始まる前の日常
ピコン。
学校が休みの昼下がり。
朝昼兼用のごはんを済ませて、ベッドでまどろんでいると、携帯が鳴った。
私の携帯が鳴るのは、家族か親友か、よっぽど大事な人からだけ。
すぐに手を伸ばして画面を確認すると、やっぱり親友からだった。
《ラブプリ全員攻略完了!
めっちゃよかったよー!
あんたもそろそろ他に行きなさい!》
「おお!? 全員終わったんだ? すごいなー。」
つぶやきながら壁に貼ったポスターをちらりと見て、それからメッセージを打ち返す。
《終わったんだ!?すごいね!
でも、私はセシル王子だけでいーの!
また内容だけ教えて!》
送信を終えると、携帯をポスッとベッドに放り投げて、私もそのままベッドにダイブ。
最近、親友とよく話題にしているのが、いま一番ハマってる乙女ゲーム、
《ラブ♡プリンス ~ロイヤルな恋模様~》、通称ラブプリ!
名家のお姫様になって、イケメンたちと恋に落ちて、最終的に結婚までしちゃうという夢のようなゲーム。
中でも私が愛してやまないのが――セシル=グランディール王子!
金髪碧眼、気品あふれる完璧な王子様で、もう推し一直線!
部屋の壁には等身大ポスター、ゲーム専用テレビの前にはアクリルスタンド、
本棚にはセシル王子の写真集……もうどこ見ても王子!王子!王子!
「だって、かっこよすぎるんだもーん…」
うっとりしながら思いを巡らせていると、今度は着信音が鳴り響いた。
「はい。」
『ねぇ!ねぇ!ほんとに!最高だったんだから!』
興奮MAXの声。ゲームをやり終えたばかりの親友だ。これはもう、テンション爆上がり中。
『それぞれの物語もよく出来てて泣ける話もあったよー。
特にリオネルなんて、第五王子としての歯痒さが健気で…』
「わかるんだけど、やっぱりセシル王子がかっこよすぎて他に行けないんだよー!
だってだって金髪碧眼だよ!? 王子様だよ!?
出てきた瞬間、他の選択肢なんて消し飛ぶよ……!!!!」
『いや確かにかっこいいけどさ!?
あ、ねぇ、他のルート行ったらさ、攻略中には見られないセシル出てくるよ!?
推しの姿は全部見とくべきじゃない?』
「なん…だと!?」
喉がごくりと鳴った。今、私の推しに関する超重大情報が出た。
……が、親友は『だからやってみなー!じゃーねー!』と
こちらの熱量を無視する勢いで、あっさり通話を切ってしまった。
「えぇー。今から熱いセシル語りでもする気だったのにー…」
ルート外のセシル…。確かに、他の攻略キャラとくっつこうとする主人公にヤキモチを妬く、
ちょっと意地悪なセシル王子とか……ありえる!? それ見たい!
妄想が止まらなくなり、私はゲームに手を伸ばして――――
いや、やっぱ今はサクッと動画で済ませたいかも。
そう思い直して、私はスマホを手に取り、動画配信サイトを開いた。
ーーーーーーーーーー。
すっかり陽も落ちて、夜が深くなった頃。
「うぅ〜…動画で見ててよかった。
いろんなセシル見れたけど…やっぱつらいよ〜…」
私はぐったりと枕に顔を埋める。
確かに、今まで知らなかったセシルをたくさん見れた。
嫉妬で王子様キャラが崩れたり、恋が実らなくて落ち込んだり――
あんな姿、もし自分でプレイしてたら途中でルート変更してでも追いかけてた。間違いなく。
「……動画で済ませてよかった……ほんとに……」
セシル王子とは結ばれなかったけど、他のキャラとの恋愛ルートもちゃんと幸せな終わり方だった。
でも――このゲームには、ひとつだけバッドエンドがある。
そう、「誰も選ばなかった」ルート。
あっちにふらふら〜、こっちにふらふら〜。
優柔不断なプレイヤーのせいで、キャラたちは次第に主人公を見限っていく。
やがて、誰からも愛されなくなった主人公は、父親に「この役立たず!」と怒鳴られ、
田舎に追放されてしまうのだった。
都会育ちのお嬢様だった主人公は、慣れない田舎での自給自足生活を始めるが、当然うまくいくわけもなく…
最後にはひっそりと命が潰えてしまう、なんともまあまあヒドいエンドである。
「……まあ、誰も選ばなかった自分が悪いよね。
あんなにイケメンたちに愛されてたのに…」
バッドエンドを見終えた私は、ため息をついてつぶやいた。
自業自得とはいえ、心にずしんとくる。
セシルと結ばれなかったこともショックだけど、まさか命尽きるなんて……ゲームとはいえ、地味にキツい。
「よし!悲しくなってきたし、自分のセーブデータで癒されよ!」
そう言ってゲームを起動すると――
『おはよう。お姫様。』
画面いっぱいにセシル王子の麗しい笑顔。
「これこれ〜♡」
思わず頬がゆるむ。
そのまま親友に報告しようと、スマホを手に取ってメッセージを打った。
《動画で全ルート見たよ。
セシルかっこよかったー。
バッドエンドはほんとにツラい……》
「……送信、と」
スマホをベッドに放り投げ、コントローラーを胸に抱えたまま、私はぼんやりと天井を見つめる。
「やっぱ、セシル王子ルートだよなぁ…」
そうつぶやきながら目を閉じると、そのままゆっくりと眠りの中へ落ちていった。
部屋の中には、ラブプリの優しい音楽だけが流れていた―――――。