表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

追放

旅はいつも突然に。

でも準備はしっかりと。

「アリシア=ラフェル──お前はもう、追放だ(とっとと出ていけ)!」


 木造のこじんまりした(おんぼろ)教会が、神官長の怒声でビリビリと震えた。日課の掃除をみんなとしていたアリシアはぽかんとした顔で頬をぽりぽりとかいていた。


「……へ?」


 場の空気が凍りつく(みんな目を伏せる)


 神官長は顔を真っ赤にして(まるでサルみたい)口元には泡がある(カニかもしれない)


「へ? じゃないッ! 貴様、よくもあの奇跡(きせき)果実(かじつ)”を──!」


「え、それ……なんですか?」


 アリシアは完全に心当たりがない顔(きょとんとしている)。というより、本気で忘れている(物忘れが激しい)


「昨日、台所から勝手につまんだそうではないか!」


「あっ……」


 アリシアの脳裏に、昨夜の記憶《醜態》がようやくよみがえる。深夜、空腹と酒の勢いで(ちょっと小腹が空いて)台所に忍び込み、なんかド派手に光ってる果物を興味本位で食べた──気がする。


「もしかして──あのキラキラしてたしてた果物のことですか?いやいや、あれは普通に台所に転がってて、あのままだと痛んじゃうかなーと思って……それに食べてほしそうな顔をしてたし……それなら私がって……」


「そんなわけないだろう!!」


 神官長の額に青筋が浮かぶ(寿命が縮んでいく)


「あれは明日、王女殿下のご来訪に合わせて──王女の聖魔力向上のために献上する予定だった聖果なのだ! 王国の予算で数年かけて育てた神樹が、ようやく実らせた奇跡の果実! それを、お前……!」


「えっ、高級品だったんですか。どおりでおいしかったわけだ……あ、でも私、ちゃんとお皿に戻しましたよ? 芯しか残ってなかったけど」


「ふざけるなーーッ!!」


「きゃあああっ!?」


 決してふざけてはいないのに、ふざけるなと言われる。理不尽《意味わからない》。


 そんなことを思いながらも神官長おっさんの説教はまだまだ続く。


 普段ならそろそろ何か罰則おしおきの提示があって、お説教(長い話)も終わるはずだが、今日はそれがない。


(追放なんて……まさかね。)


 だんだん不安になりながら怒られ続ける(サンドバックになる)アリシア。




 それから数刻後(少しして)、自室にて


「う〜ん……もしかして、私、やらかした……?」


 神官長(おっさん)は長い説教のあと、そのままアリシアを釈放した(疲れて倒れた)。それにしても奇跡の果実って。そう言われてみれば、昨日はあれだけ(オールで)飲んだのに、二日酔いして(気持ち悪く)ない。むしろ、身体が軽い。それに、お肌の調子までいい気がすマジですべすべになってる。二日酔いがない朝がこんなにも爽快だなんて。これがあの奇跡の果実の効果というやつなのか。すばらしい。王族はいつもこういうものを食べているのだろうか。だとしたら何たる格差社会(超うらやましい)


「ていうか、なんでそんな大事な果実を、無防備に台所に置いてたのよ……」


 ぶつぶつ言いながら寝転がっていると、神官長ハゲがやってきた。


 その手には小さな袋。中身は、硬い(まずい)パンと乾燥肉、そして銀貨が数枚(日本円で5万円くらい)


「アリシア=ラフェル。お前には“聖地巡礼”の旅に出てもらう」


「はぇ?」


「各大陸の大聖堂を巡り、祈りを捧げるのだ。そして、聖都アルカナにて神の祝福を受けることで巡礼は完遂される。そうすれば、今日の、いや、それまでのお前が引き起こした数々の問題も帳消しにできるほどの栄光がお前にもたらされるであろう。──それが果たされるまで、ここに戻ってくることは許さん」


「ちょっと待ってください!"聖地巡礼"って死者続出するアレですよね!? いやいやいや、私回復魔法は得意ですけど、戦闘スキルはゼロですし……金ピカの果物食べたことは謝りますから。それに王女様には、もっと別のおいしいものを召し上がってもらうとかすれば、その、ええと――」


 もはや言い訳にもならない(聞くに堪えない)言葉を必死で並べ立てるアリシアを、神官長は冷たく見下ろす。


「出発は2時間後。それまでに荷物をまとめるように。」


 ヒルタウンの下町は、昼から活気づいていた。食べ物の香ばしい匂いと(みんなおいしそう)、そこかしこから聞こえる人々の笑い声(みんな楽しそう)。 それに反して、丘の上からとぼとぼ降りてきたアリシアの表情は沈んで(死んで)いた。


「巡礼ねぇ……死ぬまで帰ってくるなってことじゃん、実質」


 荷袋の中でパンが乾いた音を立てる。生まれてこの方旅なんてしたことも(この街から出たことも)ない。だが──


「ま、悩んでもしょうがない。こんなときこそうまい酒ってね」


 下町を歩いているアリシアは、ふらりと看板を見上げた。 丸々と太った鶏が誇らしげに翼を広げる、あの酒場(行きつけの店)。 ヒルタウンでもっとも活気のある(焼き鳥がうまい)酒場、赤鶏亭(あかどりてい)》。


 扉をばーんと押し開けると、午後の赤鶏亭(あかどりてい)はちょうどランチと昼飲みの客(よっぱらい)でにぎわっていた。


「いらっしゃ……あ、アリシアちゃん? 今日は巡回の日だったっけ?」


「いやいや、今日はお客様。旅立ち記念に一杯ってね。……まあ、片道切符だけどねっ!」


「ほぉ、片道って……またずいぶんと穏やかじゃないな」


「うん。ちょっとね。つい手がすべって、口もすべって、色々すべった結果って感じ?」


「なんだそりゃ、神官やめてフィギュアスケーターにでもなったらどうだい?」


「フィギュアスケーターのことはよく知らないけど、神殿からは追い出されちゃって、今はただの旅人。追放済みの、ぴっかぴかの失職シスター!」


「何を言ってるかよくわからんが……まあ、人生いろいろあるわな。んじゃ、悩める失職シスターには、赤鶏亭(あかどりてい)特製のやけ酒セットだ。」


「さすがマスター! わかってる!」




「ちくしょー……神官長のばか! 私の食欲とキラキラりんご、どっちが大事だって話なんだよ。 それにあーしに巡礼の旅とか……無理に決まってんじゃん ばーかばーか!」


「アリシアちゃん、もうそろそろ……」


 マスターの心配をよそに、アリシアの前には空いたジョッキ(既に飲みすぎの証)が山のように積まれている。


「まだまだ大丈ぶ!それよりマスター!ビール追加!でかいやつ!あとソーセージと、焼き鳥盛り合わせと……あと、あのお兄さんが食べてるやつ!」


 アリシアが指さした先酒場の隅、フードを深くかぶりマフラーで顔を隠した旅人──彼は、静かに席に座っていた。彼の前にはちょうど、赤鶏亭(あかどりてい)裏メニュー・炭火つくねが運ばれてきていた。香ばしいネギ、甘辛いタレ、そしてとろりとした半熟卵。湯気が上がり、食欲を誘う(マジでうまそう)


 そこに、アリシアがずかずかとやってくる。


「なにこれ、超うまそうなんですけどー。……一口、ねっ♪」


「えっ、それ俺の──」


「いただきっ!」


 もぐもぐ。笑顔。ビールをぐいっ。


「うっま~~!! ねぇなにこれ、鶏なの? 神なの!? 最高すぎるんですけど!!」


「いや、だから、それ……俺の……」


 マフラーの下から控えめな抗議(勝手に人のを食うな)の声が漏れる。だがアリシアは完全に酔っ払い(人の話を全く聞かない)モードに突入していた。


「いいじゃないの〜、あんたも一人でさびしそうだったしさ〜。ねえ、旅人でしょ? どっから来たの? ニワトリの国?」


 つくねをぺろっと平らげると、酒をぐびりとあおり、テーブルにごろんと頭を乗せた(甘えん坊モードに突入)


「は~~~……世界、回りたくない……巡礼とか、絶対向いてない……」


(……俺のつくね……)


 ぼそっと呟いた彼の声(つくねの恨み)は、アリシアには届かなかった。


「……で、あんた、名前は?」


「えっ」


「なんかこそこそしてるし、地元民じゃなさそう。てことは旅人? いいじゃん! 旅人同盟結ぼ? 私も今日放浪決定しちゃったばっかでさぁ!」


「えぇ……」


「 はい、あたしたちの出会いに乾杯~!!」


 彼は言葉に詰まりながら、この街に来て初めて、関わっちゃダメな(面倒くさい)人に声をかけられたと後悔した。


 つくねを食べられ、しょんぼりしていた彼は、そっと手を挙げてマスターに追加注文(おかわり)を伝えようとした。


「あの、すみませ──」


 ──バンッ!


 タイミング悪く、酒場の扉が勢いよく開いた。


「看板のわりに、ずいぶんしけた酒場だな……っと」


 入ってきたのは、見るからに荒くれ者(ごろつき)の一団。 汚れた鎧に酒くさい息(近づいてほしくない)目つきも悪い(とにかくすべてが不快)。通りがかった人が露骨に顔をそらすレベルだ。


「おっ、なんだよ。シスターじゃねぇか。お祈りより先に酒か?」


 リーダー格らしき大男が、アリシアに絡み始める(目をつける)。アリシアは、ジョッキを持ったままふんわりと(偉そうに)振り返る。


「知らないの?ビールは神が遣わした奇跡なのよ?麦の恵みは神の恵み!」


「ははっ、わかってるじゃねぇか! じゃあよ、俺らに一杯、酌してくれや。そんで隣、空いてるよな?」


 アリシアはにこっと笑って返す。


「……いま、友達と楽しく飲んでるの。わからない?」


(……友達……?)


 つくねを強奪さ(うばわ)れた彼の手は追加で注文(おかわり)しようとまだ上がったままだ。


「それにね、汗臭い男とお酒飲むと、せっかくのお酒に匂いがうつっちゃうのよ。悪いけど──他をあたって」


 男のこめかみがピクリと跳ねた。


「てめぇ……」


「へぇ、なめた口きくなよ、シスター風情が……!」


 リーダー格の(がたいのいい)男が立ち上がり、拳を振り上げると、


「……その辺でやめときなよ。」 


 ぼそりと、隣の彼が言った。


 その声は小さく、けれど不思議と通る(とても聞き取りやすい)声だった。


「はぁ?なんだお前、ガキか?しゃしゃってんじゃ──」


 男が標的を変えて殴りかかろうとしたそのとき、吹っ飛んだのは大男の方だった。


 ドサッ!


「よくもアニキをーーッ!!」


 突っ込んできた子分達も、軽く足を払われて床に転がる(あしらわれる)


「……行こう。これ以上はお店に迷惑だ。」


「ちょ、ちょっと待って!? あたしのお酒が……まだ残ってるのにーっ!」


 出口へ引きずられるアリシアの悲痛な声が、青空に響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
自分が好きな漫画の忍者と極道を思い出しました。 比喩にはライトノベル的口語文と文藝的比喩や、ルビと本文で振り落ちの関係だったりと面白い構成だと感じました。 小説家になろうで読まれる条件の流し読みで理解…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ