纏足の女
「日本には花魁という文化があるのだ」と皇帝は声高々に言う。
海を超えた向こう側の島国にも、当然ながら不自由な女たちがいるのだな、と達観した寂しい気持ちになった。
「花魁は、纏足にしなくても、健常な手足で健気に夜伽に励むそうだ」と皇帝は意気揚々と言う。
私が纏足になってから5年が経つ。
もう、こどもの頃のように走ることは出来ない。
おそらく、この宮廷から逃げることは不可能だろう。
日本人の女性は、纏足にされなくても逃げないのか。
何がどう、そう思わせるのだろう。
なぜ?
私はそれが理解したい。
日本に行きたい。
この場から自由になりたい。
私は感極まり、纏足の不自由な足で脱走を試みた。
警備の人間は怠惰に堕ちきっており、昼間から酔っ払っていた。
彼らの隙をついて、なんとか宮廷の外にでた。
「自由だ……」
そう思った瞬間、纏足で小さくなった足に激痛が走った。
痛みが走った先に目をやると、足を地面に突き立てるように槍が刺さっていた。
「貴様! 脱走だな!」
足の痛み以上の絶望が走った。
「この者は纏足ですが、両手で這うように脱走しました。この両手に罪がある」
なるほど。と裁判官は言った。
私は罰として両手を切り落とされた。
残ったのは、纏足でろくに歩くことも出来ない両足だけだった。
ほとんど動くことが出来ない私は、皇帝の伽の相手から外されたかわりに、宮廷内の兵士の慰みものとなった。
「達磨の女とヤル奴は今日は誰だ〜〜? ふはははは!」
20年か? 30年経ったか? もう忘れた。
両手両足が不自由な婆さんは、いつ殺されても文句は言えない。私はその境界線の上で生きている。
とうに私を忘れ去っていた皇帝は、森での行軍の最中、大弓の矢を胸にうけ、暗殺された。
軍の混乱たるや愉快なものだった。
私は慰安婦馬車の中で高々と笑った。
愉快で、愉快で、仕方なかった。
私の笑いを止めたのは、鋭い剣の一突きだった。
胸に鈍く、燃えるような痛みがあったが、どうでもよかった。
ああ。これで終わり。
次は……、日本で花魁になりたい。自由でありたい……。
目の前が真っ暗になり、しばらくすると、私は真っ白なトンネルをくぐっていった。
私は、いつも木枠の向こう側から男どもに物色されている。
はだけながら着る雅な着物が邪魔くさい。
「あぁ。自由になりたい……」