ラブ♡プリンス ~ロイヤルな恋模様~
いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
大きなあくびをひとつして、私は手探りでスマホを探した。
「……ん?」
なかなか見つからない。それどころか、ベッドの感触がいつもと違う。やたらとふかふかしてて高級感がある。
「え、なんか変……?」
眩しい光に目を細めながら、私はゆっくりとまぶたを開いた。
――そして、飛び起きた。
「な、なにこれ!? どこ!?」
目の前には、見たこともないほど豪華な寝室が広がっていた。
金色の装飾が施された天井、レースのカーテンが垂れる天蓋付きのベッド、信じられないくらい高い天井に、上品で整えられた家具たち。
そして、朝日が差し込む大きな窓からは、絵画のように美しい景色が見える。
「夢……なの?でも……こんなリアルな夢ってある?」
現実感がなさすぎて夢としか思えないけれど、感触も空気も、あまりにも鮮明すぎた。
「……ていうか、このベッド、絶対お姫様のやつじゃん……」
部屋の隅に置かれた大きなドレッサーが目に入る。
その瞬間、私は反射的に駆け寄っていた。
「鏡!!!!!」
映った顔に、私は言葉を失った。
「う、そ……この顔って……」
コンコン―――。
静まり返った部屋に、控えめなノック音が響いた。
びくりと肩を跳ねさせる。けれど返事をする前に、ドアはカチャリと開いた。
(え、ちょ、待って……誰!? なに!?)
全身にじわっと汗がにじむ。状況が飲み込めないまま、私はゆっくりとドアの方へ目を向けた。
(お願い……この状況を説明してくれる人であって……!)
運命を決めるような一瞬。ドアの向こうから、誰かが一歩、足を踏み入れてきた――。
「あっ、お嬢様、お目覚めだったんですね。失礼しました。いつも通り、まだお休みかと……。
どうかなさいましたか? 汗をかいていらっしゃるようですが、お部屋が暑かったのでしょうか?」
部屋に入ってきたのは、優しげな笑顔の女性。私の顔を見るなり、心配そうに声をかけてきた。
「メアリ……」
「はい……お嬢様? どうかなさいましたか?」
――私はこの人を知ってる。
彼女は、私がよく知るゲーム『ラブ♡プリンス ~ロイヤルな恋模様~』に登場するメイド、メアリ。
そして、さっき鏡で見た自分の顔も――このゲームの主人公、シア=ブランシュのものだった。
ここは……ラブプリの世界。ゲームの中。
そんなはずない、そう思いながらも、私は頬をつねってみる。
「……いたい」
「お嬢様?」
驚いたように声を上げるメアリ。完全に私に向けられた心配の声。
――やっぱり、これは夢なんかじゃない。
私は今、ラブプリの主人公シア=ブランシュになってる。
そして目の前にいるのは、ゲームの中でシアが生まれたときからずっと仕えてくれているメイドのメアリ。
どのルートでもメアリはそばにいてくれる。
あの最悪なバッドエンドですら、最後までシアを気にかけ、田舎にまで一緒に来ようとしてくれた――優しい人。
「メアリ……だよね。なんだか、少し……おかしいの。私、どうしたらいいのかな……」
震える声で問いかけるように、でもほとんど独り言のように、私は言葉をこぼした。
「お嬢様。すぐにお茶をご用意いたします。どうか、ソファにお座りになってお待ちください」
メアリはそう言って、静かに部屋を出ていった。
私はもう一度、部屋を見回す。豪華すぎる寝室。見慣れない世界。
ため息をひとつついて、そっとソファに腰を下ろした。
えっと……。
まだ夢かどうかは、正直わからない。
でも、目に映るものすべてがリアルで、五感までもがこの世界を“現実”として認識している。
私、いま、ラブプリの世界にいる――
しかも主人公のシア=ブランシュになってる――
頭の中はぐるぐるして、考えることすら疲れてしまった。
とりあえず、メアリが戻ってくるのを待ってみよう。
コンコン――
再びノックの音。メアリが、ゲームでしか見たことのないような豪華な台車を押して部屋に入ってきた。
その上には、紅茶と美しく盛り付けられた軽食が並んでいる。
メアリは慣れた手つきでテーブルにそれらを並べ、優しい紅茶の香りがふわりと漂った。
「……いただきます」
私はそっと紅茶に口をつける。温かくて、ほっとする味だった。
「お嬢様、少し落ち着かれましたか? 顔色も、先ほどよりは良くなっておられますね」
「ねぇ、メアリ。私……なんだか、記憶が曖昧なの。ふわふわしてて、まるで夢を見てるみたい」
「まぁ。それは一大事ですわ。すぐに旦那様にご報告を――」
「待って、メアリ。その前に……変なこと、聞いてもいい?」
私は自分の中の確認作業のように、言葉を紡いだ。
シア=ブランシュ。16歳。
ブランシュ家の一人娘。
お上品で、物静か。趣味は読書と花の手入れ。
庭ではよく庭師と一緒に過ごしている。
通っているのは、幼稚園からのエスカレーター式の名門学園。
成績は中の上。友人は数人。
そして――恋愛経験は、なし。
「……私って、これで合ってる?」
「はい。お嬢様は、まさしくそのような方でございます」
――やっぱりおかしいよね、こんなこと聞くなんて。
けれど、メアリは微塵も疑う様子もなく、当たり前のように肯定してくれた。
メアリにだけは……話してもいいのかもしれない。
でも――やめておこう。
彼女はあんなにもシアを大事にしてくれていた。
もし“中身が違う人”だと知ったら、悲しませてしまうかもしれない。
「変なこと聞いてごめんね、メアリ。なんだか、寝ぼけてたのかも」
「ふふ。お嬢様は、いつだってお嬢様ですわ」
にこやかに笑うメアリ。まるで、すべてを受け入れてくれるようなその声に、少しだけ心が和らいだ。
「ところで、お約束までまだ少しお時間がございます。お風呂でもいかがですか?」
「……約束?」
また分からないワードが出てきて不安がよぎるが、たしかに汗もかいたし、お風呂には入ったほうがいい。
それに……この世界の“お姫様のお風呂”って、ちょっと気になる。
「セシル=グランディール様とのお約束ですわ。湖へお出かけの予定でしょう?」
――ガシャンッ!!
手元のカップが、指先から滑り落ちた。紅茶がテーブルクロスに広がり、メアリが慌てて立ち上がる。
でも、その声すらも遠く感じるほど――私は別の思考に囚われていた。
(そうだ……ここが、ラブプリの世界なら……)
(私……セシル王子に、会えるんだ――)