もう一度、生きてみませんか?
『コツッコツッ』
「あの、すみません?」
「は、はい」
「突然ですが、あなたに後悔はありますか?」
「後悔ですか? 後悔はありませんが、未練ならあります」
『ザワザワ』
「あなたには、人生をやり直す権利があります」
「えっ、本当ですか。ありがとうございます」
『ピコンピコン』
「あなたは素敵な人なので、やり直しの出来る人に選ばれました」
「私が素敵な人ですか?」
「はい。ひとりの男性を正体の分からぬまま、誰にも目移りすることなく愛し続けました」
「それは私が、決めたことを簡単には、変えられない人間だからですよ」
『ガラガラガラッバタン』
「そうだとしても、他の男性と恋愛関係に一切なることなく、憧れを持ち、80年の生涯を送って来られたのは、立派なことです。せめてもの贈り物です」
「ありがとうございます」
『ガタン』
「言い忘れていましたが、ここは死後の溜まり場です」
「はい」
「死後の溜まり場ですので、基本は死んだ人しかいません」
「はい。大体は、想像できていました」
『カサカサカサカサ』
「あなたが亡くなったことを、まだ伝えていませんでしたね」
「大丈夫です。最初から分かっていましたから」
『ゴホッゴホッ』
「そうでしたか」
「はい」
「あなたは、やり直しの出来る人に選ばれたということで、そのやり直しの人生で、役立つような情報を与えたいのですが」
「いいんですか?」
「はい。やり直し先へ、何か情報をお伝えしたり、物を差し上げたりすることが出来ます。ただし、お願いはふたつまでとします」
『エヘン、オホン』
「あっ、はい。分かりました」
「15歳からやり直すこと、受け入れてくれますか?」
「はい、お願いします」
『ザワザワザワザワ』
「では、願いをふたつ、お伝えください。何と何がよろしいですか?」
「はい。では、私の大好きなマルチクリエーターさんの顔と、本名を教えてください」
「はい。あなたがずっとファンであり続けた、男性の顔と本名ですね。分かりました」
「よろしくお願いします」
「確認いたします。一つ目が顔。そして、二つ目が本名でよろしいんですね?」
「はい、お願いします。私、結婚したいんです」
『プルルルルルップルルルルルッ』
「聞きますけど、もう一度長い月日を、生き抜く覚悟はあるんですね?」
「はい。もちろんあります」
「その男性と関わるということは、その男性の運命も変えるということです」
「はい」
『ソヨソヨ』
「その男性は全く恋愛をしておらず、その送ってきた人生に満足しています」
「あっ、はい」
「それでもやり直しますか?」
『ドクドクドク』
「お願いいたします」
「心の準備はいいですか?」
「はい」
「では、いきますね」
『ピカピカピカッ』
●15歳●
『コツッコツッコツッコツッ』
「おはよう」
『ザワザワザワザワ』
「あっ、おはよう」
『ギラリギラリ』
「今日は暑いよね」
「今日はじゃなくて、今日もでしょ?」
『ポタッ』
「そうだよね」
「なんか、たどたどしくない?」
「そうかな」
『ガタンッガガガガガ』
「なんか悩みあるでしょ?」
「えっ、まあ、まあね」
『ザワッザワザワ』
「言ってよ。相談に乗ってあげられるかもしれないし」
「うん。あのね、探偵さんってどうやって雇うのかな?」
『ワーワーガヤガヤ』
「えっ、私たち中学生だよ」
「うん。そうだね」
「中学生が何を探るの?」
『バタッバタバタ』
「別に大したことではないんだけどね」
「好きな人のこととか?」
『ゴホッゴホッゴホッ』
「そうだよ。当たってる」
「それで、好きな人って誰なの?」
『ムシムシムシムシ』
「マルチクリエーターの喜守彦<き・もりひこ>さんっていう人」
「えっ、無理だって。凄い人過ぎるでしょ?」
「絶対に無理だとは思わないけど」
「すごい自信だね? だって、私も知ってるくらいの人だよ」
『ニヤニヤ』
「本名も分かってるから」
「えっ、そうなの?」
「うん。八木悠さんっていう名前みたいだよ」
『ぐぅぅぅっ』
「えっ、何で知ってるの?」
「問題です。何ででしょうか?」
「いきなり問題? えっ、何でだろうな。だって、担当者とも深く干渉しないことで有名で、誰も本名も知らないって言われてるし」
『チュンチュンチュン』
「神様的な人に聞いたの。だから、本当だよ」
「神様? 凄いね」
「あと神様に、喜守彦さんの似顔絵も貰ったんだ」
「本当に凄いね」
『ジワジワ』
「信じてくれるの」
「うん。だって、嘘つけないでしょ?」
「うん。そうだけど」
「嘘ついてみてって頼んだとき、ずっと眉間がピクピクしてたもんね」
「そうだったね」
「でも、そんな話、私に言っていいの? 神様と二人だけの秘密で、もしも誰かに話してしまったら大変なことが起きるとかない?」
『ジワリ』
「ないよ」
「名前、なんていうんだっけ? 八木悠さんだっけ」
「うん」
「私も調べてみるよ。こんな話は初めてだから、ビックリしたけど、私はずっと応援していくから」
「ありがとう」
●翌日●
「これからどうする?」
『ブーーン』
「カラオケ行きたいけど、付き合うよ、人探し」
「ありがとう。でも、何からしていいか分からなくてさ」
『チリンチリン』
「とりあえず、スマホで検索するとか?」
「うん。それくらいしかないよね」
「自分たちでやれることがなくなったらら、業者に頼んだりすれば?」
『ブーンブォォォォン』
「そうだね。それが一番だよね」
「あっ、ちょっと気になることがあるんだけど。質問していい?」
「えっ、なに?」
「この前、人生をやり直してるって言ってたよね?」
『カァーカァーカァー』
「うん、そうだけど」
「じゃあ、今の地点からの未来が、全部分かるってこと?」
「まあ、そうだね。一回経験してるからね。でも、前の時はまったくと言っていいほど、情報が見つからなくてさ」
『プップー』
「小説とか作品から、背景を読み解くとかは? 前にした?」
「うん、したよ。全く情報を漏らさない人だからね」
『もたもた』
「本名と顔は分かってるけど、それだけじゃ見つからないか」
「うん」
「でも、そのふたつを知ってるのは大きいよ」
「そうだよね」
「でも、私たち中学生には、限界があるからね」
『ぞろぞろ』
「うん。これからどうしようかな」
「神様に、頭脳を貰うことは出来なかったの?」
『ブーーンブーーン』
「二個しかお願いできなかったからね。頭脳って推理する力とか、知識を溜める力とかでしょ?」
「うん。それは重要だよ。それが加われば一週間くらいで、結果は出てたと思うよ」
「そうかな」
『ぽかぽか』
「絶対そうだよ。でも、本名と顔がベストと言えばベストだけど」
「効率的には、正解って思っていていいよね」
『プップー』
「うん。それに探偵みたいで面白そうだし、本名と似顔絵が一番だね」
「そうだね」
『コツコツコツコツ』
「とりあえず、スマホで検索してみようよ?」
「本名での名前検索は、前は出来なかったからね」
「本名は分かったけど、自分から本名をさらす人じゃないから、どれだけ情報があるか心配だね」
「どうかな?」
「ねえ? これそうじゃない?」
「そうだ。高校時代に卓球の市の大会で優勝してる。スゴい」
「うんうん」
「卓球のことは、何度も物語に出てるから、たぶんそうだね」
『チュンチュン』
「インターネットってここまで出るんだね」
「スゴいね。インターネットって」
「栃木県の南の方の市か」
「出身地が分かっただけでも、上出来じゃない?」
「まあ、これはストーカーギリギリの行為だけどね」
『ゴホッゴホッ』
「インターネットがある時代で、本当によかったよね」
「そうだね」
「本当にありがとうね。一緒に探してくれて」
「いいよいいよ。それで、どうする?その街に行ってみる?」
『カーカー』
「それが今は、一番の近道かもしれないからね」
「今は住んでいないかもしれないけど、何かしらの手懸かりはあるよね」
「色々と情報を伏せている人だから、探すことはかなり難しくなるけど、それを頼りにするしかないかな」
「行ってみるのが一番だとは思うけど、私はパパとママが厳しいから。許してくれるかは分からないよ」
『チカチカ』
「そうだよね。ここからは、少し遠い場所だから。遠くまで、中学生二人で行くのは、危険って言われるかもね」
「それに、パパに言ったら、ついて行くって絶対言うよ。付いて来られても、ややこしくなるだけだしね」
「そしたら、私がひとりで行くからいいよ」
『ムズムズ』
「ダメだよ。私も行きたいもん」
「パパは、推理小説読むのが趣味だから、役に立つかもよ」
「もしかして、ついてくる方向で進んでる?」
「うん。まあ」
「パパって厳しいの? 優しいの?」
「どっちもかな?」
「大丈夫? クセ強かったり、面倒くさいってこと無いよね」
「うん。探偵より探偵らしいから、パパは」
『ボサボサ』
「それ、クセ強そうだな」
●週末
『ガチャ』
「どうぞ、乗って乗って」
「すみません」
「お嬢ちゃんがこっちね」
「あっ、はい」
「それで、僕の愛する娘がこっちね」
「あんまりそういうこと言わないで」
『バンッ』
「カーナビに目的地入れるから、ちょっと待ってて」
「はい」
「えっと、これがこうで、これがこうかな?」
『コソコソ』
「ねえ?」
「何?」
「私、大人の男の人、少し苦手だよやっぱり」
「大丈夫だよ。パパは、好きなタイプだと思うから」
「それならいいけど」
「少し面倒なだけだから」
『フフフンフフフン』
「それが駄目なんだけど、鼻歌とか、私のパパは歌わないし」
「でも、パパは私たちのことが、本当に本当に心配なんだよ」
「そうだとは思うけど」
『ガタンガタン』
「初めまして。改めましてパパです」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
「運転はパパに任せておいて」
『ソワソワ』
「ねえ? パパとママ、厳しい人じゃなかったの?」
「優しすぎたり、思っているのとは違うタイプの厳しさだよ」
●数時間後
「すみません、この人知りませんか?」
「えっ?」
『シーン』
「あっ、この人は私の知人でして。ずっと探していまして」
「その人は、どういうことをしている人なんですか?」
「それは、私もよくは分からないんですけどね。昔、少しお世話になったとかです。はい」
『モジモジ』
「うーん、ちょっと分からないですね」
「そうですか、ありがとうございます」
「パパ? 全然見つからないね」
『ゴホッゴホッ』
「そうだな」
「こういうのは、地道にやるしかないんだよな」
「すみません、ありがとうございます。私のために」
『ゆらりゆらり』
「お嬢ちゃんのためだから、すごく頑張れるよ。好きになることはいいことだから、こっちも諦めたくはないんだよね」
「私のこと信じてくれて、ありがとうございます」
「いいよいいよ。神様がどうとかは、よく分からないし。言っていたことは、信じられないほどのことだけど。まあ、信じてみたくてさ」
「あ、ありがとうございます」
『ペコペコ』
「中学生だからこそ、出来ることだからね。もう少し大人になると、今は出来ていることも、出来なくなるからね」
「はい」
『ごぉぉーっ』
「あの? 喜守彦さんの動画を見たり、曲を聞いたりしたことはありますか?」
「この人は、有名だから知ってはいるけど、よく分からないかな」
「すごくいいので、聴いてみてください」
『ピッピッピッピッ』
「うん。そうしてみるよ」
●帰りの車
「ねえ、本当にすごくいい人だね」
『バタン』
「パパのこと?」
「そう」
『ブオーン』
「言った通りでしょ? 自慢のパパだから。あっ」
「なに、どうしたの?」
「いやっ、私のパパが、その探してる人の正体だったりしないかなって」
『カチッカチッ』
「それはないでしょ」
「でも、絶対ない訳ではないでしょ。分からないよ」
「確かに、絶対ではないけどさ」
『ジワー』
「いつもさらけ出してはいるけど、謎な部分も沢山あるパパだからね」
「クリエイティブな面はある?」
「まあ、たまに部屋に長時間、籠っていることもあるしね」
『プッフー』
「でも、あの神様から貰った似顔絵と、少し違うよね」
「似てなくもないけどね」
「確かに」
『ビカーン』
「それにしても暑いね」
『ふーっ』
「日差し強いからね」
『ギラギラギラギラ』
「似顔絵があるって、かなり有利なんだけど」
「普通ならね」
「あまり外に出ないって、エッセイに書いてあったから、見せても分からないよね」
『ブゥーン』
「そうなんだよね」
「まわりに、どれくらい認知されているかも分からないし」
「うん」
「買い物ぐらいでしか外に出ないって、エッセイには書いてあったよな」
『ゴホッゴホッ』
「そうなんだね」
「そういうところも、好きなんだけどね」
「そうね」
「積極的ではないところも、いい感じなのよ」
『チリンチリン』
「ねえ、そういえば顔は、好きなタイプなの?」
「うん。優しそうで、いい人そうだと思うよ」
『ゴクリ』
「そっか、そう見えてるんだね」
「強さはなさそうだけど、守ってあげたいっていうかね。すごくタイプなの」
『ガタンガタン』
「イケメンではないけど、私も好きな感じだよ」
「私はイケメンで、カッコいいと思うよ」
『ピーポーピーポー』
「へえ、そうなんだね」
『そわそわ』
「ねえ、二回目の人生ってことは、前の80年の人生を、覚えてるわけだよね?」
「そうだけど」
『ガタンガタン』
「そこで、すごくカッコいい人とか、やさしい人とか、他に出会わなかったの?」
「喜守彦さんひとりしか、見えてなかったから。よく分からないかな」
『カチッカチッカチッカチッ』
「基準がその人だったら、まあ、しょうがないのか」
「そうでしょ」
「それで、知識はどうなの? 蓄積されてないの? 80年分の知識は?」
『ブーーーン』
「80年の色んなことを覚えてるから、蓄積されているんだろうけど。特に、活用できるようなものはないよ」
「80年あったら、未来で新たな考え方とかも出来てきたんじゃない」
『ふぅー』
「特に変わってないと思うよ」
「そうなの?」
「そうだよ、特に思い付かないから」
『ゴホッゴホッ』
「約100年あったら、家電系とか、だいぶ見違えているはずなんだけどな」
「神経全部を喜守彦さんに捧げていたからかな、全然思い出せないの」
「そうだよね」
「うん」
『カチッカチッ』
「80年も生きてきたんだから、おばあちゃんと喋るみたいな感じなのかなと思っていたけど、前と全然変わらないね」
「そうかな」
「でも、ほんの少しだけ、ウザさが加算されてるけど」
「そっか」
『ビューン』
「ねえ、その憧れてる人は、お金持ちだろうとは思うけど、もし貧乏だったとしても付き合う?」
「うん、もちろんだよ。お金が目当てではないもん」
『ゴホンゴホン』
「そうなんだね。ねえ? これからすぐ、起こる歴史的な出来事とかはないの? そういうところから、情報が得られる場合もあるからさ」
「あまり覚えてないかな」
「ずっと、その人だけのことを考えていたからでしょ?」
『ピーポーピーポー』
「まあ、うん」
「その喜守彦さんって人、今も有名な方だけど、これから、もっと有名になってゆくの?」
「もうかなり凄いよ。それなのに、私が死ぬまで、全く個人情報は世に出なかったんだよ。すごいでしょ?」
『カァーカァー』
「うん。それはすごい」
●16歳
「調べても、全然分からなかったね」
「うん。もう一年くらいは経つけど、全くだよね」
『うぇーん』
「それだけ、喜守彦さんの警戒心が、強いということだよね」
「そういうことだよね。あれっ、そう言えば、本名を知ってるのに、ずっと喜守彦さんって呼んでるよね」
『タッタッタッタッ』
「まだ、会ってもいないわけだから、気軽に呼んでは駄目だと思って」
「そうだよね、それがいいよね。そろそろ一歩くらい、前に進まないとヤバくない?」
「大丈夫だよ。まだ、たっぷり時間はあるから」
『ピンポーン』
「ただ聞き込んでいるだけじゃ、駄目だよね。もっと工夫をしないと」
「小説を出してる出版社に、問い合わせたりもしたけど、情報は全然ないし。どうしようか?」
『ガチャガチャ』
「とりあえず、息抜きも必要だから。少しの時間は、忘れても良いんじゃない?」
「うん」
「とりあえず、今はパンケーキを楽しもうよ」
「そうだね。もうすぐ来るからね」
『ガシャン』
「ビックリした」
「うん。ビックリしたよ」
「ああ楽しみだね、パンケーキ」
「うん。もう、一週間くらい休んでみないと、ダメになりそうだよ」
『チュンチュンチュンチュン』
「そうした方がいいよ。休むことも必要だからね」
「えっ、あっ、ちょっちょっと、ねえちょっと待って。えっ、あっ、あそこの人は喜守彦さんじゃない?」
「嘘でしょ? マスクしていて、よく分からないけど」
『ハクション』
「絶対そうだよ。ずっと喜守彦さんの似顔絵のイラスト眺めてたもん。それに、ここのサンドイッチが好きって言ってたし」
『タッタッタッタッ』
「そうか。私が話しかけようか?」
「話しかけるとしても、慎重にいかないとね。刺激を与えすぎると、怖がられるから」
『ワー』
「そうだね。とりあえず、様子を見てみようか」
「うん、ありがとう。それにしても、子供は走り回ったり元気だね」
●作戦会議
「このパンケーキ、おいしいね」
「うん。すごく美味しい」
『カチャカチャカチャカチャ』
「どうする?」
「今を逃したら、一生後悔するよね」
「私が話しかけてみるよ」
『コツッコツッ』
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。世間話から攻めていけばいいよね?」
「うん。たぶん、それでいいと思うよ」
「じゃあ、いくよ」
『ギーッ』
「好きなものは、言葉遊びとか読書だからね」
「よしっ、任せて」
『ゴホッ』
「ありがとう」
●ファーストコンタクト
「お仕事ですか?」
『バンッ』
「あっ、はい」
「大変ですね」
「まあ」
『ゴクッゴクッ』
「何の仕事をしているんですか?」
「こ、これはエッセイのようなものです」
「あっ、そういう仕事を中心にしていらっしゃるんですね」
『ゴホン』
「いやっ、それは秘密です」
「私、読書が好きなんですよ。たまに、書いたりもしています。あなたも、小説を書いたりしてますか?」
「あ、はい」
『ブーンブーン』
「あそこにいる友達の影響で、読書が好きになったんですよ。今、呼んできてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
『スタスタスタスタ』
「来ていいってよ」
『こそこそ』
「うん。ちょっと不自然だったかもよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「待たせちゃうから、はやく行くよ」
「うん」
『タッタッタッタ』
「あの、初めましてこんにちは。好きです」
「はぁい?」
「マルチクリエーターの喜守彦さんですよね。大ファンなんです。小さい頃からずっと好きで、これからもずっと、応援し続けます」
『ガサガサ』
「一度に喋りすぎだよ」
「あ、ありがとうございます」
「ほぼ全ての作品は読んだと思います。表に出ていない作品以外は、本当に全て読んできましたから。もちろん、エッセイも全て何度も読み返しています。あと、音楽も全てチェックしています」
「すみません。彼女は、熱狂的なファンなんですよ」
『カランカラン』
「ありがとうございます。僕が、喜守彦ですよ」
「えっ、本当ですか?」
『フーーッ』
「はい。ここまで熱狂的なファンいたんですね。な、何で分かったんですか?」
「ここのサンドイッチが好きと書いていましたから。エッセイに書いてましたよね。それに、想像していた顔と似ていたので」
「そうでしたか。あまり正体をバラすことが、好きではないので迷いました。でも、いい人そうなので、バラしてもいいかなと思いました」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「こちらも嬉しかったです」
●別れ●
「今日は、ありがとうございました」
「いえ」
『ガサガサガサガサ』
「あの? これ、私の連絡先です」
「はい。ありがとうございます」
「もし、気が向いたらでいいので。連絡ください」
「はい」
『タッタッタッタッ』
「はあ」
「よかったね」
「ああ、緊張した」
「私も興奮した」
『タッタッタラリラ』
「素敵な人だったな」
「良かったね。本当にいい人だった」
「ぎゅって、抱き締めたかった」
「いとおしくなった?」
『コツッコツッ』
「うん。頭のなかで、想像の姿を抱き締めちゃったもん」
「だよねだよね。あっ、パパに連絡しようかな」
「そうした方がいいよ」
「ずっと、探してくれていたし。喜ぶよね」
『ギーッ』
「あまり広めないでって、言っておいてね」
「クセは強めだけど、たぶん噂は、広めないと思うよ」
「そうだよね」
『プルルルル』
「もしもし」
「もしもし、パパ?」
「どうした?」
「見つかったよ」
「えっ、あのマルチクリエーターの喜守彦さんがか?」
『ゴホッゴホッ』
「そうだよ」
「良かったな。パパも会いたいな」
「それは、難しいかもね。あまり広めてほしくないと思うし」
「あれから、全ての作品を読んだぞ。もう、かなりハマったからね」
『バタバタ』
「パパが時折、部屋にこもっていると思ったけど、小説読んでたんだね?」
「それもあるけど、真似して小説を書いていたんだ」
「はぁ? なにそれ?」
「時間ないから、切るね」
「ちょっと、ああ切れた」
『ザワッ』
「えっ、小説書いてるの?」
「聞こえてた?」
「うん」
『リリリリリン』
「メールだ。誰からのメールなの?」
「ちょっと待ってね。あっ、悠さんからだ」
「あれっ、誰だっけ」
「えっ、覚えてないの? 喜守彦さんの本名だよ」
「そうだそうだ、八木悠さんだったよね。やったね」
『クシュン』
「嬉しい。相手発信でメールが来るって、すごい嬉しい」
「よかったね。なんて書いてあるの? 内容は?」
『カタカタカタ』
「落ち着いて落ち着いて」
「はあ。渡したメールアドレスに、メールが来るなんて、奇跡よね」
「嬉しかったです。だって」
「それだけ?」
『バタッバタッ』
「あとは教えない。すごく嬉しいこと書いてあるから、私だけでそれに触れたいの」
「変な人だな」
「やったー。でも、緊張するな。何を返していいか分からないよ」
「そうだよね。繊細な人だろうしね」
『ガサガサッ』
「ガツガツした人は、怯えるくらい苦手かもね」
「何気ない、ごく普通の会話を、すぐ送るのがいいんじゃない?」
「じゃあ。思ったことをバーって書いて、サーって送ろうかな」
「うん」
『フーッ』
「これからメールのやり取りが、続くといいな」
「そうだね」
●陶酔●
「あっ、本棚に本が、また増えたでしょ?」
『チュンチュン』
「悠さんが、新刊を出したから」
「そうなの? いつ?」
「二日前とかに」
『ブーーーン』
「ねえ、貸してよ」
「ごめん。まだ読みたいから、ちょっと待ってくれる」
「そうだよね、何回も読みたいよね」
『パラパラパラパラ』
「まだ10回しか読んでないから、あと10回は読みたいんだよね」
「えっ、2日で10回も読んだの?」
「そうだよ」
「すごいね。それで、プライベートでの関わりはどうなの?」
『ドタバタ』
「悠さんとのメールのやり取り、ずっと続いてるよ」
「良かったね」
「良かったんだけどね」
「どうしたの? 何かあった?」
『ゴホン』
「悠さんに触れている時間が、楽しすぎて楽しすぎて、それ以外の時間が、少しダルくなってきてさ」
「いいんじゃない」
「悠さん以外とは関わりたくない気分になるときが、たまにある」
「それが恋なんじゃない? それでいいんだよ」
●試練●
「ごめんね、体調が悪くて」
「大丈夫だよ。謝らないで」
『ザーッ』
「遊べなくなっちゃったね」
「最近、体調悪いこと多いよね?」
『リンリンリン』
「うん。でも、普通に生活できてるから、大丈夫だよ」
「病院は行ったの?」
『すーっ』
「うん。一回行って、みてもらったけど。特に異常はなかったから、それからは行ってない」
「絶対に行った方がいいって、大きな病院に」
「うん。そうだね」
『はぁっ』
「パパの知り合いに、大きい病院の偉い人がいるみたいだから、紹介してもらう?」
「うん。ありがとう」
「ねえ、前の人生では、こういうことあったの?」
『ピーポーピーポー』
「全然なかった。病気は、一度もしていないと思う」
「ずっと、健康だったんだね」
「うん」
「マルチクリエーターの喜守彦さんに会ったり、色々と前の人生と変えてしまったから、って場合もあるよね」
『ガサガサガサガサ』
「そうかもしれないね。でも、十分に幸せだから、これでいいよね」
「そうか」
「まだ、病気って決まったわけじゃないから。前向きにいこうかな」
「うん。前向きにね」
●難病●
『トントントン』
「お見舞いに来たよ」
『ガラガラガラ』
「あ、ありがとうね」
「頼まれていたもの、買ってきたからね」
『ガサガサザワザワ』
「新作、ちゃんと買ってきてくれた?」
「うん。買ってきたから安心して」
「よし」
「喜守彦先生の単行本だよ」
『ドンッ』
「うん、ありがとう。嬉しい」
「それで、病気はどんなものだったの?」
「えっとね、治るのが難しい難病だって」
「あっ、そういうヤツなんだ」
『ゴホッエヘッ』
「あまり詳しく知らなくてもいいかもね」
「ああ。わ、分かった」
「でも、時間が出来たから。喜守彦先生の小説をゆっくりと、読み返せるよ」
「それは良かったけど。前の人生では、こんなこと無かったんだよね」
『ぐぅぅーぐぐぐ』
「うん。前の人生とは、かなり違うものになったけど」
「後悔はない?」
「えっ、そんなのないよ。だって、憧れの人に出会えたんだから」
『カランカランカラン』
「そうか、そうだよね。これから一緒に乗り越えていこうね」
「ありがとう。一度人生をやっているし、もう出会えたんだもん、悔いはほとんどない感じだね」
「じゃあ、もっと仲良くならなくちゃね」
『カーカー』
「そうしたいけど、壁はなかなか崩せないよ」
「会うのが、少し早すぎたかもしれないね」
「うん。中学生だから、女性としては見ていないだろうから」
「幸せが増えると、不幸せも増えるんだね」
『コツンコツン』
「そういうもんなんだよね」
「うんうん」
●世話●
「ねえ。喜守彦さんとは連絡取ってる?」
「うん。ちゃんと取ってるよ」
『ガーーー』
「この病室に、来てくれたことはあるの?」
「いや、一回もないけど」
「なんで? こっちから来てほしいって言った?」
「言ってないけど」
「言わないとだよ。私が言おうか? 喜守彦さんからは、連絡が来ないだろうから。そういう性格だもんね」
『カタン』
「来たよ。連絡」
「えっ? 連絡来てたの」
「うん」
「それで、お見舞いは来てくれるの?」
「うん」
「この病院に。近いうちに来てくれるんだね。良かったじゃない」
『コツンコツンコツンコツン』
「あっ、あの、どうも」
「守彦先生。今日はありがとうございます」
「えっ、今?」
「失礼します」
「あっ、どうも」
「あっ、今日はありがとうございます」
『ドン』
「フルーツを、持ってきたのですが」
「ありがとうございます。好きなんですフルーツ」
「良かったです」
「ねえ、入院していること言ったでしょ?」
『ゴホンゴホン』
「まあね。喜守彦さんに伝えたのは、私だけど」
「言わないつもりだったのに」
「でも、来てくれたんだからいいでしょ」
「本当は、見られたくなかったよ。こんな姿」
「でも、何でも受け入れてくれる人だと思うから」
「負担もかけたくないし、大好きな人だから」
「ごめんね」
『ガタガタ』
「私、もう、本当のこと言っちゃうね」
「本当のことですか?」
「実は私、難病で、ずっとベッドの上なのは、決まっているっていうか。良くなるのは、難しいみたいで」
「そうなんですか」
「うん」
『チュンチュンチュンチュン』
「て、手伝います」
「あっ、えっと、何をですか?」
「お世話と言いますか、身のまわりのことを」
「手伝ってくれるんですか?」
「はい。迷惑ではなければ」
『フーッ』
「全然、迷惑ではないです。すごく嬉しいです」
「何ができるかは、まだ分かりませんが」
「あ、はい。深い関係は、きっと無理ですよね?」
『ハクシュン』
「はい。深くならない関係性でなら、いけそうです」
「あなたの心に、少しだけ入ることが出来て、今、喜びを感じています」
●接近●
「ありがとうございます」
「いえ、全然」
『ザワリザワリ』
「自宅で経過を見守ることになりましたけど、治るか分からなくて」
「僕に出来ることなら、出来る限りやりたいと思っています」
『ブーーーン』
「はい。でも、やはりずっと好きだったこちらからしたら、気が引けます」
「あっ、そうですよね。こっちはあまり人と関わってこなかったので、距離の詰め方とか分からなくて」
『さわさわ』
「それぞれに、劣等感があるということですね」
「は、はい。僕は、何でも頼んでもらって構いません。エッセイにも書きましたが、頼られたい性格なので」
「そうでしたね。じゃあ、頼ってもいいですか?」
『ピューピュー』
「はい」
「では、あの、エッセイに書いてあったオムライスが食べたいです」
「はい。いいですよ」
●印象●
「どうだったの。ふたりきりになったときは?」
「すごく優しくて、もっと好きになった」
『ズンチャッチャ』
「いいな」
「こんなに優しくされたことなかったから」
「そうだよね。私は、親のことを知ってるから」
「親は私が病気になっても、相変わらず冷たくて」
『ザーザーザーザー』
「うん。そうだろうと思ってた」
「あのね、あんな美味しいオムライス、初めて食べたかもってくらい、作ってくれたオムライスが美味しかったの」
「作ってくれたの? いいな。私も食べたいな」
「今日も、もうすぐ来ると思うよ」
「やったー」
『ドンッ』
「作らせるつもり? エッセイの通りで、すごく出来る人だったから。もう好きすぎてヤバイ」
「何かしたの? 触れあったり、触れあったりさ」
「触れることのない関係だよ。でも私は、全然何されてもいいんだけど」
『スーッ』
「むしろ、して欲しい側でしょ?」
「そうだよ。ああ、若いって嫌だね。遠慮が見えちゃうから」
「幸せだけど、幸せだから、もっと求めたくなるよね?」
『ゴホッ』
「うん。買い物とかお掃除とか、家事全般が多いかな。小説の話で、かなり盛り上がったりもしたな。それだけでも、幸せだからな」
「いい人だね」
「来てくれていなかったら、かなり寂しくて、耐えられなかったと思う」
「私もいるけどね」
「充分幸せだけど、もっと上を求めてしまうんだよね」
『もそもそ』
「うん」
「悠くんに対してだけ出る欲が、ものすごいんだよね」
「あっ、本名は悠か。うんうん、欲は全部出しちゃおう。ぶつけちゃおう」
『ガタンガタン』
「うん。私から行きたいけど、行きすぎると、男性の運命まで道連れにしそうで、やっぱり怖くなっちゃう」
「うん。そこで、怖くなっちゃうわけね」
「こんなに幸せなのに。まだ深くなれるってなると、欲が出ちゃう」
『ズリズリ』
「それでいいんだよ」
「悠くんの全てが好きだよ。悠くんの嫌いなものなんて、ひとつもないよ」
「うん。口に出していこう」
『ポリポリ』
「好きがどんどん増えて、一度もマイナスになることなく、進んでいるんだよ」
「生まれ変わって、よかった?」
「うん。すごく」
●恩師●
「今、幸せ?」
「うん。だって、ずっとずっと好きだった人と、毎日一緒にいられているんだよ」
「そうだよね」
「前の人生は、80年も生きたけど。今の方が濃いもん」
『ゴロゴロゴロゴロ』
「そうだよね」
「だから、悠くんと一緒になって、もっともっと濃い人生を生きたいな」
「凄いよ。素晴らしいよ」
【ビカッビカビカ】
「お父さんとは、どんな感じ?」
「うん、まあ。パパは、テンションの起伏が激しくて、今はあまり関わってこないかな」
「そうなんだね」
「あっ、今から悠くんが、勉強を教えてくれるんだ」
『ザーッ』
「いいな」
「高校は行けないけど、悠くんは教え方が上手いから」
「みんな悠くんから、教わっているんだね」
『フーッ』
「うん。全てのことを悠くんが、教えてくれているね」
「私も、そんな人ほしいな」
「悠くんは、大切なパートナーであり、恩師だよ。感謝しかない」
●二十歳●
「一回も学校は、行けなかったよ」
「でも、悠さんとずっと一緒にいられたんでしょ?」
『ゴホッゴホッ』
「うん。幸せだからいい」
「学校に行っても、辛いだけだもんね」
「一回は体験してるし、教養もあったからいいしね」
『チュンチュン』
「病院と自宅の行き来で、二十歳を迎えて、決意したの」
「何を」
「悠くんの大切さが、本当に分かったから」
「良かったね。それで、何を決意したの?」
『ふっ』
「私、プロポーズをすることにしたから」
「逆プロポーズ?」
「うん。二度目の人生だと、まだ伝えていなかったから、大丈夫かな」
『コツッコツッ』
「うん」
「いつか言わないとだけど、刺激に弱いから」
「大丈夫だよ。後ろめたいものではないから」
『バサンバサン』
「うん。頑張ってみる」
●告白●
「ありがとうございます」
「いえ」
『ゴーッ』
「外出がしたいとかワガママ言って、すみません」
「うれしいです」
「私も嬉しいです」
『ピューピュー』
「綺麗ですね。さくら」
「はい。ツラくないですか?」
「大丈夫です」
『ゴロゴロゴロゴロ』
「車椅子、重いですよね?」
「楽しさが勝っています」
「新しい小説、読みました。とても面白かったです」
「ありがとうございます」
『ンンッ』
「私、実は、人生が二回目なんです」
「二回目ですか? 同じカラダで、ですよね」
「そうです」
「あなたと、出逢いたいから。二度目を選びました」
『ビカビカ』
「いいおこないをしたから、提示されたってことですよね?」
「スゴいですね。それです」
「何も出来ない私に、何かが出来る気はしません。でも、幸せになる自信はあります」
「はい」
『ザワザワ』
「あなたとずっと一緒にいたいです」
「それは、どういうやつでしょうか」
「プロポーズ的なものです。私と結婚してくださいってことです」
『ドクドク』
「あっ、あの。まずは、謝らないといけませんね。ごめんなさい」
「いや、そんな。感謝しかないです」
「僕のせいで、苦しい思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」
「いいえ」
『カーカー』
「僕を好きにならなければ、もっと幸せでしたよね」
「いいえ。こちらの方が悪いですよ。私の暗闇の生活に、巻き込んでしまったんですから」
「もう、暗い話は終わりにしましょう。僕でよければ、一緒になりましょう」
『ドスッドスッ』
「私との結婚は、幸せですか?」
「はい、幸せです」