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どうしてお兄様がここにっ!?

 今から三十分ほど前。

 マーガレットにお兄様へのお手紙を託したんだけど、彼女はまだ帰って来ていない。


「お兄様、受け取ってくれたかしら……?」

 私は部屋の中をぐるぐるとまわっていた。

 少しでも動いていないと落ち着かないのだ。


 侍女達が言うように、もしかしたらお兄様は私のことが嫌いなのかも。

 祭事に参加するのを拒否するくらいに。


 あふれ出す不安のせいでまったく心が落ち着かなかった。


 ループ前にいたっては、戦場で十五年ぶりの兄と妹の再会。

 しかも、世界を救うためとはいえ、お兄様をこの手で殺めてしまった。


「どうか、お兄様がお手紙を受け取ってくれていますように」

 指を組み神様に祈っていると、ノックが聞こえる。

 すぐさま返事をして扉に駆け寄り、取っ手に手を伸ばして引く。

 すると、マーガレットが立っていた。


 マーガレットは目を極限まで見開き、口をぽかんと開けて私を見ている。

 どうやら返事をせずに扉を開けちゃったから驚いているみたい。

 だって、待てなかったんだもの。


「せ、聖女様……?」

「お兄様、お手紙受け取ってくれた?」

「えぇ。もちろんです。こちらお返事ですわ」

 そう言ってマーガレットは手にしていた薔薇を差し出してくれた。

 赤というよりは青みがかった紫に近い花弁を持つ薔薇は、城の庭園でしか咲いていない品種で私が好きだった花だ。


 お兄様、覚えていてくれたんだ……


 ほっとしたせいか、私の視界はどんどん滲んでいく。


「お兄様、私のことなにか言っていた? 祭事に参加して下さらなかったし……侍女達がいうように嫌いなのかなって……」

「嫌ってなんていません。兄と妹のボタンの掛け違いの原因は、完全に神殿側の落ち度ですわ。これからは参加すると思います」

「ほんとう? 良かった。あっ、マーガレット。花瓶ちょうだい。お花飾りたいの。あと、明日もお手紙書くから届けてくれる?」

「えぇ、もちろんです」

 マーガレットは微笑むと、「花瓶を取りに行きます」と言って廊下へ出た。





 +

 +

 +



 お兄様との文通は順調に進んでいたんだけど、今日はお兄様に手紙を渡せていない。

 ちょっと体調を崩してベッドで体を休めているからだ。


「うぅ……頭痛い……」

 ズキズキと痛む頭と重たい体は、私の気分をどんよりとしたものに変えていた。


 昨日、神官から王都の結界が緩んでいるから修復して欲しいとお願いされたせいでこうなっている。

 結界を修復したんだけど神力のバランスが保てず、体に負担をかけて倒れてしまったのだ。


 私が聖女の力を自由に操れるようになったのは、十二歳の頃。

 それまでは上手に力のバランスが保てず、体に負担をかけて倒れたことが何度かある。


 ループ前の記憶があるはずなのに、お兄様のことで頭がいっぱいですっかり忘れちゃっていたんだよね……


「体調不良のせいで今日はお兄様へお手紙を渡すことができないわ。マーガレットが断りに行ってくれたけど」

 お兄様との文通はあれから数日ずっと続いている。


 ――お兄様が闇落ちする原因がわからないのよね。


 私としてはお兄様よりもお父様の方が大問題だと思っている。

 皇帝の座を放棄し、離宮で女性とその子供と一緒に暮らしているなんて。

 しかも、国庫に手を出しての贅沢三昧。


 私とお父様の関係は良好ではない。

 昔、「お父様」と呼んだことがあるけど、その時に「私は君の父上ではない。生物学上は父上かもしれないが」と言われたことがあった。

 あの時は意味がわからなかったけど、今ならわかる。

 きっと、お父様にとって家族はあの離宮にいるエリセとニヒルなのだろう。


 父親としては何も望んでいないけど、皇帝としてはちゃんと区切りをつけて欲しい。

 民のためにも。


「お父様の件もなんとかしたいわ」

 深いため息を吐き出して瞼を下ろす。


 少し休んでから考えよう。頭が働かないし……ん。なんか廊下が騒がしくない?


 静寂を切り裂くように廊下からドタバタという乱暴な音が届く。

 なんだろう? とゆっくりと体を起こし、私は扉の方へ顔を向けた。


「なにかあったの? ループ前の記憶では特に問題なかったはず」

 私は重くてだるい体をなんとか動かし、扉を開けて廊下へと出て言葉を失う。

 だって、目に飛び込んできたのは、混沌とした状況だったから。


 廊下には倒れている複数の警備兵と、抱きしめあいながら震えている神殿の侍女達。


 それから――


「お、お兄様!?」

 お兄様は魔王のように真っ黒いオーラを纏いながら、警備兵の胸ぐらを掴んでいる。


 待って! 闇落ちしてないよね!?

 視線で人が殺せるなら、お兄様はこの場にいる全員を殺しているくらい怒っているけど。


 お兄様の傍には、彼の右腕であるフレッド様の姿があった。

 フレッド様は両手で顔を覆いながら「ジル、やりすぎるなって言ったじゃないか……」と言っている。


 ――ど、どんな状況!? どうしてお兄様がここに!?


 聖女の居住エリアは神殿内でも限られた者以外は立ち入り禁止。

 いくらお兄様がこの国の皇帝とはいえ、簡単に足を踏み入れることはできないはずなのに。

 そんな簡単にお兄様とお会いできるなら、私はダメ元で教皇様にお願いなんてしない。


「そもそも、ループ前の記憶と全然違うわ。『お兄様が神殿に来たことなんて一度もない』もの。それなのに、どうして?」

 結界修復のために魔力不足に陥り、体調不良になったことまでは同じ。

 でも、ブチキレたお兄様が乱入なんて記憶ないわ。


 私の知っているループ前の記憶と全然違う。

 だから動揺を隠せないけど、まずはこの騒動を治める方が先決。

 これ以上の騒ぎになったら、大事になっちゃうし。






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