ルーク=エイヴァンス2
俺は向かい合い座って、一生懸命課題に向き合う幼馴染をぼーっと見つめていた。
ほんとはこの幼馴染と、こんな風に向き合っていられる立場じゃない。
幼馴染は伯爵令嬢で、その屋敷に住み込みで働くのが俺の両親。
そして、その両親の息子の俺はただの平民だ。
でも、同い年ってこともあって、小さい頃からずっと一緒に遊んで育ってきた。
学園も同じで、家族同然に過ごしてきた。
…妹みたいなもんだって思ってる。(俺が弟じゃないよな?って自分でもちょっと笑えるけど。)
夏の長期休みになって会う頻度は減ったけど、課題を一緒にやるようになってから、また遊ぶ回数が増えてきた。
小さい頃、幼馴染が飼ってた鳥が死んじゃった時だって、俺はそばにいた。
泣いてる幼馴染に、何て声をかければいいかわからなくて、
「ピィちゃんだってお前のこと大好きだっただろ?きっとすげー幸せだったと思うぜ!俺がピィちゃんになりたいくらいだよ」
って言ったら、ぽかーんとした顔した後、笑ってくれた。
「バカな事言ってるー!あははは…うん!ルークありがとう!
ピィちゃんのこと私も大好き…あとルークの笑顔も!大好き!」
へらへら笑うなって親父によく怒られたけど、俺の笑顔で笑ってくれるなら、なるべく笑っていようって思った。
…まあ、今じゃその時の言葉も全部忘れられてるみたいだけど。
その後すぐに「ルークと結婚する!」なんて言って、周りを慌てさせてたな。
俺もその頃は何にもわかってなくて「いいぜ!」って言ったけど、すぐに言わなくなったからきっと忘れてるんだろう。
ははっと思わず思い出し笑いをしてると、幼馴染が俺を見て「一人でも笑ってる」って笑った。
いつまでも、子供の頃みたいに笑い合っていられると思ってた。
だけど俺の気持ちが変わっていってーーー。
「そういえばシアお嬢様、先月のデートとってもいい感じだったっぽいよ!」
「えー!そうなんだー!しかも相手は王子様だよね!?きゃー!!!」
メイドたちがきゃーきゃー言ってるのを聞いて、どうやら王子様とデートしてたらしいと知った。
(へぇー…あいつがデートねぇ?)
最近の幼馴染はよく喋って、大口あけて笑ってる。
…そんな感じで王子様の相手なんて務まるのか?って思い出してると、あまりにも元気に笑ってる顔が浮かんで、思わず笑ってしまった。
「しかもしかも!手紙のやり取りもよくしてるのよー!」
メイドたちのきゃーきゃーは止まらない。
(そんなに嬉しいことか?)と思いながら、俺は仕事へ戻った。
それから数日経ったけど、幼馴染は俺の前ではいつも通りだった。
(振られて泣き出したりしてないか?)って思ったけど、そんな様子は全くなかった。
デートって、2人で話したり出かけたりするんだよな?
(……それなら俺たちだってデートになるのか?)なんて一瞬考えて、すぐ「んなわけねぇか」って自分で否定した。
それでも気になって、幼馴染に聞いてみた。
「なあ。お前、王子とデートしたんだろ?楽しかった?」
「えぇ?なんで知ってるの?恥ずかしー……うん。まあ楽しかった…よ?」
へらへら笑う幼馴染を見ると、心臓がドキッとした。
(…なんだこれ?)
「いや、メイドたちが話してたから…。
楽しかったならよかったじゃん。」
幼馴染は「へへへ…なんだか暑いなー」って手で顔を仰いで笑っていた。
デートの話をしてから数日後の夜。
俺は父親に頼まれた仕事をしていた。
明日の朝に使う道具を庭先の物置に置きっぱなしにしてしまったらしく、どうせ暇だしと思って少し肌寒い外を庭まで駆けて行った。
庭に近づいた時、何やら話し声が聞こえた。
(やばっ…伯爵家の誰かが散歩でもしてるのか?)
そっと覗き込むと、そこには見たことのない男と、幼馴染が2人で座って楽しそうに話をしていた。
俺は見えない場所にそっと座り込んだ。
(いや、覗きじゃなくて…すぐ話が終われば物置に行けるし…)
だけどやっぱり気になって、もう一度そっと覗き込んでしまった。
その男は跪き、幼馴染の足にキスをしていた。
さすがにそこに居るのはだめだと思って、足早に自宅へ戻った。
走ったせいか心臓がどきどきしている。
(なんで…足にキス…?あいつ、怪我でもしたのか?
それに…あの顔…)
俺には見せない顔。
そう思った瞬間、心臓がぎゅーっと痛くなった。
自室に戻ってから、俺の頭の中はぐるぐるといろんなことが巡っていた。
特に、ここ最近の幼馴染のこと。
小さい頃の空気に戻ったみたいに遊んだり、笑い合ったりしてた。
昔から、あいつといると楽しかった。
身分の壁なんて忘れさせてくれて、ただの「俺」としていられた。
……でも、今気になるのは、あの夜の顔だった。
俺の前じゃ絶対に見せない、嬉しそうで、でも少し恥ずかしそうな表情。
思い出すだけで、胸がどきどきする。
「あーもうっ、なんなんだよ」
居たたまれない気持ちになって、思わず頭をガシガシと掻いた。
コンコン──。
「はい」
「ねぇルーク、お父さんに頼まれた道具は?
帰ってきてすぐ自室にこもっちゃったけど、玄関には何もなかったわよ?」
「あ、ごめん。庭に行ったんだけど、誰かいる気配がしてさ。
もしかしたら伯爵家の人かと思って戻ってきた。
明日の朝、もう一度行くよ。」
「あら、そうだったのね。わかったわ。お願いね。
……ふふ、それにしてもどうしたの?
頭、ぐしゃぐしゃだし…顔も少し赤いような?」
「なんでもねーよ!」
俺がそう言うと、母さんは「はーい」と言ってドアを閉めかけて──
「あ、その人のことばっかり考えるのは恋だからねー」
そんな言葉を残して去っていった。
(なんなんだよ…)
俺はそのままベッドに体を倒した。
(ずっとその人のことを考えるのは恋…か)
思い立って本棚からアルバムを引っ張り出す。
小さい頃からの写真がぎっしり並んでいて、当然その中には幼馴染との写真ばかり。
「ずっと一緒だもんな……」
だから、あいつのことを考えるのが当たり前だと思ってた。
でも──デートとか、あんな顔とか…。
(……一人で大人になってんじゃねーよ)
そう思った途端、胸の奥がギュッと締めつけられる。
『私ルークの笑顔大好き!』
『ルークと結婚する!』
『ルークの笑顔見てるとこっちまで元気になる!』
『ルークそのままでいてね』
今までなんとも思わずに聞いていたその言葉たちが、急に意味を持って響き始めた。
「……シア。」
そう呟いた瞬間、顔がかぁっと熱くなった。
───。
「ルーウーク!」
声がした方を振り向くと、シアがいつもの調子で笑って立っていた。
「よぉ」
なんだか気恥ずかしくて、思わず目を逸らす。
俺、今までどんな顔してたっけ…。
「今日はルークの部屋で、この前の池のことノートにまとめようよ!
ルーク、落ちそうになってめっちゃ焦ってたよね」
無邪気に笑うその顔に、また胸がどきっとした。
「別に焦ってねーよ」
「えー?『うわあぁぁぁ!』って叫んでたじゃん!ふふふっ」
「うるせー。行くぞ」
仕事道具を少し乱暴に片づけて、俺たちは自室へ向かった。
課題を片づけるため、いつものように向かい合って座る。
……のに、集中できなかった。
目の前にいるシアが、気になって仕方なかった。
頭の中に、あの夜の顔がちらつく。
(あぁっ、なんだよこれ……!)
「なあ、お前さ。足、怪我したのか?」
「あっ、うん。ちょっと街で騒動に巻き込まれちゃってさ。
でも、もう治ったよ!」
そう言って、足をズズズと伸ばして見せてきた。
俺はその足にそっと手を伸ばし、優しく触れる。
「ふふっ、もう大丈夫だってば〜。
くすぐったいよー」
「……あの時一緒にいたのって、誰?」
「夜、庭で」
「……夜? 庭……? あっ」
シアは足を引っ込め、その足に視線を落としながら言った。
「えー、まさか見られてたの?
あれは騎士団長様だよ。
怪我をしたとき助けてくれて、それで様子を見に来てくれたの」
恥ずかしそうに足を触るその仕草を見て、俺の頭はどうにかなりそうだった。
「騎士団長様ってね、すごく優しいんだよー。見た目はちょっと怖いけど」
そう言って無邪気に笑うシアに、俺は「ふーん」って顔をして目を逸らした。
なんだよ、そんな顔して。バッカみてー。俺には関係ないって思いたいのに、なんかムカムカする。
「どしたの?…つまんない話だった?」
「いや…別に…」
言いながら指先でノートの端をカリカリいじってしまう。
シアが「…?」と首を傾げるけど、俺はペンをくるくる回してごまかす。
「あー…怪我が治ったならよかったじゃん?」
いつもよりちょっとだけ冷たい声になってしまって、シアがきょとんとした。
あぁー、こいつの前では笑顔でいたいのに。
でも言葉が出てこない。
「怪我は…まあそうなんだけど、騎士団長様がね?」
「もういいだろ。さ、課題やろーぜ」
ぶっきらぼうに言い切ってノートに目を落としたけど、心臓はずっとドキドキしてた。
シアは「もう、なんなのよ」ってちょっとむくれた顔をしてペンを走らせ始めた。
俺はノートを見てるフリをしながら、指先で紙の端をくしゃくしゃにしたり、息をちょっとだけ大きく吐いてしまう。
(はぁ…なんだよ俺、バカみたいだな…)
そんな自分の不器用さに、ますます顔が熱くなる。