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走る。2


◇◇


「体育祭実行委員の一年生が全員ボイコット?」


 体育祭実行委員が拠点にしているイベント用テントの下。眉を寄せながら聞き返す北川辺先輩に、説明してくれた小川さんが小さく頷く。

「はい……。長谷川(はせがわ)先輩が一年生の実行委員の子の中で二股かけてたらしくて……それがさっきバレて、長谷川先輩は自宅に逃げ帰ってしまって残された子達が他の一年生を巻き込んで校舎の中に閉じこもっているんです。私はたまたまその現場にいたので先生に言われて実行委員の皆さんに伝達を……」

 長谷川くんは僕と祖父江くんのクラスの体育祭実行委員で、会議の時などよく一年生を気にかけてくれていたのを覚えている。その中にお付き合いしていた女子が二人もいたってこと?それにしたって長谷川くんはもう帰っちゃったっていうのに、体育祭実行委員をボイコットしてどうなるって言うんだ。しかもそのうちのほとんどは二股騒ぎに関係ないんだよね……?

「アイツ絶対あの中に彼女いるだろとは思ってたけど、二股してるまでは分からんかった」

「校内で睦み合うのを何度も見かけたので彼には一度軽い指導を入れたのだが……さすがに二股(それ)は想定外だった。このことは後日報告書を作成して来年以降の実行委員へ共有出来るようにしよう」

 長谷川くんが実行委員の中で二股かけてたなんて全然気づかなかった、そうとう上手くやってたんだな……と妙に感心してしまった僕を後目にあっけらかんと言う祖父江くんと北川辺先輩──それを聞いてうんうんと頷く二、三年生の実行委員たち。え、長谷川くんの恋愛事情に気づかなかったの僕だけってこと……?

「閉じこもった一年生たちと、自宅に帰った長谷川の対応は他の先生方が行ってくれてる。……校舎周辺の見回り担当だった風紀委員顧問の先生もそっちに駆り出された」

 人知れず狼狽える僕を置いてきぼりにするように、生徒会の顧問であり今日は体育祭実行委員の担当として見てくれていた先生がどこか申し訳なさそうにそう告げる。

「クラス対抗リレーの間の校舎周辺の見回りが手薄になる……ということですね」

「ああ。俺が入れなくもないが、この後すぐリレーの方の準備に行かなきゃだから合流するのに時間がかかる」

「──やむを得ない、私がリレーに出るのをやめ見回りに専念を……」

「そっ、それは駄目です!」

 北川辺先輩が言い切る前に、僕はぶんぶんと首を横に振りながら声を上げる。

「ここに来る途中、リレーの間にやる予定だった仕事を調整してきました。……この後の見回りは僕が入ります」

「……ここにいる皆が──風紀委員会委員長であるこの私ですら慌てている中さすがだな。君の対応力にはいつも驚かされるよ」

「僕は皆さんより前に小川さんから事情を聞いていたので……」

 安西会長だけじゃなく北川辺先輩だってこれが高校最後の体育祭なのだ、こんなことで今日最大の見せ場を諦めさせるわけにはいかない。

「そしたらクラス対抗リレーの間の見回りはまず俺と東山が入って──」

「──あっいたいた、祖父江!」

 祖父江くんが新しい段取りの確認を始めた時、実行委員会のテントに僕らのクラスの担任の先生が入ってくる。

「午後のリレー、うちのクラスの第一走者だった長谷川が抜けて代打を探してるんだ。お前行けそうか?」

「あ、そうか……」

 困ったように頭を搔く担任に僕は思わず声を上げる。先生の言う通り二年生の体育祭実行委員の長谷川くんは、クラス対抗リレーの第一走者もやるはずだったのだ。

「あーすんません、俺見回りの仕事があって……」


「──はいっ、祖父江くん走れますっ!」


 断ろうとする祖父江くんの前に出て、まるで自分が名乗りを上げるかのようにすかさず手を挙げる僕。

「東山お前、何考えてんだ。こんな時に俺まで抜けたら──」

「トップバッター走ってすぐ戻ってきてくれれば大丈夫。うちのクラスで足速い人って限られてるし──祖父江くんだって走りたくないわけじゃないでしょ?」

 ──確かに一年生の実行委員が全員──数で言うと十人も抜けちゃって、その穴埋めをしながら僕だけで見回りもこなすって正直言って無謀なんだよな……。

 ──でも僕の都合でリレーに出るのを諦めさせちゃって罪悪感を感じていたところだし、チャンスがあるならぜひ出てもらいたい。リレーの枠を空けてくれたという意味では長谷川くんには感謝……なんて出来るわけない、やっぱり彼は重罪だ。

「祖父江くんの一番かっこいいところ、おばあちゃんに見せてあげて」

「……走り終わったらすぐ合流する」

「うん、待ってる」

「先生、そういうわけなんで俺入れます」

「ありがとう。タイムだけ見ればうちのクラスは祖父江が一番速いからな、期待してるぞ」

「っす」

「それからその、こんな中申し訳ないんだが……そろそろクラス対抗リレーの最終調整が始まる。まずは男子からだから、該当する選手たちは入場門の方へ来てくれ」

「む、もうそんな時間か……。東山くん、こちらへ」

「はい……?」

「これを君に渡しておこう」

 北川辺先輩に手招きをされそれに従って近づくと、彼がいつも腕にはめているものと色違いの“風紀”と書かれた腕章を手渡された。

「問題行動を見つけたらこれを嵌めて指導に入るといい」

 見回りに入れるよう仕事を調整した僕を褒めてくれたけど、北川辺先輩の方もテント下に召集された時にはこういう事態を見越して既にこの腕章を準備していたのだろう。

「君には苦労をかけるが、走り終わり次第すぐ校舎裏に向かう。……それまで任せたぞ」

「……はいっ」

 渡された腕章をぎゅ、と胸に抱いて頷いた僕を見て満足そうに微笑んでから北川辺先輩はテントを出て行き、同じくリレーに出場予定の他の実行委員たちもそれに続いた。

「東山、昼メシはちゃんと食えよ。さりげなく弁当の袋カバンに仕舞い込んでたの見えたからな」

「うっ……分かった」

 最後にテントを出ようとした祖父江くんが振り返ってジト目で僕を見ながらそう言うのに渋々頷く。

 ──食べる時間すら惜しくて体育祭が終わったらお弁当を開けようと思ってたのバレてた……。

「副会長はお弁当食べるまでテント出ちゃダメですよっ」

「ここ空いてるからぱぱっと食べちゃいなー」

「はは……ありがとう」

 小川さんと、実行委員の二年生の女子に促されてテント下に置いてあるテーブルに着かせてもらう。お弁当の袋を取り出しながら何の気なしに会場の端を見遣ると、三年生の先輩たちが垂れ幕のかかった校舎をバックに楽しそうにスマホで写真を撮り合っていた。僕に続いてそちらを見て──同じことを考えているはずの小川さんたちに語りかける形で呟く。


「絶対に三年生の体育祭を守ろう」


◇◇


「──テニスコート周辺と体育館方面の見回り担当の班は現状の報告をお願いします。リレーの前は来場者が増えるので校門担当の班はその対応も──……」

 小走りで会場を回りながら、口元に伸びたマイクを操作して指示を出す。

 装着しているインカムは僕ら実行委員の状況を聞いた放送委員会が貸してくれたもので、本来三十人ほどで回すはずだったのが人数が大幅に減ってしまった中、これがあれば効率良く指示出しが出来るのでとてもありがたい。

「副会長っ、クラス対抗リレー男子の部の選手誘導終わりました!」

「女子の部の方のコース確認もOKです」

「小川さん、後藤さん、突然頼んでごめんね」

 一度立ち止まった僕に駆け寄って来たのは、一年生の生徒会役員の小川(おがわ)さんと後藤(ごとう)さんだ。

「調整大変だったと思うけど……」

「いえっ、風紀委員の子たちに持ち場代わってもらったので大丈夫です!」

「見回りのコツとかもばっちり教わってきました、任せてください」

「頼もしいよ、本当にありがとう」

 うちの高校の生徒会と風紀委員は数世代に渡って敵対してると言われているけど、今の一年生たちは体育祭の運営を通してすっかり打ち解けたようだ。

「後藤さんインカム使えて良いなあ、かっこいい」

「小川……遊びじゃないんだからね」

「はぁい」

「ふふ。ちょうど小川さんに代わろうかと思ってたところだよ」

「えっ、本当ですか!?」

「ほんとほんと、使い方は後藤さんに教えてもらって。今は生徒会顧問の先生が統括に入ってくれてるからそこから指示をもらって──」

 インカムを外して小川さんに渡しながらこの後の流れについて軽く説明しながら、頭の中で別の考えを巡らす。

 ──小川さんと後藤さんが入ってくれたのは大きな戦力だけど、だとしても人手が足りない。

 ──せめてあと二、三人……出来れば実行委員の経験者が入ってくれれば良いんだけど、思い当たる人がいな──……

「──あっ、いたいた」

「東山くんだよね?」

 そこで話し掛けてきたのは、三年生の先輩方。みんな安西会長のクラスメイトで挨拶くらいならしたことある人たちばかりだけど、ちゃんと話したことはない。

「はい、僕が東山ですが……」

「人手が足りないんだって?良かったらうちらが手伝うよ!」

「えっ……?」

 人手が欲しいと思っていたところにタイミングよくきた申し出に思わず目を見開く。

「何があったかは分かんないけど、なんか実行委員がバタバタしてるってのは聞いて……俺ら自分が出る競技終わったし暇だからさ。安西に言ったら、それなら東山っていう二年に声をかければいいって」

「会長が……」

 そこでクラス対抗リレーに出る選手たちが待機する列に視線を移すと、生徒会顧問の先生と話し込む安西会長が見えた。……ああして先生から情報をもらった会長が先輩方を応援として送ってくれたんだ。

「今年は5月開催で良かったよー、去年は受験の追い込みの時で先輩たちも大変そうだったし」

「そうそう。これが秋だったら絶対手伝う暇なんかなかったわ俺」

「……ありがとうございます。そうしたら早速ですが、一年生の彼女たちといっしょに見回りと──何名かは来場者の対応をしてもらいたくて……」

「あっ、私ら去年実行委員でそれやったから分かるよ!」

「えっ、本当ですか?助かります!」

 体育祭の開催を例年とは違う季節に決めて反対意見もそこそこ出ていた中──少なくとも今年はこれで良かったんだと先輩たちのいきいきとした表情が教えてくれる。

 ──人手不足の方も、小川さんたちや先輩方のおかげでどうにかなった。

 手伝いを申し出てくれた先輩方に頭を下げるのもそこそこに、この場を離れることを小川さんたちに伝えて僕はひとり校舎の方へ向かう。

 ──あとは祖父江くんたちが合流してくれるまで校舎周りに何もなければ……。

 見回りの担当が僕しかいないと言っても、校舎前は常に誰かの目があるのでこっちで問題行動が起こるとは考えにくい。危ないのは校舎裏の方なんだよなぁ、なんて思ったところで──学校の敷地ではまず嗅ぐことのないにおいが鼻を掠める。

 ──さすがに今はやめて……!

 そんな祈るような気持ちでそっと校舎の影から裏側を覗くと──数名の男子生徒がその場に座り込んで喫煙しているのが見えてしまった。

 ──よりにもよってこんな時に……!

 彼らはクラスは違うけど僕や祖父江くんと同じ二年生だ。とりあえずスマホのカメラを起動して喫煙の決定的瞬間をこっそり動画に撮っておく。

「──祖父江がさぁ」

 ある程度撮ったら近くの先生に報告しに行こうと思っていると、煙草を吸っていたうちの一人が徐に口を開いた。

「急遽リレーのトップバッターやるらしい」

「ま?」

「青春してるねぇ。陸部の時は超個人主義だったのに」

 ──祖父江くんの話してる……。

 ──陸部って……彼らは祖父江くんと同じ中学の陸上部出身ってこと?そういえば祖父江くんお昼休憩の時、同じ中学の人たちがこの学校にいるって言ってたな。

「なんか知らんけど腹立つな」

「分かる。そろそろ何かしらの不幸に見舞われてほしい」

「そんな君たちに朗報です。まずはこちらをご覧ください」

「何そのスマホ」

「お前のじゃなくね?」

 ──え?あれって……。

 男子生徒たちのうちの一人が得意げに掲げたスマホには見覚えがある。……祖父江くんがなくしたと言ってずっと探していたものだ。

「朝アイツのジャージから落ちそうになってたの見つけてさ、すれ違いざまに盗って来た」

「うわお前わっる!」

「先生ーっ、ここに不良がいまーす!」

「うわやめろし。吸殻とっとけよ、後でスマホ(これ)と一緒にその辺投げるから」

「あーそういう!?」

「敵にしたくないわお前っ」

 彼らが大笑いしながら祖父江くんのスマホを弄ぶ一方で、僕の背中には緊張が走る。

 ──彼らは盗んだスマホを使って祖父江くんに喫煙の罪を着せるつもりなんだ。

 ──実行される前に一部始終を撮影出来たのはまだ良かった……けど、あのスマホは早く取り返さないとだよな……。

 一度覗くのをやめて校舎の表を見渡すけど、近くにいるのは一年生や臨時で手伝いに入ってくれている三年の先輩方だけで、その人たちを巻き込むのも気が引けた。

 ──先生たちを呼びに行く暇もなさそうだし……。

 ──行くしかないのか、一人で……。

 ジャージのポケットに入れておいた、北川辺先輩に貸してもらった腕章を腕に滑らせるようにして装着する。心の中で3、2、1……とカウントして、ゼロになった瞬間──

 

「──動くなっ、風紀委員だ!」


 校舎の影から飛び出して精一杯に声を張り上げた。

「は……!?風紀委員!?」

「規則に則り君たちを指導するっ、まずはそのスマホをこちらに渡せ!」

「腕章着けてる、本物だっ」

「まずい、“あの”風紀委員長のところに目ぇ付けられた!」

 腕章を付けて風紀委員だと名乗っただけでこんなに恐れられるなんて、北川辺先輩の威力は絶大だ。生徒会の活動で校則違反をした生徒に注意を促すこともあるけど普段はこうはいかない。あの人が卒業するまでこの腕章使わせてもらえないかな……さすがに駄目か。

「くそっ、こうなったら──逃げろ!」

「見たことない奴だけどひ弱そうだし、全力で走れば撒けるぞ!」

「あっ、待て!祖父江くんのスマホ返してっ」

 ──いや見たことないわけはなくない……!?

 校舎裏のさらに奥へと駆け出す彼らをこちらも走って追い掛けながら、心の中でツッコミを入れる。同じ学年な上に生徒会副会長として全校集会の時とかにステージにも立ってるはずなんだけど、それでも見覚えない……!?まあ、見覚えあったらあったで風紀委員の腕章つけてるのを怪しまれるよな、北川辺先輩は僕の生徒会での存在感のなさも読んだ上で腕章(これ)を貸してくれたんだな……なんて一人納得した間に、男子生徒たちと僕の距離は縮まっていく。

「アイツ地味にはやい!」

「ふつうにはやい!」

「なんか超必死なのも誤算!!」

「唯一の友達の危機なんだから必死になって当たり前だろっ」

 ──この高校の中ではもちろん、小中合わせたとしても気軽にボーリング誘える友達なんて祖父江くんだけなんだぞ!

 ──あっ、あと祖父江くんが無実の罪着せられたら次の生徒会長の候補が僕しか残らなくなるのも嫌だ!!

 祖父江くんに比べれば全然だけど、僕も毎朝ジョギングしといて良かった……と男子生徒の一人の背中に手を伸ばすけど──すぐにまた距離が空いてしまう。

「ああっ」

 そうだよな、陸上部だった祖父江くんと同じ部活だってことは彼らも元陸上部だからかなり速いってことで……あれ、自分でも何言ってるかわかんなくなってきた……。ジョギングとは違う慣れない全力疾走に両足が重くなってきた頃、校庭の方から「東山!」と僕を呼ぶ声が聞こえる。……リレーの代走を終えた祖父江くんが来てくれたのだ。

「っ、祖父江くーん!緊急事態っ」

「すぐ行くっ、どこだ!?」

「校舎裏、部室棟の方ー!」

 走りながら出せる限りの大声で居場所を知らせると、数秒と経たないうちに背後から軽やかな足音が聞こえてくる。

「悪い、待たせた」

「祖父江くん!君と同じ中学だった人たちが煙草吸っててスマホもそこに……君に喫煙の罪を着せるつもりだっ」

「分かった、代われ!」

「うんっ」

 必死に走る僕の隣に平然とした顔で並んできた祖父江くんが掲げた手のひらを叩く形でバトンタッチした途端、ぎゅんっ、と一気に加速してその姿が一気に小さくなる。

「……祖父江!?」

「リレーに出てたんじゃ!?」

「ヤバい、追いつかれる!」

「お前ら、だるいことしてんじゃねぇぞ!」

 僕があれだけ走っていたのはなんだったのか……あっという間に男子生徒たちを行き止まりに追い詰めた祖父江くんは、震える彼らからスマホを取り返すのもそこそこに地面に落ちた煙草を箱ごとぐしゃっ、と踏み潰す。

「こんなもん高校入ってから吸ってねぇわボケ!!」

 高校入るまでは吸ってたの……?なんていうのは野暮なツッコミだろう。祖父江くんよりだいぶ遅れて行き止まりに到着した僕は、呼吸を整えながらお礼を言う。

「はぁ、はぁ、ありがとう祖父江くん……はぁ」

「いやこっちの台詞。お前が追いかけてくれなかったらとんでもない疑惑かけられてたわ、さすが俺の右腕」

「へへ……。そうだ、リレーはどうだった?」

「めっっちゃ差広げてバトン渡してきた。最後までは見てないけど勝てたんじゃね?」

「さすがです……」

「──東山、そこにいるのか!?」

 僕の息が整ってきた頃にこちらへやってきたのは生徒会顧問の先生だ。

「煙草のにおいがするけどどこから──ああ」

 こちらの様子を見に来てくれたらしい先生はすっかり意気消沈している男子生徒たちを見て合点がいったと頷く。

「まったくお前らは……学年主任のところに行くぞ。とりあえず校舎裏(こっち)は一旦閉鎖しとくよう北川辺に伝えておくから、東山と祖父江は表で休んでてくれ」

「はい」

 喫煙した男子生徒たちを連れ立って歩く先生の後を付いて、僕と祖父江くんも校舎裏を出る。

 ──祖父江くんが無実の罪を着せられるのを未然に防げたし、僕にしてはまあまあやれた方なんじゃないか?

 ──今日は特にこれと言ったポンコツもやらかしてないし、いつもこうなら良いんだけどなぁ。

 ──うーんでも、何か忘れてる気が……。

【──クラス対抗リレー、続いて女子の部が始まりました!まずは一年生圧倒的なスタートダッシュを決めたのは三組の──】

 校舎の表側に出たことで競技の様子を伝える放送委員のアナウンスがはっきり聞こえてくる。そうかもう女子のリレーが始まっていたのか、男子の方の結果はどうなったんだろうと気になったところで──

「──あぁーっ!!」

 ……僕はとんでもないことに気づいた。

 

「会長……もう走っちゃった……!?」


『今日だって、会長がクラス対抗リレーのアンカーやるって聞いて楽しみに来ましたっ』

『絶対見るので頑張ってください!』

 体育祭が始まってすぐ、恐れ多いことに僕と親しい人たちに嫉妬心を抱いたらしい安西会長に安心してもらうべく言ったことが思い出される。

 ──あんなに高らかに宣言しておいて見逃した……?恋人の高校最後の勇姿を……!?

 ──最後の最後に僕はなんというポンコツを!!

「あああ……」

「……おい東山、大丈──」 


「──東山っ!」


 あまりのショックにその場に膝をついてしまう僕を目の当たりにした祖父江くんが少し面食らったあとに手を差し伸べようとしてくれた後ろから、今一番顔を合わせられない人──つまり安西会長が駆け寄ってくる。

「会長……っ」

「体調不良か?それとも怪我をしたのか?救護テントまで我慢出来そうか」

「あっ、あの会長……っ」

 一応聞く態勢はとっているけど問答無用で僕を抱き上げて救護テントへ連れて行こうとする会長に、これ以上余計な心配をかけないために勇気を出して口を開く(というかこれお姫様抱っこってやつじゃないか、状況的にそんな場合じゃないのに胸が高鳴ってしまう……!)。

「すみません会長……っ、会長が走ってるところ絶対見るって言ったのに……僕、僕……」

「──ああ、そのことなら気にするな」

 僕の様子に治療の必要はなさそうだと判断したらしい会長は緊迫した表情から一転、柔らかい微笑みを見せてくれる。

「事情は先生方から聞いている。大変な中よく頑張ったな、俺たちの最後の体育祭を守ってくれてありがとう」

「会長……」

 僕を咎めるどころか労いの言葉までかけてくれた安西会長に感動で涙が出てきそうだ。でも泣いてる場合じゃない、こんなに真っすぐな気持ちをいただいたんだから僕からも何か伝えないと。

「……あの、会長」

「ん?」

「リレーのアンカーは見れなかったけど、今僕のために走って来てくれた会長……すっごくかっこよかったです……」

 声が聞こえやすいようにかこちらにこちらに顔を寄せてくれた会長に、自分の口に手を添えて内緒話をするようにそう告げると──なぜか一瞬固まったと思ったら僕を横抱きしたまま歩き出す。

「ちょいちょいちょいちょい」

 迷いのない足取りで校門の方へ向かう安西会長の前に、それまでことの成り行きを見守っていた祖父江くんが立ちはだかる。

「どこ行くんすか」

「一度自宅へ帰って彼をしまっておこうかと……」

「はぁ?なんすかそれ、会長って東山絡むとバカになりますよね」

「そっ、祖父江くんっ言葉遣い!」

 ──会長も会長で聞き捨てならないことを言った気がするけど……!

「──ああ東山くん、こんなところにいたのか!」

 息をするように暴言を吐く祖父江くんを嗜めるために声を上げる僕に、校舎裏の封鎖を終えたらしい北川辺先輩が声をかけてきた。

「君の大活躍、生徒会の顧問の先生から聞いたぞ!ソブエくんもよくやった、生徒会の二年生は良い人材が揃っていて安西が羨ましい!」

「だから俺、祖父江(そふえ)です」

 ジビエみたいに言うんじゃねぇ、と祖父江くんが低く呟く声が安西会長の後ろから聞こえて、北川辺先輩にも聞こえているはずだけど構わず話を続けようとしている。

「そこで私は考えた。──東山くん、君は私の次の風紀委員長にならないか?」

「……へ?」

「生徒会はソブエくんに任せておけば安泰だろう?話を聞くに君は喫煙をしていた生徒たちに毅然と対応したそうじゃないか。その腕章もよく似合っているしな!」

 北川辺先輩にそう言われてやっと、借りていた“風紀”と書かれた腕章を付けっぱなしになっていたことに気づいて光の速さで外す。

 ── 一年からやってる生徒会ですらいっぱいいっぱいなのに今から委員会変えて、しかも委員長になれって?

 ──荷が重いにもほどがある!ああっ、一時的とはいえ風紀委員に魂を売ったばっかりに……!

「他の風紀委員や顧問の先生には私から説明しておこう!」

「せ、せっかくのお話ですがそれは……」

「それはお断りだな」

「それはお断りっすね」

 自分からお断りをする前に、僕を横抱きしたままの安西会長とその後ろにいた祖父江くんが口を揃えてそう言い放つ。

「彼は生徒会になくてはならない存在だ」

「コイツ、俺の右腕になる予定なんで」

「……君を口説き落とすのは時間がかかりそうだ。また二人で話そう、東山くん」

 安西会長と祖父江くんを一度に相手取るのはさすがに分が悪いと思ったのか、あっさり引き下がって実行委員が拠点にしているテントの方へと歩いて行く北川辺先輩。……ところで僕ももうすぐ閉会式の準備に行かなきゃいけないんだけど、会長はいつ僕を降ろしてくれるんだろう。


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