもよい。シロ、相手をしてやれ」
「ダメだ、アリシア。ありゃあ重症だぞ……」
ギルがつぶやく。確かに――昨日、アルカナ宮殿で見た時よりも、ガラムの症状は明らかに悪化していた。
「ガラム! 歯ぁ食いしばれ!!」
ルイスが地を蹴り、拳を叩き込もうとする。だが――バサァッ! 白竜が翼を広げ、その攻撃を遮った。
「小さき者よ……我が主を害するというならば、その愚かさ、我が裁きをもって知るがいい」
白竜の喉の奥が光りはじめる。
「ちょ、ドラゴンブレス!? いきなり!? ルイス! 退いて!」
アリシアが白竜の動作を察知して、警告する。
「だめだ! ここで退いたら、アリシア達を守れない!」
ルイスの表情は真剣そのもの。ラムネは今、ユキチとリュートの戦場にいる。――仲間を守れるのは、今は自分だけだ。
「守備力強化!――よし、どんと来い!」
ルイスが大盾を構え、地に足を踏みしめる。
「アリシア、ギル! 私の後ろに! 援護射撃は頼んだよ!」
「分かったわ!」
アリシアはルイスの背に隠れ、ルメールを胸に抱く。ギルも隣に身を寄せ、次の動きに備えた。白竜のブレスが、あたりの空気を震わせる。
キィィィィィーーーーー!
甲高い音とともに、白竜の口から細く青白いブレスが放たれ、ルイスはそれを真正面から盾で受け止める。
「ルイス、今援護するよ!」
アリシアがラグライドの竜神から授かった竜の加護。黄金色の光が彼女の手から溢れ、ルイスの身体を包み込む。続けざまに、アリシアは呪文を唱えた。
「苦悶!阿鼻叫喚!!」
白竜はブレスを吐きながら、どこか苦しそうにもだえる。
そして――我慢しきれず、グジュン!
大きなくしゃみを放つ。その拍子にブレスの軌道が大きく逸れ、周囲の建物を無差別に破壊した。
「あちっ、あちちっ!」
ブレスが止み、ルイスはブレスの熱で真っ赤になった大盾を慌てて手放す。オリハルコンやミスリルといった伝説級の武具でもない限り、ドラゴンの一撃を受け止めるなど無謀にも程がある。そんなルイスをよそに、白竜はアリシアへと迫った。
「なんだ――いまのは。人間、何をした?」
「ふふふ、なんでしょうね。そして、まだまだ終わらないわよ!」
「壮絶!小指……」
アリシアが次の呪文を唱えようとしたその瞬間、彼女の胸の中からルメールが飛び出した。
「キュイ!」
「なんだこの子竜は。我の邪魔をするな」
ぺちっ。
白竜の前足がルメールを叩き落とす。
「あんた! 自分の子に何してるのよ!」
「子? 我の? 知らんな」
その反応を見る限り、本気で認識していないようだった。
「ふざけないでよ! ラグライドの赤竜! あなたくらいの立派な竜なら知らないはずはないでしょう!」
「ラグライドの……赤竜? ――あぁ、あの年増女か! ははっ! そうか、子供ができていたのか。 確かに、この白いウロコ――おれの子かもしれんな」
「年増女って……あんた! 彼女がどんな思いでこの子を私に託したかも知らずに……! この子はね! いつかあんたなんか足元にも及ばない、立派な竜になるんだから!」
「キュイ……!」
地面に叩きつけられたルメールが、けなげに立ち上がる。思ったよりダメージは浅いようだ。
「もう怒った! あんたみたいに家庭を顧みない父親は、あたしがお仕置きしてあげる!」
アリシアの身体から、竜の加護のエネルギーがあふれ出した。その光はまるで赤竜の怒りが乗り移ったかのように、烈しく燃え上がる。
「その加護――おまえ、何者だ!?」
「後見人って知ってる? 知らなければあとで辞書でも引きなさい!」
アリシアがにやりと笑う。
「ルメール、よく見ておきなさい。あたしが教わった竜の奥義。これがあなたのお母さん直伝の――ドラゴンブレスよ!」
アリシアの体内で、竜の加護の力を集約させる。腹の中で熱が高まるのを感じる。あたりの空気がゆらぎ、アリシアの口からは煙が出てくる。
「燃・え・ろ!」
次の瞬間、アリシアの口から放たれたのは、先ほどの白竜のブレスとは正反対の、真紅の炎。それはまさに、赤竜が吐き出すブレスそのものだった。魔力だけなく、何か体の中の大事なものが消費されていく感覚。そういえば赤竜が言っていた。"――ドラゴンブレスは、命を燃やす炎"。けれども、思い悩んでいる場合じゃない。
「ぐぅ!? なぜ人間がドラゴンブレスを――!」
白竜が咆哮をあげ、再び青白いブレスを放つ。二つの炎は空中でぶつかり合い、赤と青の光が入り混じって、激しい閃光を放つ。轟音とともに、激しい衝撃波が周囲に広がる。
「すごい……」
ルイスが思わずつぶやく。「ブレスを吐きたい」それがルイスの夢だった。が、その夢は実現しないということはルイス自身が知っていた。だが今、仲間が必死の形相で、ルイスの夢を目の前で実現している。竜と正面からぶつかり、互角に渡り合うアリシアの姿に、嫉妬心や劣等感すら感じる隙もなく、純粋な感動がルイスを支配した。
「アリシア、頑張れ!」
ルイスは無意識に叫んでいた。アリシアと白竜――体格も力も違う。それでも、アリシアの放つブレスは、白竜のブレスに全く引けを取っていない。――だが、アリシアの顔には次第に疲労の色が浮かび始めた。ブレスの勢いが弱まり、膝が震える。
(――もう、もたない)
そう思った瞬間だった。
「キュイィー!」
ルメールがアリシアの頭の上――いつもの定位置に飛び乗り、彼女と息を合わせるように口を開いた。
キィィン――!
甲高い金属音のような響きとともに、ルメールの口から白く輝くブレスが放たれる。それは父親譲りの細く鋭い炎――しかし白竜のものよりも、ずっと純白で、鋭く、まぶしかった。
白い光が一直線に白竜のブレスを貫き、そのまま白竜の巨体をも貫通する。
「……な、に?」
あまりに一瞬の出来事に、白竜は何が起きたのか理解できなかった。いつの間にか、無敵を誇った鱗にぽっかりと穴が開き、――そしてしばらくして、そこからどくどくと赤い血があふれてくる。
白竜とアリシア、ふたりのブレスが止んだのは、ほぼ同時だった。
どぉん――。
地面が揺れる。白竜が崩れ落ちると同時に、アリシアの体も糸が切れたように音もなく倒れた。
「アリシア!」
リュートとの戦闘を終えたユキチが駆け寄る。左腕は欠けたまま。激戦で破損した義手はリュートの近くに転がっている。
「ごめん。ちょっと頑張りすぎちゃった……。ルメールのことで、つい、むきになっちゃったよ」
アリシアはかすれた声で笑う。ドラゴンブレスは、確かに命を燃やしたのかもしれない。けれども後悔はなかった。ルメールと一緒に、あの白竜に一発かませたのだから。
青白い顔でぜいぜいと息をするアリシアを、皆が心配そうに見守る。
「キュイ!」
瀕死のアリシアの上に、ルメールが飛び乗った。
「おいルメール、今アリシアの魔力を吸うのは――!」
ユキチが慌てて止めようとする。空気を読まずに、いつもの食事を始めるつもりかと思ったのだ。
だが、ユキチの予想に反して、ルメールはアリシアのお腹の上にちょこんと座ると、おもむろに口を開いた。
「オロロロロロロ……」
ルメールの口から、光る液体のようなものが流れ出し、それがアリシアの体にふりかかる。
「これは……? まさか神聖魔法? いや、違うな」
ギルが魔素の流れから、状況を分析する。
「そうか……ルメールはその前に食べたアリシアの魔力を戻しているのか」
「なるほど、そういうことか。ちょっと絵面的にはどうかと思うが……もともと自分の魔力なら、吸収も早そうだな」
ユキチが苦笑しながらつぶやく。
すると、アリシアの顔に血色が戻ってきた。
「――あったかい……。ありがとう、ルメール」
(いいってことよ)
そのとき、アリシアは初めて――ルメールの“声”を、確かに聞いた気がした。




