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殺された聖女はループする

「お願い……目を覚まして……」

 私は地べたに座りながら、漆黒の軍服姿の男性を抱きかかえていた。

 とめどなく溢れる涙が彼の頬に落ちるが、伏せられた瞼は開くことはない。


 漆黒のさらさらの髪にすっとした鼻。

 形の整った薄い唇は、名のある人形師が作り上げたみたいに本当に綺麗な顔だ。


 彼はフロワ皇国の皇帝・ジルタクス。

 稀少な闇魔法を使い、残虐非道な行いをする魔王と呼ばれていた。


「ごめんなさい……」

 ジルタクスはまるで眠っているみたいに穏やかな表情をしているけど、決して目を覚ましてはくれない。


 だって、『私が殺した』から――


 ついさっき、ジルタクスが率いる魔王軍と聖女が率いる聖女軍の大戦が終結した。


 大戦のきっかけは五年前。

 世界でも稀少な闇魔法使いだったフロワ皇国の皇帝・ジルタクス。

 彼が自分の魔力に飲み込まれた結果、自我を失って国を火の海と化したことが原因だった。


 戦火は国単位から大陸へと広がっていった。

 その上、魔王に付随し領土を広げようと、加担する国々も出てきてしまったため混沌と化していく。


 でも、戦火に巻き込まれた人々も指をくわえてただ見ていたわけではない。

 彼らには希望があったから。


 闇魔法を使うジルタクスに対峙できる唯一の存在である聖女・ルナの存在だ。


 聖女を中心に竜の国・カルディアなどの国々が同盟を結成。

 魔王軍VS聖女軍の戦いが火蓋を切ってから三年という月日が経過した。


 戦いは一進一退だったけど、ついさきほど決着がついた。

 聖女の放つ神の矢が魔王の胸を打ち、魔王が絶命したことによって。


 これで世界は平和になり、ハッピーエンド。


 なんて絵物語のようにならない。

 だって、『聖女が私』で『魔王が私のお兄様』なのだから――



「お兄様……暴走を止められなくてごめんなさい……」

 抱きしめているお兄様はぐったりとしたまま。

 私は治癒魔法が使えるんだけど、闇魔法使いのお兄様では無効化してしまう。

 だから、抱きしめるだけしかできない。


「私が聖女に選ばれなければ……!」

 幸せだったあの時に戻りたい。

 お兄様の膝の上に座って絵本を読んで貰って、お母様がそれを温かく見守ってくれていたあの時に。


 私の幸せが壊れたのは、三歳の頃。

 大勢の神官達や慌ただしく王宮にやってきた。

 私が神託によって聖女に認定されたから、教会で引き取ると。

 神官達に連れ去られるようにして私は王都の神殿へ。

 以後、お兄様とお母様とは二度と会えず。


 神殿は自由のない鳥かごだった。

 今までお母様とお兄様に自由に会えていたのに、たとえ家族といえども面会禁止。

 その上、祭祀などの聖女としての仕事以外は聖女専用の居住エリアからは出ることを許されない。


 聖女は神の子。ゆえにお母様が病気で亡くなった時も葬儀に参列することも許されなかった。


「私が聖女じゃなければ……傍に居られたのに。そうすれば、お兄様も闇落ちを止められたのかもしれないのに……ごめんなさい、お兄様」

 お兄様を強く抱きしめれば、ふわっと風が舞い分厚い雲が覆ったかのような黒い影が頭上にさした。


「ルナっ!」

 上空から名を呼ばれたので弾かれたように顔を上げれば、白竜に乗った軍服姿の青年の姿があった。

 耳が隠れるまでのプラチナの髪を揺らしながら、不安げな表情でこちらを見下ろしている。


 彼は竜の国・カルディアの王であるレオ様。

 この世でただ一人、竜達を使役する竜王として人々に慕われていた。

 この大戦で私の傍で心の支えになってくれ、サポートしてくれる優しい人。

 私は彼に密かに惹かれていた。


「無事か!?」

 その問いに私はただ首を左右に振る。


 体は無事だけれども、心はボロボロ。

 だって、大好きなお兄様を殺したから。

 世界は平和になったかもしれないけど、私もお兄様も救われない。


「今そっちに行――……ルナっ!」

「え?」

 突然、レオ様の顔が強ばり荒い声を上げたため、私は首を傾げる。

 一体、どうしたの?

 そう問うこともできないうちに、私の背中に痛みと熱さを感じた。


 あぁ、切られたのかとわかったのは、周りの人達の悲鳴と共に視界の端に血しぶきをみた時だ。


「――あんたに生きてもらわれると困るんだよ。『王女様』」

 背後から低い男の声が聞こえ、私は咄嗟に地面に落ちているお兄様の剣へ手を伸ばそうとしたが切られたせいか体が動かない。

 力が入らず、私はそのままお兄様へと覆い被さるように倒れ込んでしまう。


 王女として?

 聖女認定を受けてから王女なんて呼ばれたことないのに。

 どういうことなのだろうか……


「聖女様!」

 周りにいた騎士達の叫び声が聞こえ、数人がこちらにくる足音が聞こえる。


 もう指先すら動かせないわ。

 私はこれで終わりなのね。


 自分の最後を察していると誰かに抱き起こされた。

 けれども、遠のいていく意識のせいか、視界がぼやけてしまっている。


 水中にいるかのようにぼんやりとしか見えない視界の中、抱き抱えてくれている人の騎士服の一部が窺える。


 ――『剣と百合の紋章』?


 こんな紋章見た事がないわ。

 どこの国の騎士団なんだろう。百合は聖女を示す紋章だけど。


「聖女様……! 申し訳ありません。我々が傍にいたのに……」

 悲痛な声と共に大きな手が頬を触れたため、視界がズレる。

 ぼんやりと見えたのは、満月を思い出す金色の瞳だった。


 貴方が気にすることはないよ。

 そう言ってあげたいのに言えない。


 これは罰なのかもしれない。

 唯一の肉親であるお兄様を殺したことに対して。


 でも、これでいい。

 お兄様を一人で逝かせずに済むから。

 待っていてお兄様。すぐ傍に……


 私はゆっくりと沈んでいく意識に身を任せた。




 +

 +

 +




「……ん」

 顔に強い光を感じる。

 あまりの眩しさにゆっくりと目を開ければ、真っ白い天井が広がっていた。

 ふかふかのやわらかいものが肢体を受け止めてくれている。

 どうやら私は体を横たえているようだ。


「私、生きているの?」

 ゆっくりと体を起こしたんだけど、視界に入ってきた光景に違和感を覚えてしまう。


 厚手のカーテンが敷かれた窓。

 それから、銀のフレームで覆われた姿見、籐で作られた椅子などがあり、壁には聖女の象徴である百合の絵が描かれている。


「ここって、王都の神殿。しかも、聖女の部屋だわ」

 どうやら私は十四歳の頃まで暮らしていた王都にある神殿の部屋にいるらしい。


 どうしてここにいるのかしら?

 それに、背中に受けた傷の痛みが全くないわ。


 誰かが痛み止めでも打ってくれたのかな? と思いながら背中に手を伸ばしたら、ふと違和感に気づく。


「あ、あれ……?」

 手が届かない! 私、手が短くなっちゃった!?

 背も縮んでいるし、背中もなんか肉厚で柔らかいような感じがする。


 自分の中で言い知れぬ不安がどんどん膨らんでいく。


 私は不安を払拭するために、ベッドを降りて姿見のところに向う。

 鏡に映されているのは、透き通るような水色の髪を持つ幼児だった。


 年齢は六歳くらいかな?

 真っ白なワンピースの寝間着を着ているんだけど、サファイアのような色をした瞳を極限まで見開き、両手で頬を押えて固まっている。


「ど、どうなっているのっ!? ありえないわ。だって――これって子供の頃の私の姿なんだもの!」

 もう頭が真っ白。

 それもそうだろう。だって、ついさっき死んだ時は十八歳。

 それなのに、今は五・六歳くらいだ。


「もしかして、過去に戻っているとか……えっ……夢? でも、リアル過ぎるわ。とにかく、確認しなきゃ!」

 私はすぐさま壁際にある机に向う。

 夢でなければ、アレがあるはずだ。


 私は引き出しから分厚い辞書のようなノートを取り出す。

 あった! 聖女の執務用記録帳!


 毎日記録をつけるのが聖女の義務と言われ、文字が書けるようになった時から書いている。

 ページを捲っていき、昨日の日付を見て私は膝から崩れ落ちた。


「ろ、六歳の頃に戻っているんですけどっ!?」











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