王宮の求める愛に嫌気がさしたので、愛する人を連れて行きます。
「『人の愛は相応に収束する』!!!!!!!!!!
……これは陰部座学省で公表されている
統計データに記載されていた総評を、
一部抜粋した言葉です。
新婚5年以内かつ35歳未満、
約2000世帯が調査対象。
比較的、若者向けの統計調査でした。
信頼できる統計データではあったのです。
親の世帯収入が同程度であれば、
早期結婚率が大幅に高くなり、離婚率が低くなる。
このような傾向を示していました。
しかし世間からはこの統計は批判され、
当時設置されていた公式掲示板が
撤去される事態にまで事が発展してしまいます。
先ほど私が総評から抜粋した言葉……
『人の愛は相応に収束する』。
この"相応"という言葉選びが反感を招いたのです。
当時は新しい情報媒体に対する
偏見も強い時代でした。
時代背景により実用的な統計が失われてしまうのは
世の常と言えるでしょう。
この統計調査は現在行われておりませんが、
諸外国では、関連する有名著書がいくつも発表されており、
昨今、調査再開の必要性が本国でも認識されるようになったのです。
過去最大のウイルス災害で調査再開は見送りになっていますが、
この件は現在も、省内で議論されております。
人々が"分相応の愛"を心から受け入れる日は、
そう遠くはないでしょう……」
国の史実を説いているのは、
令嬢の指導教官を務める男、ジョンである。
王宮で開催されている"令嬢個別座学会"で、
令嬢を担当することになったのだ。
王宮の"個別座学ルーム"にて、
令嬢は真面目に話を聞いていた。
ジョンの丁寧な解説に
令嬢はうんうんと頷いている。
「『幼少期の価値観は、親の世帯収入に左右されやすい』
というのが、"省の統計データ"の総評に記されていた見解です。
親の世帯収入が近しいもの同士は、
付き合いが深くなった後であっても
『思った通りの人だ……』と
イメージとの乖離が起きにくいと言います。
親の世帯収入が離れた者同士では、
付き合い始めてみると違和感を感じてしまう。
幼少期に培われた
"根本的な価値観"にズレがあるからです。
人生を左右しかねない選択をするとき、
人は慎重になる傾向があります。
違和感を感じれば、その相手に対して慎重になる。
親の世帯年収が"価値観の相違"を生み、
結婚や離婚の起こりやすさを左右するのでしょう。
……さて本題です。
令嬢、あなたは身分不相応な男と
愛し合う関係にある。
これは事実ですね?」
「あ、ああ。
お前の話していた統計データ……
それに当てはめるならば、
俺の男は、身分不相応ではあるな」
令嬢の愛する男は、冒険者の家系であった。
定住する国を持たず、
各国を歩き回っている放浪者である。
身分の高い令嬢と、冒険者。
この家柄がかけ離れた2人の愛は、
一般的には不釣り合いな関係であった。
「令嬢。あなたの愛する男は
既に捕えております」
「なっ、なんだと!?」
ジョンの口から語られた言葉に、
令嬢は立ち上がる。
その様子を見たジョンは、にやりと笑い、
令嬢に一歩一歩近づいく。
「今回、座学に呼ばれたのは、
いずれ国を支えていく令嬢ばかり。
だが同時に、
国が必要としない者を愛する
未熟者だけを招集したのです。
お覚悟を。未熟な令嬢。
国に対する献身を忘れれば、
令嬢と言えどもどうなるのか……。
その身に教えて差し上げましょう」
ジョンは令嬢の衣服を掴んだ!
しかしその瞬間、
令嬢はジョンの首元を掴んだ!
そしてジョンを掴んだまま
天井付近までジャンプする!
「うぐぁ!な、何を!」
「愛する男を救い出す!
覚悟しろジョン!
俺の必殺技は痛いぜ!」
令嬢はジョンを掴んだまま
拳を天井に突き刺した!
ジョンの顔は上階へ飛び出し、
天井に引っかかる形となる。
「ぐあぁっ!」
更に、令嬢は落下しながら
ジョンの足首を掴む。
そのまま勢い良く振り下ろし、
ジョンの刺さっている天井を崩した!
突きと引きの必殺技
"ジョン落とし"が
ジョンの体に直撃したのだ!
「ぐおおおおおおぉっ!」
ジョンは叫び声をあげながら
天井の瓦礫の雨を浴びている。
直後、背中に令嬢が落ちてきたことで、
ジョンは瓦礫に埋もれてしまう。
ジョンの叫び声は途切れた。
瓦礫が降り注ぐ中、
ジョンの上に着地した令嬢は、
何食わぬ顔で部屋を出ていった。
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「何事だぁーっ!」
戦いの騒ぎを聞きつけて、
城の兵士が数人集まる。
兵士は、令嬢と部屋を交互に見ると、
武器を令嬢に突きつけた!
「貴様、城に呼ばれた令嬢だな!?
指導教官はどうした!」
「あージョンね。
奴なら瓦礫を抱いてるぜ」
「瓦礫を……?
えっ、なぜ令嬢ではなく
瓦礫を抱いて……?」
「天井を貫いた後に
興奮しやがってよー。
背中を押してやったら
瓦礫に飛びつきやがったんだ」
「天井を……貫いた……?
さ、さすがは指導教官。
趣味も強度も
マジでよくわかんねえ野郎だ……」
「さーて兵士諸君。
お前達も俺が相手してやるよ。
ジョンのようにな。
俺の姿をよーく見ておけっ!」
令嬢は拳を構え、
兵士達の方へ駆け寄っていく。
そして令嬢が数歩目を踏んだ瞬間、
その姿は霧のように消え去った!
気合で消える必殺技、
"愛の逃亡撃"で兵士達の脳を欺いたのだ。
令嬢のステップは空気や光を
自在にコントロールしていく。
「き、消えただと!?」
兵士達は唐突な事態に
身動き一つとれない。
間もなくして、
姿の見えない令嬢のパンチが
兵士全員を城外へ吹き飛ばした!
「「ぐあああぁっ!」」
「令嬢への礼儀がなってねーぞ!
よそ見しやがって!」
令嬢の側面からのパンチは、
一撃で兵士全員を吹き飛ばしていた。
城から落ちる兵士達を眺めながら、
令嬢は姿を現した。
「いけねっ。
幽閉場所を聞き損ねた!」
令嬢は辺りを見回すが、
人は見当たらない。
壁の穴から外を見るが、
落ちた兵士達は意識を失っている。
「仕方ねえ。一番知ってそうな奴に
聞くしかなさそうだ」
令嬢は城内を駆けていき、
再び姿を消し去る。
音も姿もなく向かう先は、
最も権威ある者の私室であった。
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王の私室……。
王が住むための部屋であるが、
この日は、別の用途で使用されていた。
捕らえた男達の幽閉である。
「くくく。よくきたな。
"不相応な愛"を求める令嬢よ」
「やい王様!ジョンを返せ!」
「ならば王である吾輩を倒すがいい……!
行くぞ令嬢!うおおおおおおぉっ!」
拳で殴りかかる王に
令嬢も拳で応える。
高貴なもの同士の拳は
気品をまとった衝撃波を発生させる!
気品の破壊力によって
壁や床はいとも容易く塵となっていく。
加えて、気品で強化された衝撃波が
捕まっていた男達を吹き飛ばしてしまう。
「うわああああぁっ!」
王の私室から男達が消えていく中、
気品に耐える男がいた。
令嬢の恋人である!
彼は本来、気品に耐えられる男ではない。
しかし令嬢への愛が、
襲い来る気品を無力化していた!
「恋人ぉーーーーーっ!
無事だったのか!」
「令嬢!俺のために
こんな無茶を……!」
目の前で戦う令嬢を前に、
恋人は歯を食いしばる。
しかしようやく出会えた2人の会話を
王の怒りがかき消した。
「お、おのれーっ!
我が寝室をよくも粉微塵にしおって!
潰れろ小娘ぇーーーっ!」
「俺の愛は見つかった!
これでトドメだっ!
あばよ王様よぉーーーっ!」
王の拳を弾き、令嬢の拳が炸裂する。
分不相応の愛の力が、
王の気品を吸収したのだ!
「ぐああああああぁっ!」
王は城外に飛ばされてしまう。
こうして令嬢は王を倒し、
"分相応の愛"を強制されることなく
恋人との再会を果たすのであった。
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城の包囲網を突破して、
令嬢と恋人は
街の片隅で握手をしていた。
2人は心の底から、再会を喜び合っていた。
「"分不相応の愛"を成し遂げる。
まだ俺たちの中に
この気持ちは残っているよな、恋人?」
「ああ。日常的に愛と向き合わなければ、
"分相応の愛"を避けられなかっただろう。
きっと統計データ通りの結末になっていた。
だが俺たちは
"常に愛と向き合って"いた。
"愛の最高到達点"を
真剣に考えていた。
"愛に立ちふさがる壁"を理解して、
"超えるべき課題"を紐解き、
望んだ愛の形を手に入れたんだ。
"日頃から己を見直して"、
"自分を高め続けてきた"結果だ。
それらの"日々の積み重ね"を怠らなかったからこそ、
統計データを乗り越えたんだ!
俺たちは凄いぜ令嬢!
大勢が避けられない未来を
まるで"物語の主人公"のように回避したんだ!
俺達は"天に選ばれて"いる!」
「俺達だけじゃないぜ恋人。
世界にはさらに深い愛を成し遂げる奴はいる。
"深淵と呼ぶにふさわしい愛"であれば、
統計データの"外れ値"として愛を成し遂げるだろう。
お前が話す愛との向き合い方は
俺たちのような初心者向けのものだ。
"愛と向き合うこと"なんて、
世の中の"上位90%以上"が達成できる。
俺らだって独身から絶え間なくやってきただろ?
できない方が少ないくらいなんだ。
具体的には"人類の1割"の少数派でもなければ、
愛と向かい合うことを怠りはしない。
統計データから逸脱するためには、
"上位0,2%"の競争を勝ち抜かなければならない。
俺らはまだ愛し合って間もないんだ。
愛とまともに向かい合う9割が、
俺らのどちらかと愛を遂げるかもしれない。
この程度では、勝った気になるには早いんだ。
自慢している場合じゃないぜ。
もっと愛と自分を磨き続けよう!」
「そうだな令嬢!
俺たちの愛はまだまだ強くなる!
俺達自身が先を行かなくちゃな!
愛に負けねえように!
主人公のように愛と輝きを持ち続けよう!」
こうして2人は
愛し合う関係に戻ることとなった。
これまで以上に自身と愛を磨き、
愛を鍛え、探求し続けていくのだ。