反射鏡って、重複表現だよなぁ
スマートフォンだけを持ち、家を出る。
雲がほぼないことが判る程度には空は明るいが、まだ、人の目覚める時間には早い。
こんな時刻に起きているのは、昨夜から寝ていないものか、眠る必要のないものだろう。
起きている必要のないものをたたき起こすような事象は、起きていないようで、まぁ、平和だ。
今のところ。
眠る必要のないもの一つである自動販売機で、たばこを購入する。年齢確認も、対価の引き落としも、スマートフォンで済む。
そろそろ、自動販売機も私が購入する銘柄を覚えてくれて、スマーフォンを翳すだけでいつもの煙草を差し出してくれるようになっても、不思議ではない。
煙草の消費量から、癌検診の案内まで送ってくれるようになるかも知れないし、さらに言えば、葬儀社の予約までしてくれるようになるかも知れない。
まぁ、それは、ビッグデータの無駄遣いだが。
私ら仲間内でとある名前で呼ばれている十字路に差し掛かると、反射鏡が目に入った。
致命的ではないが、うっすらと、曇っている。
足元には、枯れた花びらが揺蕩っているだけだ。
朝の風が吹けば、曇りも取れるだろうし、花びらもどこかへ運ばれてゆくだろう。
家を出てから1時間ほどの時間をかけて、いつもの巡回コースで、いくつかの事象を観察し、いつもの場所へ。
そろそろ、一般のものも目覚める時刻だ。
その寺の門では、腕組みをした『少女』が待っていた。軽く不機嫌のオーラが見える。
「遅い」
いくつかの返答候補が浮かんだ。
「いつもの時刻だが?」
「そんなに私に会えるのが待ち遠しかったのかい、子猫ちゃん」
「お待たせ致しました。お待たせし過ぎたのかも知れません」
などである。
が、私は、先に煙草を差し出して、こう応じた。
「何かありましたか?」
煙草の箱を受け取り胸に抱いた『少女』は、まるで、自分の胸に語り掛けるように。
「何もないと、思う」と、呟いた。
「ただ、どうにも、少しだけイラついている自覚はある」
煙草を1本取り出した『少女』はオイルライターで火をつけると、深々と吸い込んだ。
「セブンスターは火薬のニオイしかせぬのぉ。まぁ、それが良いのだが」
と呟いたような気がするが、聞き逃しても、害はなさそうだ。
「そちらは、なにか、あったか?」
「鏡が、曇っていました」
「まさか、加護の辻の?」
「はい。風が吹いていないせいかとも思いましたが、花びらを拾って参りました」
「枯れていたのか?」
「醜く」
「ちょうどよい。今朝の野菜は、いつもより多めに採れたでな、婆様にも、持ってゆけ。この夏、最後かも知れぬが西瓜もあるぞ」
「承知」
私は、レジパックに入った、重みのある野菜を受け取った。
「そちらに入れて、お手伝いできれば良いのですが」
「収穫の鎌は足りておるし、一応は、ここは、尼寺ということになっておるしな」
ふと黙った『少女』は、ぽつりと言った。
「カジは足りているということじゃ」