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学ぶ。2


◇◇

 

「それで──話とはなんだ?東山」


 次の日の放課後。昨日と同じく間壁先輩の計らいで図書室の警戒という名のテスト勉強を終わらせた僕は、安西会長の待つ生徒会室へ来ていた。

 テスト直前ということで本当なら生徒会の活動はお休みだけど、会長には昨日の夜にメッセージでお願いしてここで待ってもらっていたのだ。

「えっと……」

 歴代の生徒会長が使用してきた一番奥の席に例に漏れず腰かけている安西会長は、二人きりで誤魔化しようがないからか露骨に目を逸らすとかはないもののやっぱりどこかぎこちない。

「ま、間壁先輩って食べ物は何が好きなんでしょうか……?」

「……間壁?」

「は、はい。昨日と今日の図書室での活動の間、数学を教わったのでお礼をしなければと……」

 ──あああ僕のばかっ。

 ──確かに間壁先輩にはお礼しなきゃだけど今聞くことじゃない!

 昨日のうちに話すことを決めてから会長を呼び出したものの、実際ここに来ると怖気づいてつい本題とは違うことを口走ってしまった。

「そうだな……食品で言うと間壁の好物は和菓子だ。一年生の時、昼食を大量の和菓子で済まそうとしたので俺と南條で養護教諭に通報し、半強制的に栄養指導を受けさせたこともある」

「そんなに好きなんですね……なんか意外です……」

 ──ではなく!

 思いの外ちゃんと答えてくれた上に間壁先輩がどれだけ和菓子が好きか分かるエピソードまで付け加えてくれた安西会長に感服した後、心の中でそう力いっぱい叫ぶ。

 ──そろそろ本題に入らないとわざわざ時間を作ってくれた会長にも申し訳ないって……!

 ──でも……怖いっ。急に恋人を避け始める理由なんて、何かのきっかけで愛想を尽かしたくらいしか考えられないし……!

 ──せめて話をするのは、期末テストが終わってからでも良かったんじゃ──……。


『普通なら通り過ぎてしまうような些細な事柄もすぐに感知し、自分の頭で考え、動く。そんな君に助けられている者は生徒会内外問わず大勢いる』


 ……と、ここで昨日の間壁先輩の言葉が思い出される。

『恐れることなどないよ、そうして積み重ねたものは君の思い込みを良い意味で裏切ってくれる』

 ──そうだ。僕は会長とお付き合いしてるけどこの人の全部を分かってるわけじゃないし、間壁先輩の言っていた“叙述ミステリー”じゃないけど積み重ねた先入観のせいで気づけてないこともあるのかもしれない。

 ──どのみちこのままじゃテストにも集中出来なさそうだし、会長が僕の呼び出しに応じてくれた今聞くしかないんだ。

「──会長」

「ん?」

「実は、もうひとつ大切なお話があるんです」

 そこで僕は少しでも気持ちを落ち着けるために大きく息を吸い込んで──言った。

「体育祭が終わってからこの一か月、会長が僕を避けている気がして」

 それまで申し訳程度に視線だけはこちらに向けていた安西会長だけど、僕がそう言った直後下を向いてしまう。……どうやら避けていたというのは確かだったみたいだ。

「何か会長の機嫌を損ねることをしてしまったのかと思ったけど……心当たりがあり過ぎて分からないんです」

 会長からの相槌はないけど、目線の動きなどからきちんと聞いてくれているのは分かるので気にせずそのまま話を続ける。

「会長だって、このままじゃいられないって分かってらっしゃるはずです。……だから僕に何か思うところがあるなら教えてください、改善出来そうなことはすぐに直します。僕、会長とはなるべくずっと一緒にいたいから」

「──東山……」

 言い切ったところで祈るような気持ちで会長の返事を待っていると、少しの沈黙の後「そこへ」と生徒会長の席から長テーブルを挟んだ先にある、本来は来客に座ってもらうためのソファーに座るよう促される。恐るおそる腰かけると、それを追うようにやってきた安西会長が隣に座った。

「……君がそこまで言ってくれるのなら、聞きたいことがひとつだけある」

「は、はい」

 久しぶりの至近距離に内心どぎまぎする僕をよそに、何やら思いつめたようにそう切り出す会長。


「君は……風紀委員長になりたいのだろうか」

「……風紀委員長……ですか?」


 そういえば先月の体育祭で、北川辺委員長から次の風紀委員長にならないかと誘われていた。だけど僕には荷が重いからとその場でちゃんと断って──いない。あの時はすぐに安西会長と祖父江くんが間に入ってくれたから僕は何も言わないまま有耶無耶になったんだった……。

「北川辺に次の風紀委員長の話を持ち掛けられた時、満更でもなさそうだった。奴に借りていた腕章を外すのが名残惜しいようだったし……体育祭後も急に俺の後継を祖父江にしてはどうかと言い始めたから、君は本気で風紀委員長を目指そうと──」

「そっ、そんなまさか!」

 あまりにも僕の本心からかけ離れた推測に、会長が話してる最中にも関わらず思わず声が出る。

「風紀委員の腕章を外していなかったのは単に忘れていたからで、祖父江くんを次の生徒会長にと言ったのは……その、彼の体育祭での活躍を見てこの学校のトップにふさわしいのではと思ったからです。決して、北川辺先輩の誘いに揺らいだわけではありません!」

「……それは本当か?」

「はいっ!」

 隣に座ってからは膝の上に組んだ両手に視線を置きながら話していた会長だけど、そう説明するとどこか縋るような目を僕に投げてくる。……『次の生徒会長には意地でもなりたくないので祖父江くんに託そうと画策してました!』とは言わなくて正解だったみたいだ。

「……自分でもその場しのぎだと思ったが……次に話した時に『生徒会を辞めさせてください』と言われそうでろくに目を合わせることも出来なかった。……不安にさせて本当にすまなかった」

「僕も……誤解を招くようなことをしてごめんなさいっ」

 こちらに身体ごと向けて深々と頭を下げてくる安西会長に負けじとがばっ、と身を屈める僕。

「僕は任期が終わるまで、生徒会にいるつもりです!」

 生徒会を辞めることも考えなかったわけじゃないけど、次の生徒会長を務めることに前向きになってくれている祖父江くんのためにもそこは逃げ出さずにちゃんとフォローするべきだ。そう覚悟を決めて力強く頷く僕を見ると、安西会長はほっとしたように笑みをこぼした。

「それが聞けて良かった。──……実は最近君と帰らなかったのは、生徒会のみんなが帰ったあとにこれの監修をしていたからだ」

「これは……」

 ここでソファーにやってきた時いっしょに持ってきた鞄から会長が取り出したのは、光沢のある深い青色の地に“生徒会”と書かれた腕章。

「松原先生に相談して新しく作った。昔は生徒会にも風紀委員のような腕章があったのだが、俺たちが入学する前にそれを悪用した役員がいたらしく全部処分されたそうでな」

「そんなことが……」

「だがもうその時の役員は卒業したし、後輩たちのためにもあった方が良いだろう」

 腕章は図書室の警戒でも使った見回り用のものがあるから、生徒会と分かるものがなくても困ったことはなかったけど……こうして生徒会のためだけに作られた物を見ると沸き立つものがある。

「他の皆にはテストが終わってから発表するつもりだが……一足先に」

 会長はそう言うと徐に僕の腕を取り、そこに出来たばかりと思われる腕章を滑らせていく。……あまりにも真剣な会長の眼差しに、まるで婚約指輪を嵌められてるみたいだ、と思ったのは秘密だ。

「うん、やはり東山は青色の方が似合う。──風紀委員になるつもりがなくて本当に良かった、生徒会室から君がいなくなるだなんて考えただけで耐えられない」

「なっ……」

「──……さて、本来なら生徒会は今日からテスト休みであるから速やかに下校しなければな。東山、忘れる前にこれを渡しておこう」

 いないと耐えられないだなんて、すごい口説き文句では……!?と瞬時に顔の温度を上げた僕にとんでもないことを口走ってしまったことに気づいたのか、誤魔化すように安西会長が次に鞄から取り出したのはクリップで留められた紙の束だ。

「こ、これは……?」

「君たちのクラスで数学の授業を担当している先生には去年まで俺も教わっていてな。それまで受けてきたテストから傾向を見て予想問題を作ってみた」

「予想問題……!?」

 渡されたそれの最初の数ページを見てみたけど、本番のテストと同じような形式で作られていてすごいクオリティだ。一体どれだけ時間をかけたんだ、会長だって自分の勉強があるはずなのに……!

「前回の中間テストの際に図書室で勉強する東山を見かけた時、数学で苦戦しているようだったから今回は何か力になれたらと。……本当は間壁から渡してもらうつもりだったが、“そういうのは自分でやりたまえ”と突き返されてしまった」

「間壁先輩が……」

 そういえば間壁先輩が僕を励ましてくれた時、『たった一、二年関わっただけの人間を捕まえて──』と誰に対して悩んでいるか気づいていたみたいだし、会長と僕が話すきっかけを潰さないようにしてくれたのかもしれない。

「……ありがとうございます、会長。早速帰ったらやってみます!」

「ああ。……それでもし、その予想問題が役に立って良い点が取れたら──」

「?」

「予定を合わせて二人でどこか出かけないか?祖父江と二人で遊ぶことがあると聞いてから、彼が羨ましくて仕方なかった」

「……!ぜっ、是非!」

 赤点で補習になったとしても絶対に行きます!とは心の中だけに留めて代わりに何度も頷く。いや、ここまでしてもらったんだから絶対に無駄にしない。会長との初デートをモチベーションにやりきってみせるぞ!

 

◇◇


 ──分かる……分かるぞ……!


 運命の期末テスト当日。あれだけ心配だった数学の問題用紙を前に──僕は目を輝かせていた。

 ──この問題は間壁先輩が教えてくれた考え方で解けそうだし、こっちは安西会長が作ってくれた予想問題でやったところだ。

 ──これなら90点以上は確実に取れる!

 ──ああでも、それだとまた応用コースに割り振られちゃうから、わざと何問か間違えて調整しとかないとな……。

『もしも本当にどうしようもなく、分からない単元があったら声を掛けたまえ。……手が空いていれば見てあげよう』

『前回の中間テストの際に図書室で勉強する東山を見かけた時、数学で苦戦しているようだったから今回は何か力になれたらと』

 これで危なげなく基礎コースに行けて、本来の学力に合った授業が受けられる!と意気揚々とわざと間違える問題を選ぼうとしたところで頭を過ぎったのは、図書室での間壁先輩の背中と──自作の予想問題の束をこちらに差し出す安西会長。

 ──……よし。

 小さく頷くと、僕はシャーペンを解答用紙に滑らせた。


◇◇


「違和感に気づいた者もいると思うが──今回のテストは先生の配点ミスで100ではなく103点が満点となっている」


 期末テストが終わってからちょうど一週間後。

 僕は今返ってきたばかりの数学のテストを両手でわなわなと握り締めた。解答用紙の隅で燦然と輝いているのは、“103”という数字。

「うちのクラスで文句ナシのトップは東山。──というか、学年でも唯一の満点だった」

「東山やべぇ!」

「アレ満点取れる奴いたんだな……!」

 先生の発表にクラス中が沸き立つ中、僕は思わず両手で顔を覆う。

 ──103点って何!?唯一得意な現代文でも満点なんて取ったことないのに!

 うまく点数を調整して基礎コースに行こうとしたものの、自分の勉強の時間を削ってまで協力してくれた安西会長と間壁先輩に報わなければと全力で解きにいった結果、とんでもないことになってしまった。……ちなみに聞いたところによると、安西会長も間壁先輩もいつも通りの点数をキープし──間壁先輩に至っては現時点で返って来ているテストの平均点が前回を上回っているらしい。

「正直、今回のテストは作った俺もやりすぎたかなと思うくらい難しかったが……記述問題まで手を抜かずやりきり得点にするとは大したものだ!生徒会の活動もあるなかよく勉強したな」

「あ、ありがとうございます……」

 珍しく興奮気味に話す数学の先生とは裏腹にお礼の言葉がどんどん尻すぼみになる僕。……余談だけど隣の席の女子が「東山くんって生徒会の人だったんだ」と呟く声が聞こえる。

「それで、東山の数学に対する熱意に先生感動してな……来春より応用コースよりも一歩進んだ授業を行う特別コースの開設を決めた!第一号の生徒になることを期待しているぞ、東山っ」

「……特別コース……!?」

 どうやら僕がきっかけで始まるらしい新しい試みの発表に開いた口が塞がらない。


 ──冗談じゃない、そんなことになったら本番のテストでも2点を取る未来しか見えない!


 離れた席から口パクで「おめでとさん」と言ってくれる祖父江くんにへへ……と引きつった笑顔を返しながら、何事も全力でやるのが良いこととは限らないんだな……と身を持って学ぶのだった。

 

◇◇

 

「──ふはっ、まさかそんなことになろうとは。君は本当に僕の予想を裏切るのが得意だね」

 その日の放課後、近所の専門店で買っておいた和菓子を携えてお礼に行き、ことの成り行きを話すと間壁先輩はそう見たことのない顔で笑っていた。普段の棘のある感じは一切なく、年相応の清々しい笑顔だった。

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