走る。
◇◇
「東山先輩ー、ハードル走の片付け終わりましたぁ」
「ありがとう、君は確か次の競技に出るんだよね?あとはやっておくから行っておいで」
「委員長、南條 楓は参加しているかって問い合わせが何件か来ているんですけど今日はドラマの撮影でお休みですって言っちゃって良いんですか?」
「あっ、それ僕らが言うと情報漏洩になっちゃうから普通に会場は生徒の保護者しか入れませんとだけ伝えて。南條先輩にはSNSで注意喚起してもらうようお願いしとくから」
「東山くん、コスプレ競走に使う衣装の管理ってどこだっけ……?」
「それちょっとややこしくて、着ぐるみ系が軽音部でそれ以外は演劇部……で、その夢の国の耳カチューシャは校長先生の私物ね!」
「わっ、やばい保管場所間違えるとこだった……ありがとう!」
「ううん、また何かあったらいつでも聞いて。……あっ、そろそろA班の人達が競技の準備に入るのでB班は持ち場を代わってあげてくださーい!」
快晴に恵まれ、5月の風が心地良い土曜日。今日はうちの高校の体育祭の日だ。
──色々あったけどなんとか開催まで来れて良かった……!
まだ最初の競技が終わったところで油断は出来ないと分かってはいるけど、体育祭実行委員長としてみんなに指示出しさせてもらってる合間に僕はほっと一息つく。
──今年は例年とは違う季節の開催で、反対の署名をもらった時なんかはどうなることかと思ったけど……。
──始まっちゃえば、あとは終わるまで頑張るだけだ!
──それにしても……。
会場の見取り図が映されたタブレットを両手にこの後やる競技についておさらいしつつちら、と少し遠くを見遣る。
──会長、かっこよかったなぁ……!
僕の視線に気づいたのか他の先輩と話していたところをこちらへ向きふわりと微笑みかけてくれたのは、この学校の生徒会長で――畏れ多くも僕の恋人でもある、安西 修哉先輩。
開会式の際に生徒代表として高らかに選手宣誓をする安西会長を見た時は、威風堂々とはまさにあのお姿のことだと胸が熱くなった。
──学校指定のジャージ姿ですら気品があるってどういうことだ。
──たぶんあのまま何かしらのパーティーとかに出ても普通に通してもらえるぞ……。
「──東山くん!」
「はいっ!?」
安西会長の凛々しい姿に思いを馳せながらもそろそろ移動するかと足を踏み出したところで不意に声をかけてきたのは、この学校の風紀委員長で今日は体育祭実行委員会副委員長でもある北川辺 銀先輩。
「先ほど配布された分担表について話があるのだが今時間はあるだろうか!」
「は、はい」
時間はあるだろうか、なんて聞いてはいるけど僕の進行方向に立ちはだかり道を譲る気配のない北川辺先輩に諦めの気持ちで頷く。
「クラス対抗リレーの間に行う見回りだが、校舎側の担当に君が入っていないというのはどういうことだ?」
「そ、それはですね……」
プログラムの最後に行われる各学年のクラス対抗で行われるリレーは毎年体育祭の目玉として扱われており、実際出場する選手も実力はもちろん華もあって人気の高い生徒が揃っていて一番盛り上がる種目だ。……だけどその裏では風紀委員や先生たちの目を盗み落書きや喫煙──北川辺先輩風に言うと不純異性(まれに同性)交友も──などの問題行動が多発していて、特にそれらの行為が起きやすい校舎裏の見回りは体育祭実行委員の重要な仕事のひとつとなっている。
「この辺りは北川辺先輩のようにどんな生徒にも毅然と対応出来る人を配置すべきだと思いまして……」
「君こそその“どんな生徒にも毅然と対応出来る”者の筆頭だと私は考えていたのだがな。クラス対抗リレーで第一走者を務める私が抜けている間、留守を預けられるのも君しかいないと思っていた!」
「いえ全然まったくちっともそんなことはなくてですね……」
「君も生徒会長を志しているのなら絶対に経験した方が良い!」
──いやだから、生徒会長を志したことなんて一瞬たりともないんですってば!
いくつもの偶然が重なって生徒会内やこの北川辺先輩に“次期生徒会長の最有力候補”として扱われている僕だけど、本来はお世辞にも仕事が出来るとは言えずいつもギリギリのところで生徒会副会長の業務をこなしている。だからこれ以上身の丈に合わない過大評価をもらったり、逆に大事なところで何かとんでもないことをやらかして仲間の足を引っ張らないようにしたくて敢えて校舎の見回りを僕以外の体育祭実行委員で組んだわけだけど──……。
「私も風紀委員会委員長としてこの見回りを通して君に指南しておきたいことがいくつかある。この私がこんなに目をかけるだなんて、風紀委員の後輩でもなかなかないことだぞ。その意味が君に分かるかな?東山くん」
「は、はぁ……」
タブレットを持っていない方の僕の手を自分の両手でぎゅっ、と握り締めてくる北川辺先輩。身長差があり過ぎる僕への配慮のつもりなのか頭をこっちに寄せすぎて視界いっぱいに広がる華やかな美貌に胸焼けしそう……なんて思ったところで少し遠くから騒ぎ声が聞こえる。
「安西くん、君は一体何をするつもりなのかね?まさかとは思うがそのファイルの角で北川辺くんを仕留めに行く気じゃあ──気持ちは分かるがやめたまえ!!」
これは先ほども安西会長と話をしていた生徒会の書記兼会計の間壁先輩の声。謎の圧力で北川辺先輩の顔からそちらへ視線を移すことが出来ないけど、内容を聞くに鬼気迫る様子でこちらに来ようとする会長を間壁先輩が必死に止めているようだ。
──まずい、生徒会と風紀委員……もとい北川辺先輩と安西会長はあんまり仲が良くないから、因縁の相手と僕が手に手を取って仲睦まじく(?)してるところを見て会長怒ってるんだ……!
──北川辺先輩は僕が校舎の見回りに入ると言うまで解放してくれなさそうだ。でもそんな責任重大な仕事こなせるわけがない!
──というか、校舎側の見回りはもう適任の人を入れてあって──……
「──北川辺先輩」
──と、そこで北川辺先輩に握られていた手の上に別の手が伸びてきて、あっという間に引き剥がされる。見覚えのある褐色のそれと聞き馴染みのある声に、思わず顔を見る前にその名前を呼んだ。
「祖父江くん……!」
後ろを向いて確認するとそこに立っていたのはやっぱり、僕と同じく生徒会役員兼体育祭実行委員会の祖父江 明久くんだった。
180センチあるかないかくらいの長身に、中学で陸上部だった頃からの日課だという走り込みの賜物か余分な肉の付いていない引き締まった細身。校則で許されるギリギリを狙った明るさに染められたアッシュ系の短髪と生まれつきだと思われる褐色の肌は、生徒会の後輩たちがよく言っている“ワイルド系イケメン”という言葉がしっくり来る顔立ちによく似合っている。
「俺が東山に言ったんす。リレーの間の校舎裏はマジで治安悪いし、俺みたいな見た目の奴がいた方が良いんじゃね?って」
「ふむ。確かに君のような風貌の者が目を光らせていれば問題行動の抑止に繋がりそうだが……」
僕の持っていたタブレットに表示された校舎の図を指さしながら祖父江くんが言うと、顎に片手を添えて小さく頷く北川辺先輩。
「正直、君では役不足だとは思うが──そこまでの熱意があるのなら経験させてみても良いだろう。私の職務の妨げにならないようにだけ頼むよ、ノドブエくん」
「祖父江っす」
「ふっ。私に名前を覚えられたいのならそれなりの功績を残さなければな。それでは東山くん、次の競技が近いので私は失礼するよ」
「は、はいっ」
僕の方にだけ軽く手を上げて、今日のためにグラウンドに設置された入場門の方へ優雅に歩いていく北川辺先輩の背中を凝視していた祖父江くんが徐に口を開く。
「……東山」
「ん?」
「北川辺の喉笛掻っ切ってきても良いか……?」
「だっ、ダメダメダメダメ!」
口では僕にお伺いを立てながらも迷いなく北川辺先輩に突進して行こうとする祖父江くんにしがみついてブンブンと首を振る。
「今祖父江くんが捕まったら誰が校舎側の見回りやるのっ!?」
「いや、ほんとにそうなったら体育祭自体中止になるわ」
僕の必死の形相に軽くチョップを落とす形でツッコミを入れる祖父江くん。
僕が言う“校舎側の見回りの適任”とはこの祖父江くんのことで、さっき彼は僕を庇うために北川辺先輩には見回りは自分から申し出たことにしてくれたけど、実際は参加競技を決める段階で僕が頼み込んで調整してもらったのだ。
「今日はほんとにありがとう、一昨日言った通り安西会長には次期生徒会長はぜひ祖父江くんを!って推薦しておくからね……!」
「生徒会長は別にどうでもいいわ」
「どうでも良くないよ……!僕にとっては最優先事項なんだからっ」
そう。僕が祖父江くんを校舎周辺の見回りに入れたのは、彼の見た目や性格が問題行動の牽制になるという以外にもうひとつ大きな意味があった。
──この見回りで祖父江くんが評価されれば、自然に彼を次の生徒会長に推すことが出来る……!
祖父江くんはちょっと血の気が多くて愛想も良い方じゃないけど、僕じゃ思いつかないような大胆な発想力や今回みたいに校舎周辺の見回りを頼んだ時二つ返事で了承してくれたりなどの情の厚さには何度も助けられた。生徒会の二年生は全部で四人いるけどあとの人たちは部活やバイトといった役員以外の活動で忙しい中、生徒会一本でやっているのは僕を除けば祖父江くんだけで、そう言った意味でも彼こそ次期生徒会長として適任なのだ。
体育祭実行委員の仕事でも特に責任重大とされる校舎裏の見回りを“あの”北川辺先輩といっしょにこなしたとなれば安西会長も祖父江くんを注目するはずだから、僕も自然と彼を推すことが出来るというわけだ。……なんてまるで前から計画してましたみたいに言ってみたけど、僕がこのことに気づいたのは祖父江くんを校舎周辺の見回り担当に入れた後……もっと言うと一昨日のことである。
「あ、俺が生徒会長になるにしてもあんま難しいことは分かんねぇから、約束通りお前が右腕として動いてくれよ」
「もちろん!」
横目でこちらを見遣る祖父江くんに身体全体を使って頷く。一昨日祖父江くんに次期生徒会長の話を持ち掛けた時、実際そうなった場合僕は彼の右腕……この場合は生徒会副会長として支えると約束したのだ。まぁ分からないなんて言ってるけど祖父江くんは要点さえ伝えればちゃんと考えて動いてくれる人だし、僕はそのフォローをしつつあとは今年と同じようにやれば問題はないはずだ。咄嗟に思いついた割には完璧なプランだ、僕みたいなポンコツをトップにしなくて済むんだからこの学校の未来は明るい。
「生徒会長にならなくて済むなら右腕だけと言わず祖父江くんの全身にだってなるよっ」
「それ俺乗っ取られてね?……正直意外だわ、東山は生徒会長やりたいんだと思ってた」
「僕はたぶん人の上に立つとか向いてないから……。こっちこそこんなにすんなりお願い聞いてもらえると思わなかったよ、生徒会長もそうだけど見回りも祖父江くん去年のリレーでアンカーやってたし今年も出るつもりなのかと――」
「──アキちゃん!」
──と、近くで誰かを呼ぶ声が聞こえて、それに祖父江くんが振り返ったのでアキちゃんとは彼の下の名前からくる愛称かと気づく。
「良かった、やっと会えた。アキちゃん電話に出ないんだもの」
ほっとしたように祖父江くんの傍へやってきたのは年配の女性。涼やかな目元が心做しか祖父江くんに似てると思えば、彼が「ばあちゃん」と呼んだことで合点がいった。
「東山、俺の父方のばあちゃん。ばあちゃん、コイツ東山」
「はじめまして。明久くんにはいつも仲良くしてもらってます」
「あらあらあら礼儀正しいお友達ねぇ」
紹介されてから挨拶をすると朗らかに笑って応えてくれる祖父江くんのおばあさん。うちの高校の体育祭は生徒の身内限定で校外のお客様の受け入れもしているけど、実際来るのは三年生の保護者の方々くらいなので二年生を見に来る家族は珍しい。
「ばあちゃん……俺今年はリレーに出ないって言っただろ?」
「そう……。残念ねぇ、アキちゃんとっても速いから周りが放っておかないと思ったんだけど……」
「100m走には出るからそっち見てけよ。ああほら、父ちゃんが探してる」
「あらほんと!じゃあおばあちゃんはあっちから応援してるから。お友達も頑張ってね」
「ん」
「ありがとうございます」
「来年は絶対にリレー出てね、アキちゃん」
「分かったって」
いそいそと来場者席の方へ戻っていくおばあさんと、遠目で見えた祖父江くんのお父さんだと思われる男の人にも軽く頭を下げ──そこで僕ははた、と気づいた。
──そういえば去年の体育祭で祖父江くんがリレーのアンカーを走った時、おばあさんは見るのを楽しみにしてたけど高熱が出たとかで来れなくなったってちらっと聞いたような……。
──え、それってもしかして……。
「そそそ祖父江くんっ、もしかして僕が見回り頼まなかったらリレー出るつもりだったんじゃ……っ」
「……あー」
震えながら縋るように祖父江くんを見ると罰が悪そうに視線を逸らされる。
最初見回りを頼んだ時祖父江くんは『どうしても出たい種目があるわけじゃないし』と言っていた。……だけど本当は、去年来れなかったおばあさんのためにリレーに出るつもりだったんじゃないか。……それを、僕の頼みを聞くために予定変更したってこと……!?
──自分が見回り出来ないからって僕はなんて罪深いことを……!
心の中で跪いておばあさんに懺悔する僕を横目に、祖父江くんは首に手を引っ掛けながら何か考える仕草をしたあとに口を開く。
「……俺陸部辞めてから卒業まで結構荒れてて……ばあちゃんにもすげえ迷惑かけた。そんな俺が生徒会で大事な仕事任されたって知ったらばあちゃんめちゃくちゃ喜んでくれんなって。会長にも評価されんならなおさら悪い話じゃねぇって思ったから引き受けただけ」
「そ、そうなの……?」
「そーなの。……お前いちいち気にしすぎ」
「みぎゃっ!?」
気にしすぎ、と言い終わらないうちに僕の脇腹に伸びてきた祖父江くんの手が、容赦ないくすぐりを仕掛けてくる。
「ちょっ……脇腹弱いんだって……あははっ」
「だからやってんだよ。おら、食らえ」
「あははははっ、ダメだって……っ」
後ずさって逃げようとする僕をくすぐっていない方の腕でホールドして追撃してくる祖父江くんにされるがままになっていると。
「楽しそうだな、二人とも」
不意に背中に掛けられる凛とした声。
「……っ、か、会長……!」
さっきまで少し遠くで間壁先輩に制止されていたはずの安西会長がいつの間にかこちらへ来ていたのだ。……祖父江くんへの罪悪感で会長を怒らせてしまったことをすっかり忘れていた。
「その調子で体育祭の運営の方もしっかり頼むぞ」
「……っす」
「はっ、はい!」
どこか嗜めるような言い方にあれ、もしかして実行委員の仕事をサボって遊んでると思われてる……?と心配が過ぎる。
──違うんです会長、じゃれ合ってはいますが僕らちゃんと時計気にしながらやってます……!
心の中で言い訳をしていると祖父江くんも同じことを心配したのか、「俺そろそろ見回りの時間だから行くわ」とあっさり僕を解放して背を向け──る前に思い出したように声を上げる。
「あーそうだ。俺のスマホ知らね?ジャージのポケット入れてたんだけど、来賓テントの方見回りしてる間に落としたっぽい」
「見てないけど、これから挨拶回りでそこ行くから探しておくよ」
「さんきゅ」
「俺も見かけたら拾っておこう」
「すんません」
会長に軽く頭を下げると今度こそこちらに背を向けて担当場所の方へ走っていく祖父江くん。……会長と二人きりになったことに気づいて北川辺先輩と手に手を取り合っていたことを咎められるかもとこっそり身構える。
「祖父江と何の話をしていたんだ?」
だけど僕にそう問いかける会長の声はいつも通り穏やかで、内容も北川辺先輩のことではなかった。
「クラス対抗リレーの間の段取りについてちょっと……」
「そうか」
──別に嘘は言ってないよな……。
僕が生徒会長にならないための作戦の話をしてました、なんて言えるわけがないのでぼかして答えるけど、会長はその詳細について気にした様子はない。
「祖父江と随分仲が良いんだな」
「まぁ……一年生から生徒会だけじゃなくてクラスもいっしょですし、友達だって僕は思ってます」
「自信を持っていい。祖父江は俺や他の役員の前では口数が少ないが、君といる時は本当に楽しそうだ」
「そうだと嬉しいんですけど……」
「休日なども二人で遊びに行ったりするのか?」
「あ、そうですね。ゴールデンウィークもボーリング行ったりして──」
──ん?会長が祖父江くんを気にしている……?
──これはチャンスかも……!
「祖父江くんは誤解されやすいけどほんとに良い人なんです。頭の回転も速くて困ってたらすぐ絶妙な案をくれますし、今回の校舎周辺の見回りも祖父江くんならしっかりやってくれると思って組──……ひぅっ!?」
今祖父江くんをそれとなく推しておけば会長も僕より有能な後継者候補がいるんだって気づいてくれるかもしれない、と早速彼について熱く語ろうと並べた言葉はすぐに変な悲鳴で途切れた。……突然安西会長が僕の脇腹をつつ……と撫でたのだ。
「か、会長……!?」
「……すまない」
なぜか耳を赤くして気まずそうにこちらから目を逸らしている会長に衝撃を隠せない。今僕をくすぐろうとした?会長ってそういうことするキャラだったんだ……!?
「な、なぜにこのようなことを……?」
「……君が」
「僕が……?」
「君が、祖父江のことばかり話していたからつい。……彼と二人で話している時も、俺には見せないような顔をしていた」
「……へ」
「俺の恋人はどうも人気があり過ぎて困る。差し当たって警戒すべきは北川辺だけだと思っていたが、祖父江ともああも距離が近いとは」
「あ、あ……」
こちらに表情を隠すように俯いたまま僕の質問に答えて──ついでとばかりにそう付け加える会長に、僕の耳も急速に熱を持っていく。
──こ、これってヤキモチってやつだよね……!?
──あの安西会長が、僕と親しい人にヤキモチを妬いている……!!
安西会長とお付き合いが始まってもうすぐ一ヶ月。信じられなさ過ぎて定期的に『実はすべては僕の妄想なのでは……?』なんて不安が掠めていた僕にとって、不意打ちで向けられた矢印は強すぎる。両手で顔を覆ってその場をのたうち回りたくなるけど、会長の不安を少しでも軽くするためどうにか言葉を探した。
「えっと……祖父江くんは大事な友達ですし、北川辺先輩もなんだかんだで尊敬してますけどっ、僕が恋人としてお傍にいたいって思ってるのは安西会長だけです!」
「東山……」
「今日だって、会長がクラス対抗リレーのアンカーやるって聞いて楽しみに来ましたっ。絶対見るので頑張ってください!」
「……ありがとう」
胸の前に両手で拳を作りながらそう言うと、ゆっくりと顔がこちらに向けられてそれまで見えなかった会長の表情があらわになる。耳にはまだほんの少し赤みが残っていたけど、形の良い口元は緩やかな笑みを浮かべていた。
「それなら何がなんでも勝たないとな。俺たちがリレーに出ている間、会場のことは任せたぞ東山」
「はいっ」
──そうだ。会長にとってはこれが高校最後の体育祭なんだから、余計な心配はかけないように頑張るぞ!
胸の前に掲げていた拳を少し上にあげて返事をしながら、僕はそう心に誓うのだった。
◇◇
「……頑張り過ぎた……」
「おー、おつかれ」
午前中最後の競技が終わり、お昼休み。
各自空いたところで持参した昼食を食べ始めている中、校庭の隅の木陰に腰を下ろして休んでいる祖父江くんの隣へ命からがらやって来た僕はすぐさま座り込んだ。
「祖父江くん、100m走ぶっちぎりだったね……びっくりしちゃった」
「ばあちゃんはやっぱリレーが見たかったってむくれてたけどな。東山も、コスプレ競走一位おめでとさん」
「ありがと。当たりを引けたみたいで良かったよ」
本音を言えば体育祭実行委員の方に専念したかったけど、うちの学校では全員最低ひとつは競技に参加しなければならないという決まりがあるので、僕はスケジュール的に一番都合の付きそうなコスプレ競走に参加した。その名の通りくじを引いて当たったコスプレをしてゴールまで走るっていう競走なんだけど、僕は某夢の国の耳カチューシャ(校長先生私物)を引き当てたので、他の競争相手たちが着ぐるみやらドレスなどを着るのに苦戦する一方で頭に装着するだけで楽にゴール出来た。……それはそれとして似合っているわけじゃないから、うっかり安西会長に見られてないのを祈るばかりである。
「そういえば、祖父江くんスマホ見つかった?来賓テントの方には落ちてなかったけど……」
「それがどこにもねぇんだよな。これ食ったらまた探しに行くわ」
「すごい落ち着いてるね……」
「ロックかけてっから悪用されることはないだろうし」
話してる間に結構な大きさの焼きそばパンを二口くらいで平らげた祖父江くんは、空の袋を小さく縛るとその場から立ち上がる。
「確かこの後はクラス対抗リレーが始まって最初は俺と風紀委員顧問の先生で校舎周辺を見回り、北川辺先輩が走り終わって合流したらリレーが終わるまで三人で校舎裏を見に行くんで合ってるよな?」
「そうそう。北川辺先輩は第一走者だから走ったらすぐ来てくれるって」
「北川辺は別にいなくて良くね?」
「そんなこと言わないであげて……。ちょっとクセはあるけどなんだかんだ後輩のこと気にかけてくれるし良い人なんだよ?リレー中の校舎裏は毎年素行の良くない生徒が占領して危険だって聞くし、三年生がいた方が心強いって」
「素行の良くない生徒ねぇ。そういや俺が陸部だった時にいたろくでもねぇ奴らも学校来てたって最近知って──……」
「──東山副会長っ、祖父江先輩っ!」
祖父江くんが次の話題に移ろうとしたところで僕らのことを呼びながらこちらへ走ってきたのは、生徒会役員の一年生の小川さんだ。
「小川さん?」
「どうした」
「たっ、大変です……!」
両膝に手をついて肩で息をしながら、絞り出すように小川さんは言う。
「体育祭実行委員の一年生が……全員いなくなりました!」