8.
「白緑の庭」。
それが、絵卯の小説のタイトルであり、その小説を舞台として作られたゲームタイトルにも一部、引用をされている。
ゲームの方はRPG含みの箱庭育成系ゲームで、登場人物のキャラ投票では主に、美少女キャラクターが上に来るのは、あまり他の何かとは変わらない。
「見ていません」
絵卯は言った。
実を言うと、有人もまだ、見てはいなかった。
絵卯の方ではもっとも、こうした眼につく『駐輪禁止』の札のことよりも、気掛かりなことがまだあった。
匿名で小説を書いても、身バレしない確率なんて、ほんの一握りなのかもしれない。
漠とした空が続く、ごくごく平坦な「黒敷」地区。
治安がいいとは、決して言えないのも事実。
「でも」
と絵卯。
「最近、不思議なものを見る機会が多いって、周辺で。結構、噂になっていますよ」
「俺もあなたも、見ないがね」
「ですね」
絵卯は結局、駐輪場の防犯カメラを見せてもらうことを、やめにした。
何回目かになるが、料金は払ったので、単なる「いたずら」として処理されるだけ。
絵卯が、樅ノ木有人のことを知っているのは、名前のみである。
日本人離れしたその、鼻の高い顔立ちと、先日初めて顔を合わせたこと以外、あまり何もない。
「コスプレとかだったら、説明付きますけれどね」
無事に「愛車」を駐輪場から出し終えて、絵卯はそれを押して歩く。
周辺を思わず見回す。
何も変わり映えしない街。駐輪場。
有人は、ついて歩いて来る。
「あそこは……」
と絵卯は思わず零した。
「白緑の庭」はあくまでも小説だが、登場人物はキャラクター化されて目鼻立ちの整った、眼で見てすぐ分かる人物像をとるようになった。
「やっぱり、コスプレ説ってあると思うんだけれどね」
賀籠六絢月咲が言う。