泣く。2
◇◇
「嘆願書……ですか?」
次の日。四時間目の授業が終わりみんながいそいそとお昼ご飯の準備をはじめる頃、教室の前までやってきた北川辺先輩に渡された紙の束を両手に持った僕はぽかん、と彼を見る。
「ああ!先ほどの授業が終わるなりクラスメイトがこれを渡してきた。彼女はどうやら私が体育祭実行委員の委員長だと思っているらしい」
【体育祭実行委員会委員長様 体育祭開催時期についての嘆願書】
内容はそんなタイトルの通り、体育祭の開催を5月ではなく例年と同じ10月にしてほしいという旨の要望書とそれに賛同する数名の署名。
「どうして今になってこんな……」
束を一枚ずつ捲って内容に目を通しながら首を傾げる。今日は水曜日で、体育祭は今週の土曜日だから今これを出してきても検討する時間はない。そんなことは向こうも分かっているはずなのに。
「本番が近づくにつれ、例年と違うことの違和感に我慢出来なくなったのだろう。もちろん今すぐ日程を変えることは出来ないが、規則に則り早いうちに回答書を作成しなければならない。放課後になったら情報処理室で落ち合おう」
「承知しました……」
「私が拠点にしている生徒指導室にはパソコンがなくてな……こういう時は不便だよ。それでは私はこのまま購買へ向かうので失礼するよ、ヒガシマルくん」
「はい、お手数おかけしました」
相変わらずこのヒガシマルくん呼びに慣れなくてムズムズする……けどこの北川辺先輩は自分が気に入った生徒か、安西会長みたいによほど敵対心のある相手の名前しか覚えないので言うだけ無駄だし、万が一僕の本名を覚えられることがあれば生徒会と敵対する風紀委員会の現トップに気に入られたということで次期生徒会長という肩書きが不動のものになってしまう。それは困る……下手に訂正しないでうどんスープに徹しよう……おいしいし……なんて思っているうちに、北川辺先輩はこちらに背を向けて行ってしまった。僕も昼食を持って生徒会室へ急がなければ。
「──失礼します」
「来たか、東山」
僕が生徒会室のドアを開けて中に入ると、安西会長は既にお弁当を広げているところだった。
「昼休みに君の顔が見られるとは新鮮だな。そうだ、これを先に渡しておこう」
そう言って会長が僕に差し出したのは、昨日言っていたアンケートに関するマニュアルと思われるプリント用紙。
「わざわざありがとうございました。……すごい、一年生の時に作ったとは思えない出来栄えですね」
一年生の時に作ったものなので拙い出来だなんて聞いていたけど、軽く目を通しただけでも言いたいことが伝わって分かりやすい。
──これなら会長の解説を聞かなくても大丈夫そうだ。
──代わりに、あの嘆願書のこと相談してみようかな……。
「ああそれは、昨日見つけたものを元に作り直した」
「えっ」
ここは学校で、昼休みとは言っても今なら仕事の相談をしても不自然じゃないはずだしと『実は……』と嘆願書を見せようとした手はそう切り出した会長によって止まった。
「ここで俺の解説の手間が省ければ──君と他の話が楽しめると昨夜思いついて」
「……っ」
どこか照れくさそうに言う会長に、咄嗟に後ろに隠した嘆願書を握り締める僕。
──安西会長は恋人として僕とお昼を過ごすつもりでここに来ていたんだ。
──なのにここで署名のことを相談したらまた仕事の話かとがっかりされてしまうかもしれない。
──でも会長ならきっと良いアドバイスをしてくれるはずだし……。
『二人で会ってる時も仕事の話しかしなくてさー、鬱陶しいからさっきメッセ送って別れた』
『あー……。別に仕事の話なら付き合ってなくても出来るじゃんね』
『ねー、ほんと付き合った意味なかったわ』
昨日の帰り道、僕の前を通り過ぎた女子生徒たちの会話が思い出される。彼女と安西会長は別の人間だ。だけど、同じことを安西会長も思っていると言われれば納得できる気がした。
──このまま生徒会や体育祭のことばかり話していたら、付き合った意味がないって振られてしまう?
──だけど何をするにも準備に手間取ってしまう僕は、他の話を楽しみたいという会長に今すぐ応えることが出来ない。
──そもそもの話、体育祭を五月開催にするという僕の提案は間違っていたのだろうか。あの嘆願書には数名分の署名しかなかったけど実はそれが全校生徒の総意だとしたら?みんなが納得してくれるようにもっと準備に時間をとるべきだった?僕さえうまく動ければ、会長の知恵を借りる必要はなかったはずで──……。
「……東山……!?」
あれこれ考えを巡らせているうちに──……気づけば目から涙がぼろぼろこぼれ落ちていた。そんな僕に、珍しく慌てた様子の会長が傍へと駆け寄ってくる。
「どうした?何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか」
「……です……」
「ん?」
「ぼ、僕っ……仕事以外で面白い話とか出来ないけどまだ別れたくないです……っ、捨てないでくださいぃ……!!」
「君は何の話をしているんだ……!?」
困惑を隠しきれないながらも、安西会長は自然な動作で制服のジャケットのポケットからハンカチを取り出して、止まる気配のない涙を拭ってくれる。
「もしやこれは遠回しな別れ話で捨てられるのは俺……?いや東山に限ってそんな……致し方ない、駄々をこねるなんて柄ではないが彼を繋ぎ止めるためなら──いや今は事情を聞くのが先か」
何やら小声の早口が聞こえてくるけど、しゃくり上げながら泣き続ける僕の耳は詳細までは分からない。
「……とにかく、何があったのか落ち着いてひとつずつ話してくれ。大丈夫だ、どんな内容でも俺が君を見限ることはない」
ここで僕の両肩に手を置いて、小さい子供を諭すように問いかけてくる会長は、いきなり目の前で泣き出した僕に幻滅した様子はなさそうだった。そして僕は話した。体育祭を例年と同じ秋の開催にしてほしいという旨の嘆願書が来たこと、自分が進めていた5月に体育祭を開催するという試みは果たして正しかったのかと疑問に感じてしまったこと。──せっかく会長と恋人同士になれたのに、僕が話す内容といえば体育祭実行委員のことばかりでこれでは付き合った意味がないんじゃないかと思ってしまったこと。
「……そうだったのか」
相槌を打ちながら真剣に耳を傾けてくれていた安西会長は、僕の話が終わったタイミングで静かに頷いた。
「何から答えれば良いのか悩むがまずは……すまなかった。君をそこまで悩ませていたとは、責任は俺にある」
「そんなっ、会長は何も悪くないです……!」
そう深々と頭を下げてくる会長に涙も瞬時に引っ込み、「頭を上げてください!」と声を上げる僕。
「僕が勝手に考え過ぎただけです……っ」
「……君には悪いがそれについては否定しないでおくぞ。次からは不安に感じた時点で直接俺に聞いてくれ」
「はい……」
「君の常に注意深く行動するところは美点だが……思慮深いというのも良いことだけではないようだな」
「……」
余談だけど生徒会の広報誌に載せる安西会長の書いたアンケートによると、好きなタイプは“思慮深くお互いに高め合える相手”らしい。なぜか会長は僕のこともそう思ってるらしく、どうやら今の思い詰めてガチ泣きするというのも思慮深いの判定で良いそうだ。
「会話については、元々生徒会という括りで出会った俺たちなのだから仕事の話ばかりなのは仕方ない。その他の話題は恋人として過ごすうちに自然に出てくる。そして……」
ここで会長は持っていたハンカチを僕の手に持たせ──代わりにその指で未だまつ毛に残っていた涙をそっとすくい上げた。
「普段は隙を見せず気丈に振る舞っている君の、こんなにいじらしい一面が見られたんだ。恋人になった意味は大いにある」
「安西会長……」
「とはいえ、泣き顔はさすがに心臓に悪い。出来れば昨日の帰りにしてくれたようなはにかんだ笑顔をもっと見せてくれ」
「……はい……」
本音なんだろうけどどこか芝居かかった口調で心臓に悪い、と言われ返事をしながらも思わずふふ、と笑みがこぼれる。
──そうか。僕だって会長があんなに慌ててるところなんてお付き合いする前なら想像もつかなかったわけだし、恋人同士だからこそ見れるものや聞けることがあるんだ。確かにそれは、意味があることなのかもしれない。
「しかし──まさかこれほどまで追い詰められていたとは。東山と和歌でやりとりする日を夢見て古語辞典など買っている場合ではなかった……」
「会長、何か仰いましたか?」
先ほどと同じく早口で捲し立てるように喋り出した会長に首を傾げると、「いや、ただのひとりごとだ」と返って来る。意外とひとりごとが多いタイプなんだというのもお付き合いしてから知ったことだ。あと無性に『いや趣味で和歌を詠んだわけじゃないですから!!』と叫びたいのはどうしてだろう……会長からしたら不審でしかないから絶対やらないけど。
「──さて、昼休みも限りがあるので落ち着いたのならその嘆願書というのを見せてくれないか?」
「あっ、はい!」
ここで少し前に脇にある机に避けておいた、僕が握りしめたことでしわが寄ってしまった嘆願書を会長に渡す。
「体育祭の開催時期を例年通りの秋に戻してほしい、という内容だったな」
「はい。今日のお昼休みに北川辺先輩のクラスメイトが渡してきたそうです」
「今日?随分と急だな、体育祭は3日後だというのに」
「僕もそこが疑問だったのですが、北川辺先輩は直前になって違和感が拭えなくなったのだろうと。あと個人的には、要望の大きさの割に署名が少ないのも気になっていて……」
「ああ。本来このような署名はなるべく多くの生徒に募ろうとするはずだが──待てよ、この名前は……」
「名前?……あっ、ソーシャルメディア部!」
ソーシャルメディア部──新聞部とパソコン部が統合して去年の春から出来たその部は、校内で人気のある生徒や先生の根も葉もない噂を明らかに悪意のある記事にして部で運営するSNSアカウントに投稿するため時折風紀委員と揉めており、生徒会にとっても悩みの種のひとつである。そんなSM部の部長の名前が、嘆願書の署名の中に紛れ込むように書かれていた。
──あの目立ちたがり屋の人が署名の発起人にもならず、こんなにひっそり名前を書くなんておかしくないか?
── 一番最初に体育祭の五月開催に対する不満の声が上がったのも、この部を通じてだった。
──あと確かSM部の部長って、つい先月も変な記事を書いて北川辺先輩に厳しめの風紀指導を受けてたよな……。
「──……!会長、もしかしてこれって──」
「東山も気づいたか」
二人で嘆願書を覗き込んでいた状態からがばっと顔を上げると、同じタイミングで気づいたらしい安西会長と目が合った。
「放課後北川辺と落ち合うと言っていたな?俺も同行させてもらおう」
◇◇
放課後の生徒指導室。普段は風紀委員会──主に北川辺先輩の拠点となっているそこの机に、分厚い遮光カーテンによって薄暗い中をライト片手に忍び寄る影。
「──動くな、風紀委員だ!」
「なっ……!」
北川辺先輩がそう声を上げながら電気を点けると、僕らが想像していた通りの人物がびくっ!と肩を跳ねさせるのが見えた。
「ソーシャルメディア部部長……私のクラスメイトを通して嘆願書を寄越したのは君だな?」
「北川辺……!?お前はいま回答書を作っているはずじゃ……」
「まずは質問に答えろ」
「……くそっ!」
出入口の前を塞ぐ北川辺先輩の威圧感に怯んだ彼はもうひとつの扉から逃げ出そうとするけど、そこには安西会長が立ちはだかる。
「すまないな、こちら側には俺がいる」
「安西……!?なんでお前がっ」
「あのお粗末な嘆願書のおかげでただでさえ忙しい俺の後輩の仕事が増えた。落とし前はつけてもらうぞ」
「……っ、というか北川辺!お前回答書はどうした!嘆願書が来たら早めに回答書を出さないといけない決まりだろう、まさか風紀委員長のお前が規則を守らないとは──」
「──回答書なら出来ています!」
最初からその場にいたのにも関わらず3年生たちの勢いに気圧されて入っていけず、回答書の話になってやっと声を上げることが出来た僕は、その勢いで両手に持っていた紙を彼に見せる。
「こちら僕が作成した回答書です。確認お願い致します!」
「彼に感謝すると良い。嘆願書を出した者は返事を心待ちにしているだろうからと、体育祭実行委員長として昼休み返上で作ったそうだ」
「誰だそいつ……体育祭の実行委員長は北川辺じゃなかったのか……!?お前みたいな頼りなさそうなのが実行委員長なわけないだろっ、俺を馬鹿にしやがって!!」
「うわぁっ!?」
僕が体育祭の実行委員長であることを信じられなかったらしい彼は、腹いせのためかこちらに向かって腕を振り上げてくる。殴られる!と身構えたけど、その拳は僕の元に届く前に安西会長が腕ごと掴んで捻り上げた。
「痛い痛い痛い!」
「俺がいる限り彼には指一本触れさせない」
「会長……っ」
躊躇なく助けに入ってくれた凛々しい姿に密かにきゅん……と胸を高鳴らせる僕を後目に、掴んだ彼の腕を背中に回した状態で北川辺先輩の方へと突き出す会長。
「貴様が私の使う机を荒らそうとし、さらに回答書を作るという責務を全うしただけの後輩に拳を振りかざした姿──しかと動画に収めたぞ」
「北川辺お前っ……」
「心配するな、このことは教師陣には報告せずここにいる四人だけの秘密にしておいてやる。……君がおとなしく私の“提案”を受け入れるなら、だが」
「くっ……!」
安西会長に腕を離されバランスを崩してその場に膝をつくソーシャルメディア部部長と、動画を収めたというスマホ片手に勝ち誇った笑みを浮かべながら彼を見下ろす北川辺先輩。
──なんかここだけ見てると北川辺先輩の方が悪役みたいだな……。
そう思いながら何の気なしに隣を見れば、安西会長も同じことを考えていたらしく小さなため息を漏らしていた。
◇◇
──体育祭の開催時期の変更を訴えていたあの嘆願書は、北川辺先輩に個人的な恨みを持つソーシャルメディア部部長が仕組んだ罠だった。
ああして体育祭の本番直前に出すことによって急いでパソコンのある教室で回答書を作ろうとする北川辺先輩の隙をついて、生徒指導室の机をあさって弱みを探すつもりだったのだろう。
嘆願書の署名の中にSM部部長の名前が紛れ込んでいたことからその計画に気づいた僕と安西会長は、昼休みのうちに北川辺先輩に知らせて放課後になったらパソコン室ではなく生徒指導室へ3人で落ち合おうと決めたのだった。
「今回ばかりは助かったぞ安西。この机は今日に限ってあまり人目に触れたくないモノが入っていてな……SM部部長の目に留まれば私の風紀委員長としての立場が危ぶまれるところだった」
「学校の備品に何を入れているんだお前は……」
「秩序を守るためには多少の汚れも必要というだけのことさ。そうだ、君は昼休み返上で回答書を作ってくれただろう。今日はここで上がって休養に充ててくれ」
「……ありがとうございます」
北川辺先輩の“提案”とやらを受け入れ(させられ)、僕に暴力を振ろうとしたことについては後日個人的に制裁をすると安西会長に宣言され顔から血色の消えたSM部の部長を生徒指導室から解放した後。何も起こらなければ今日は体育祭実行委員の仕事が控えていたところだけど、気を遣ってくれたらしい彼にそう言われてお言葉に甘えることにする。
「しかし──体育祭実行委員長として奔走していたのにも関わらず情報収集に長けるSM部の部長にすら認知されていないとは、君は本当に影が薄いな!」
「ははは……」
先ほどの大立ち回りのせいで少し荒れた室内を整頓している北川辺先輩にそう茶化され、苦笑いで答える僕。影が薄く集団に埋もれやすいのは僕が一番よく分かっているつもりで、生徒会のみならず体育祭実行委員会の面々も美男美女揃いだと知った時の虚無感はこの人には分かるまい。──うわ、ちょっと北川辺先輩の口調が移っちゃってる……。
「だがあの回答書は素晴らしい出来だった。下手なものを出せば“誠実な対応じゃない”などと難癖をつけられる危険もあった中、短時間でよくやってくれた」
「そんな、北川辺先輩がフォーマットを送ってくれたおかげです」
「謙虚なところも好ましいぞ。……おっと後輩から電話だ。君は引き続き寛いでいてくれ、安西は帰っても構わないぞ」
「お前と東山を二人きりにするわけないだろう」
「おやそれは残念」
少しも残念そうじゃない様子で軽く肩をすくめると、北川辺先輩は鳴り響くスマホを取り出して電話に出る。
「──私だ。ああ、詳細は伏せるがその件はソーシャルメディア部が協力を快諾してくれた。……脅しなどしていない、生徒会副会長の東岡くんのおかげだよ」
──いやめちゃくちゃ脅してたじゃないですか。
「──嘆願書の件は体育祭の運営に直接の影響はなさそうだな」
心の中でツッコミを入れるのもそこそこに、いつの間にか呼び名がヒガシマルから本名の東山に近づいてしまったことに気づいて絶望していると、隣に立つ会長が耳打ちしてくる。
「そういえば、君が体育祭の五月開催にこだわる理由をちゃんと聞いていなかったな。文化祭の直後だとあまり盛り上がらずに終わるからとは言っていたが、それだけではないだろう?」
──うわぁああ未だにこの囁きには慣れない……!
──今に関しては全然恋人っぽい内容じゃないのに、油断すると赤面してしまう!
足元に散乱していた文房具を拾い上げて机に戻すことで心を落ち着けてから、「それは……」と口を開く僕。
「入学直後のこの時期だったら、生徒会と風紀委員の関係にピンと来ていない一年生たちが体育祭の運営を通じて仲良く出来るんじゃないかと思って」
体育祭当日は実行委員が中心になって動くとは言っても、来場者の対応や会場内の見回りなど生徒会と風紀委員の一年生が協力して当たる仕事は案外多い。去年は文化祭直後の10月開催で既にギクシャクし始めた状態でのそれだったので、早いうちにやっていればむしろふたつの組織が打ち解けるきっかけになったのでは?と気づいたのが最初だった。
「ただでさえも一年生は周りに助けを求めるというのが苦手な子も多いですし、どうにか文化祭までにお互いがお互いを頼りやすい環境を作れれば良いんですけど……」
「東山、君は──」
「──素晴らしい!!」
「っ、北川辺先輩……!?」
何かを言いかけた安西会長を遮るように突如そう大きな声を上げたのは、電話中だったはずの北川辺先輩。
「東山くん、君は自分の後輩だけでなく、敵対している我々風紀委員の一年生ことも──ひいてはふたつの組織の未来まで考えて行動していたのだな!」
「あ、えっと……」
「私は感動した!安心したまえ、この北川辺銀は体育祭実行委員会副委員長としてはもちろん、風紀委員会委員長としても協力を惜しまないとここに誓おう!」
「こ、心強いです……」
「君が生徒会長として、風紀委員の後輩たちと手を取り合ってこの学校を盛り上げていく未来が容易に想像出来る!」
「えぇえそれはちょっと……」
「──ん?ああ、聞いているよ。それは私の方で話を通すから──……」
矢継ぎ早に捲し立てられ思わず本音が漏れるけどやっぱり通話はまだ終わっていなかったようで、スマホの向こうの相手に呼ばれた北川辺委員長はそちらに戻っていく(耳元であんな大音量聞かされて電話の相手の鼓膜は大丈夫なのかな……)。
「さすが東山、こうも早く北川辺の心を掴むとは。君を生徒会長に推薦するにあたって唯一にして最大の懸念が消えた」
「そんな……」
安西会長の感心したようなそれも死刑宣告にしか聞こえない。ああ、一個下の妹と重ねちゃうからどうしても下級生のことが気になってしまうってだけのことなのに、何か壮大な未来を思い描いていることになってしまった……!
「──ところで東山、明日の昼休みは何か予定はあるか?」
「明日ですか?基本昼休みはいつも空いていますが──」
頭の中だけで慌てふためくなか不意に問いかけられたそれに、こちらに背を向けた北川辺先輩から安西会長へと視線を移しながら答えると──……秀麗な目元に縁取られた熱の籠った眼差しとかち合った。
「それなら明日の昼休みも、生徒会室へ来てくれないか?……今度こそ君を独り占めしたい」
「……っ」
今度こそ、のあたりから僕の耳元に顔を寄せて囁かれ、脳内を埋めつくしていた焦りや困惑が瞬時に吹っ飛んでしまった。
──今日のお昼休みは途中から北川辺先輩が加わり会長と作戦について話し込んでいて、僕はすぐに回答書を作らなけらばならなかったのもあって入る隙がなかった。
──ちょっと不安なところもあるけど、今なら何か気の利いた話題をーなんて考えなくても楽しくお話出来る気がする。……『僕だって会長を独り占めしたかったです』なんて言ったら、この人はどんな顔をするだろうか。
なんて面と向かってじゃ絶対言えないよなぁなんて思いながら、会長にだけ聞こえるように「……はい」と頷いた。