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序章

二〇〇一年九月十一日、NYの貿易センタービルで同時多発テロが起きた。テロリストがハイジャックした四機の飛行機のうち二機が乗客・乗務員もろともビルに、三機目がペンタゴンに突っ込んだのである。押し寄せる爆風と煙から人々が逃げ惑う中、崩れ落ちていくビルを見上げながら一人の男がフッと笑い、周りには目もくれず去って行った。






 テロのニュースは日本にも伝わり、さらには日本人も犠牲になったとの情報が流れると国民の間に衝撃が走った。貿易センタービルに家族がいたという遺族が泣き崩れる姿がテレビに映し出される。 



 警視庁刑事部刑事課主任・早乙女輝は、自宅でそのニュースを見ていた。彼は祖父で警視庁警視総監である勇造と二人暮らし。商社マンである父・匠はNYに単身赴任中、母・理沙と祖母・ノブ江は相次いで病気で亡くなった。今日は非番だったが、いつものように早目に起きて一階に降り、コーヒーを淹れながらテレビをつけ、カップにコーヒーを注ぎ、口につけたところで緊急のニュースとして流れた。瞬く間に崩れる貿易センタービルを見て驚きを隠せずにいると、電話が鳴った。


「はい、早乙女です。あ、デビットさん」


 デビットとは父の会社の取引先の人間である。日本語が流暢でこの家にもよく遊びに来たりしている。また彼は輝を息子のように可愛がっている。それにしてもこんな時間に電話してくるとは珍しい。今日は匠と貿易センタービル近くのレストランで商談の予定があるはずなのだが。


「どうされたんですか?こんな時間に。・・・え?ニュース?見てますよ。・・・え・・・・・・・・?」




 同時多発テロの情報は警視庁にも伝わっていた。日本人も犠牲になっているとなるとこちらも対策を練らざるを得ない。部下達が情報収集に走り回る中、どうするか勇造が考えていると、ドアをノックする音が聞こえる。


「入れ」


「お祖父ちゃん!」


 入ってきたのは輝だった。サマースーツを着ている。あの後すぐ家を出て車を走らせて来たのだ。


「輝、お前今日は非番だろ。どうしたんだ?」


「父さんが・・・・!」



 デビットの話によると、匠と二人でレストランで食事をしていた時、テロを目撃したという。


逃げ惑う人々からビルの中にまだ人が残っているらしいと聞いた匠は、デビットにその人々を任せてビルの中へと飛び込んでいき、取り残された人々を外へ逃がしている時、崩れゆくビルの下敷きになってしまったという。奇跡的に遺体に損傷はなかったが、救助隊が駆け付けた時には既に息を引き取っていたらしい。


ビルの中へ入っていく時、危ないと引き止めたが、匠は聞かずに行ってしまったという。助かるかもしれない命を助けなくてどうするんだ、と。あの時、無理にでも引き止めておけば―電話の向こうでデビットは何度も後悔の言葉を口にした。それを話すと、勇造は静かに涙を流しながらつぶやいた。


「そうか・・・・。よくやったな、匠・・」


 そんな祖父の姿を見るのが辛くなり、輝は外へ出た。しかし、溢れ出る涙を止める事が出来ず、その場に座り込んだ。


「・・・・父さん・・・・」




 数日後、匠の遺体が日本へと運ばれた。無言の帰国は悲しみを一層深くする。葬儀の後、輝は匠の遺骨を何をするでもなく、ボーッと見つめていた。見かねた勇造がもう寝るよう声をかけた。しかし、輝は動こうとしない。


「・・・僕、もう少しここにいる」


「父さんにはお祖父ちゃんがついとる。さ、部屋に行きなさい」


「うん・・・。お休みなさい」


「お休み」


 輝が二階へ上がるのを見届けると、ソファに腰を降ろした。


「お前まで先に逝ってしまうとはな・・・・」


 世界を飛び回る息子は皆への自慢だった。なのにこんな別れ方をするとは思わなかった。だが、匠にとってはこれで良かったのかもしれない。あの惨事の中で1人でも多く命を救おうとしたのだから。匠は刑事である父と息子を持つ事を誇りにし、取引先でも自慢していた。ビルの中へ入っていく時もそれが頭を過ぎったかもしれない。そんな事を考えていた時、電話が鳴った。デビットからだ。


「もしもし」


『すみません、早乙女さん。こんな時間にお電話してしまって』


「いや、構わんよ。どうした?」


『ちょっと気になる事が。貿易センタービルが崩れる時、男が去っていくのを見たんです。九・一一テロを予言した男に似ていたんですが・・・』


「あの予言者をか?」


 それに関する情報は警視庁にも入っていた。しかし、名前はおろか素性も分からない為、その男の捜査は打ち切っている。デビットはさらに、その予言者らしき男が逃げる人々には目もくれず、崩壊するビルを見上げて笑っていた事を話した。


「分かった、調べてみよう。うん、またな」


 確かに、このテロはおかしいという情報も飛び交っていた。その男の予言通りにすべてが動いているからだ。ユナイテッド航空の九十九便だけは衝突を免れたが。一方でアメリカの自作自演ではないかという噂もある。それは明らかなデマだったが。もう一度洗い直す必要がある。ソファから立ち上がると、子機を手に取った。




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