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9.死神のカードとシノニオイ

 

 

 暖房の効いた某ファーストフード店内は、ひといきれでむっとしていた。

 入店早々に美緒から割引券を預かった澄雨が、幹也にお子様セット、自分達用にポテトとコーヒーを購入してトレイに乗せて戻ってくると、女子高校生占い師の美緒はカードを前にして厳しい表情を浮かべて腰を下ろしていた。


 空腹だと言っていたのに、美緒は店内に入るなり四人掛けの席を陣取ってポケットテッシュでテーブルを拭き始めたのだ。そして商売道具のタロットカードを、鬼気迫る勢いで並べ出したのである。 


「買ってきたよ、割引券ありがとう。はい、みーたんは奥に座って」


 だが、美緒は返事をすることなく伏せたカードを捲っている。

 普段はゆるふわ系でぽやーっとしている美緒だが、占いをしている時はある種の威厳さえ備わっているように見えるのが不思議だ。チート能力無しに異世界に行っても、占い師としてやっていけるのではないだろうか。


 澄雨は邪魔をしないよう、幹也にナゲットを食べさせつつオマケのオモチャを組み立てる。うっすら曇った窓の向こう、駅前広場の暮れ始めた空を眺めながら、

 ――シノニオイって、言ってたっけ。

 去り際の、赤猫の独り言を思い出していた。そういえば赤猫に初めて出会った時も”匂わない”とか何とか言われた気がする。化粧っ気は無いが、最低限の身だしなみは整えているつもりだ。何かの隠語だろうか、よく分からない。


 それより問題は、なぜ美緒は赤猫のことに触れないのか、ということだった。


 あの場でなくとも、絶対に興味本位で問い詰めてくると思っていたのだ。追求されても答えようもないが、安心したような物寂しいような複雑な気分である。

 まるで、美緒には赤猫の姿が見えていないかのようで――一瞬、澄雨は両目を瞬かせる。この既視感はなんだろう。前にも、そう思ったことがある気がする。


 思い起こせば、自分も赤猫の存在に気付かないことが多いんじゃないか、と。


 なぜかいつも、幹也が手を振って初めて赤猫との会話が始まるのだ。

 もし幹也がいなかったら自分も美緒のように、赤猫に気付かないのだろうか。もっとも、幹也を連れずにスロープにいくことなどないのだけれど。

 黙々とカードを捲っていた美緒が突然、


「もうっ! 何度やっても駄目っ!」


 そう叫んで、カードが展開されたままのテーブルに突っ伏した。

 澄雨はぬるくなったコーヒーと減ってしまったポテトをおずおずと勧めながら、


「まぁ、そんなに思い詰めなくても」

「まぁ……じゃないよー、私はずうっと、澄雨ちんのことを占ってるのにっ!」

「あ、そうだったんだー」


 緊張感のない澄雨に焦れるように、美緒はタンッとローファーを鳴らしてその場に立ち上がる。くるくるの巻き髪が少し遅れて、肩にふんわり落ちてきた。


「澄雨ちんの過去にどんなカードが出てもいいの、だって過去の出来事はいまの澄雨ちんを形作った大切な要素なわけだし。未来だってどんなカードが出てもいい、まだ起こってないことだからどうとでもなる。だけど」


 肩で荒く息をしつつ、一気に捲し立てる。


「だけど、問題は『現在』なの。澄雨ちんに付きまとってるカードは、これ!」


 澄雨の鼻先に突き付けられたカードは、ぼろぼろのマントを着た骸骨が鎌を握っている絵柄である。タロットの知識が無い澄雨にも分かる、西洋風の死神だ。


「タチの悪いカードってほかにもあるんだけど、何度やっても死神が出るの」


 私、澄雨ちんのことが心配で――そう力なく呟いた美緒は肩を落として座り込んだ。美緒がカードの意味を説明しないので、澄雨も尋ねなかった。知らなければ影響も受けまい、病は気からというではないか。


「たかが占いだし、気にすることないよ。私、良いことしか信じないし」


 そう言うと、美緒はちょっと悲しそうな顔をした。占い師のプライドを傷付けてしまっただろうか。美緒の気分を変えようと、澄雨はとっさに、


「その……さ、さっきスロープで一緒にいた男の人だけど、美緒はどう思った?」


 オトコという単語を聞いた途端、美緒の目が息を吹き返したように輝き出す。それでこそ、由緒正しい噂話大好き女子高生の姿である。


「澄雨ちんってば、私に内緒で彼氏なんか作っちゃって! しかも男の人って大人ってこと? やるじゃん、今度紹介してよっ! 相性占ってあげようかっ?」

「だから、さっきスロープで私と一緒にいた、派手なスーツの若い男の人で」


 美緒は冷めたポテトを摘みつつ、大きな二重をぱちくりさせながら、


「スロープって、澄雨ちんとみーたんだけで、ほかに誰もいなかったじゃない?」


 澄雨ちんってば、()()が美少女でも中身がお母さんみたいな癖に油断ならない――という美緒の言葉は、澄雨の耳には入らなかった。

 やはり、美緒の目には赤猫の姿が映っていなかったのだ。


 澄雨が呆然として窓の向こうの駅前広場に目をやれば、外はもう真っ暗だった。

 

 


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