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隣人のタイムマシン

作者: 雉白書屋

 昼下がり、とあるトタン外壁の平屋。そこに住む男は、突然の轟音に目を覚まし、顔をしかめた。


「クソ……いったい、今の音はなんだ?」


 男は大きな欠伸をひとつし、耳を澄ませた。先ほどのものより大きくはないが、金属を叩くような音が断続的に聞こえる。

 男は窓を開けて、庭に出た。音の出所は隣の家の庭のようだ。隣の家との間にある低い塀に肘を乗せ、覗き込むと、隣人が金槌を振り下ろしているのが見えた。


「おい、あんた! うるさいぞ。今日は日曜日だろうが。静かにしてくれよな」


 男の言葉に隣人は振り返り、申し訳なさそうに頭を下げた。


「大きな音を立ててすみません。でも、僕はどうしてもこれを完成させなければならないんです。それに今日は月曜日です」


「はあ?」


 男は怪訝な顔で目を凝らした。隣人の足下にあるいくつかのプラスチックの箱には、工具やケーブル、鉄板が無造作に詰め込まれており、作業台の上には、金属板で形作られた何かがあった。それは卵の殻を思わせる奇妙な物体だった。


「何を作っているのか知らないが、朝から非常識だぞ」


「今は昼です。でも、そうですよね……非常識ですよねえ!」


「な、なんだよ……」


「これが完成すれば、月曜ではなく毎日が日曜日になります。土曜日にも行けるんです」


「はあ? あんた、頭おかしいのか?」


「これはね、タイムマシンなんですよ」


「そうか、おかしいんだな」


「いやいや、実は私、大学で物理学を専攻していたんです。卒業後も時間旅行に関する研究を続けてきたんですよ」


 隣人はタイムトラベル理論について熱弁を振るったが、男はそれを聞くうちに頭痛を覚え、面倒になって話を打ち切った。


「もういいから静かにやってくれよな……」


 男はそう言い残し、大人しく家の中に戻った。話にうんざりしたのもそうだが、隣人の目が狂気じみており、関わらないほうがいい、と悟った。しかし、彼は他人の騒音を我慢する性質ではない。時折、騒音に耐え切れず庭に出て文句を言った。隣人は毎度覇気のない顔で応対したが、ある日、神妙な顔でタイムマシンを作る理由を語った。


「実はこの前、妻が亡くなりましてね……」


 車に轢かれたらしい。悲惨だが、男からすれば関係ないことであり、二度と作業をさせないために警察を呼ぼうかと思った。しかし、見守ることにした。どうもそのタイムマシンというのが、本当に完成しそうだったのだ。

 男が文句を言いに庭に出るたびに、隣人はタイムマシンについて噛み砕いた説明をした。そのおかげで男にも徐々にその理屈がわかってきて、やがて隣人が作っているのは本物だと思うようになったのだ。


 ――乗り物ではないんですよ。人間だけを移動させるんです。

 ――意外と小型化できそうなんですよね。

 ――そう長く過去にいられませんが、妻を助けるだけの時間はありそうです。

 ――費用も回収できそうです。え? タイムマシンの制作費用ですよ。かなりお金がかかってしまったので。

 ――ああ、はい、そうです。競馬の当たり馬券や宝くじの当たりくじを買いに行ったりね。


 男は次第に日常に穴を開けるような騒音も、隣人の独り言も気にならなくなっていった。その理由はただ一つ。

 そしてある日、音が完全に止んだ。

 男が隣の家の庭を覗くと、工具がすべて片付けられ、作業台一つのみが残されていた。そして、その上にあったのは……。


「これがタイムマシンか……」


 それはチェスのナイトの駒を思わせるデザインで、レバーが付いていた。おそらくこれを引けば過去か未来へ行けるのだろう。人の気配がないことからして、隣人は完成直後に過去へ向かったようだ。男はタイムマシンを部屋に運び込むと、この日のために用意ししていた過去の競馬の結果を調べたメモを取り出した。これが騒音を我慢してきた理由。タイムマシンを使うのは正当な権利だと男は考えていた。


「レバーを引けば過去へ行けるとして、目盛がないな。いつの時代に行くのか。ああ、あいつは妻を助けたいと言っていたな。じゃあ、あいつの妻が死ぬ当日か前日くらいに行けるのか。だが、それはいつのことだったのか、聞いていなかったな……。よし、まず日付を確認するために、一度行ってみるか」


 男はそう呟きながら、レバーを引いた。すると、目の前に雷鳴のような激しい光が閃き、同時に大地を揺らすような轟音が響き渡り――


 その騒音を聞き、自宅で息を潜めていた隣人は頬を緩めた。


 ああ……ようやく解放された。妻の死は事故か自殺か、どちらにせよ、あの男が原因であることは間違いない。妻はあの男の騒音のせいでノイローゼになってしまったのだから……。


 隣人は静寂の中、音の余韻に浸りながら、そっと涙を拭ったのだった。

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