9.
「不思議な人が居たっていうんだから。『いない人が居る』事件。か、事故かもね」
春先の九十九社。
絢月咲は杵屋依杏の最近の知り合いであり、数登珊牙とも最近の知り合いである。
九十九社のある西陣地区の桜は、まだ残ったり残らなかったりしているが、西陣が平坦で漠としているかといえば、そうでもない。
絢月咲は今日、仕事仕様の恰好ではない。
スラリと高い背丈は以前そのままに、肩より少し上のミディアムカット、初夏を感じさせる装い。
足先だけが、薄い素材のスニーカー。
依杏の方も、薄い素材ばかりのスーツ。
要するに、通気性だけはいい。
「で、事故だったんですか?」
と依杏。
お茶、といっても温かくない、を渡しつつ。
「まず聞いてよ。とにかく被害者が出たっていうこと。で、本人はいないわけ」
「どちらの本人でしょうね」
絢月咲の向かいに依杏、そして依杏の隣に数登珊牙。
彼もまた、長身。スーツ姿。
刈り上げた頭に程よく短髪を残しつつ。
謎めいたこの人物は葬儀屋であり、九十九社は全体的に葬儀社である。
「どっちも本人よ。とにかく私は、依頼に来たわけじゃない。話をしに来たの。今日。忙しいのよ、あの子」
と絢月咲。
「いろいろと、困っている」