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追放シスターと放浪ゴブリンのもぐもぐ見聞録  作者: 風上カラス
第8章 勇者爆誕

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第95話 リュート

「きみが私の相手をするのかい? じゃあ、今度は全身を食べさせてくれよ」


 リュートが歪な笑みを(おれの左手ってそんな)浮かべ舌なめずりする(においしかったのか?)


「言っておけ。それよりおまえこそ覚悟しろ。おれの左手の仇、取らせてもらうぞ」


 ユキチは告げると、左手の義手に同化したラムネに触れる。ラムネの体表を魔素がまとい、義手ごとドリルのように回転し始める。


「じゃぁ、さよなら」


 リュートはそう言い捨てると視界から消えた。ゴブリンの洞窟で初めて出会ったときには、リュートの動きなどまるで読めなかった。しかしパパラパンでの修行を経て魔素の流れがわかるようになった今のユキチには、わずかな気配から動きを予測できるようになっていた。


 リュートが放ったのは暴力的な魔力の塊。まともに受ければ体は(それはまさしく)一瞬で砕け散る(一撃必殺)。だが、引くわけにはいかない(舐められたら終わりだ)。ユキチは正面から叩き潰すべく、リュートの一撃に合わせて踏み込む。


 ラムネの全力を左腕に乗せ、ユキチは渾身の左ストレートをリュートの右手(攻撃)叩き込む(ぶつける)。金属がこすれ合うような不協和音――力と力が正面衝突し、周囲の空気が裂けるような衝撃が走った。


「はは! これを受けるか! すごいぞゴブリン! もっと私を楽しませろ!」


 リュートは心底楽しげに笑う。これまで相手を全力で楽しむ機会がなかったのだろう。全力でぶつかってくる相手というものに飢えているかのようだ。


 ユキチは歯を食いしばる(おれは全然楽しくねぇ)。力では上回られている。ラムネの補助を全部注ぎ込んでも、相手の出力は桁違いだ。


「ちっ……パワーはお前の方が上か」


 吐き捨てるように呟いて、ユキチは踏ん張る。だがリュートは追い打ちをかけるようにさらに魔力の出力を上げる。


「どうした。それだけか?」


 余裕のある声。リュートの瞳は(もっと楽し)より暗く輝く(ませてくれ)。相手の苦しみを確認して、さらに楽しさを膨らませる。ユキチの口から苦しそうな息が漏れる。義手は今もはじけそう(もう限界が近い)。リュートの笑顔が消え、心底残念そうに言う(楽しい時間もおしまい)


「頑張ったけど、こんなものか。もう死ね――ゴブリン!」



「――いやだよ。お前が死ねよ」


 リュートの横合いから、突然ユキチの声が聞こえた。


「……何?」


 リュートが声のした方を振り向く。そこには、さっきまで正面で拳をぶつけ合っていたはずのユキチが――いつの間にか真横にいた。


「ぐはっ!」


 反応する間もなく、ユキチの左拳がリュートの脇腹にめり込む。ドリル状に回転する義手(ラムネ)が腹の肉を抉り、魔素の奔流を乱す。リュートの体が一瞬よろめく。呼吸が乱れ、視界がぶれる。


「この……!」


 反撃しようとした瞬間――ユキチの姿が、かき消えた。


「どこだ……!?」


 リュートが視線を走らせる。だが、どこにもいない。そのとき、背後から静かな声。


「ここだよ」


 次の瞬間、今度は無防備な(私が背後を)リュートの(取られるだと?)背中にユキチの拳が突き刺さった。リュートの身体が逆"く"の字に曲がり、口から血が漏れる。


(ありえない……! 周囲の魔素の動きは全て把握していたはず……なのに……!)


 リュートは必死に考える。今の移動速度、瞬きよりも速い(あきらかにおかしい)。予兆もなく、私に捕らえられないほどのスピードを出すことがあり得るのか?


(まさか――瞬間移動……?)


 そう、あの“ガラム”が使う禁呪。だが、それはガラムほどの魔素の適合力があってこそ成り立つものだ。


(こいつが? ゴブリン風情が……? しかも連発だと……!?)


 考えながらも、リュートは咄嗟に攻撃魔力を解除し、守備に回ろうとする(一旦様子見だ)。右手で回転していた魔素の勢いが緩む。


「――引いたな」


 正面から声。


(しまっ――)


 気づいた時には、もう遅かった。ユキチの拳が目前に迫っていた。いや、すでに“当たっていた”。


「がっ……!」


 ユキチの左手がリュートの顔面を穿つ。肉が裂け、骨が軋む。リュートの体が後方に吹き飛び、壁にめり込む。土煙の中で、ユキチの左手がまだ微かに唸りを上げている。次の一撃へ備えて。ユキチは油断しない。


 ――パラレルシフト――。それはユキチがなけなしのMPとトラベラー(職業)の特性を限界まで引き出して編み出した、唯一無二の必殺技。“あり得たかもしれない世界線”の事象を、相手に強制的に体験させる――。その一瞬、相手は別の世界で経験したことを、現実の記憶として錯覚する。本来なら実在しない傷だが、脳がそれを<真実>と認識することで、身体が本物のダメージを再現してしまうのだ。


 ……だが、そんな種明かしをしている余裕などない。それに、(リュート)に説明してやるほど親切でもない。


「な……にが――」


 リュートが崩れ落ちながら呟こうとする。だが、その言葉の続きを吐き出す前に、ユキチの拳が(容赦のない)再び火を噴いた(追撃を入れる)


「……あんたは強いからな。悪いけど、徹底的にやらせてもらうよ」


 二発目の左ストレートも顔面を直撃。リュートの頬骨が砕け、頭が弾かれるようにのけぞる。そこにはすでに、怒りも憎しみもない(しがらみもない)。ただ――勝つための覚悟だけがあった。


 そして床に転がるリュートに近づくと、それまで義手と一体化していたラムネが、蛇のように伸び、リュートの体を包み込む(丸飲みする)。そして、ありとあらゆる穴からリュートの体内に侵入し、内部から制圧する(恐怖の寄生完了!)


「ぐっ……な……んだ、これは……!」


 さすがのリュートでも、ダメージを負った(体内からの)直後で抵抗しきれない(攻撃は想定外)。魔力を練ろうとしても、体内の魔素の流れをラムネが吸収して封じる。


「なぜだ……たかがゴブリンとスライムに……この私が……!」


 リュートの瞳に、初めて恐怖の色が差した。彼の中で“常識”が崩れていく音がする。戦いとは力のぶつかり合いであり、格の違いで決まる――そして自分はその頂点に立つもの。そう信じてきた自分が、否定される。


 意識が薄れていく中で、ラムネの半透明の体液越しに玉座に座る男が目に入る。


(――ガラム)


 彼が思うのは、憧れであり、友人であり、そして恋をした人。


(せめて……あなたは……どうか……無事で……)


 その願いを最後に、リュートの身体から力が抜けた。砂煙の中、ユキチは息を整えながら、リュートを見下ろす。目の前には、魔族最強とうたわれた男が倒れている。ラムネは今もリュートを包み、その身体を体内外から拘束している。


「なんとか……勝てたぜ」


 ユキチは気が抜けたように大の字に転がる。魔族最強の男が、初めて敗北を喫した瞬間であった。

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