10 青騎士団の騎士長だった人
元青騎士団トカッツ・サホロー。さっきのノーナっていう女の子の父親かもしれない……
青騎士団は王や国幹部、貴族の護衛を主に行う部隊だ。
トカッツさんはそこの騎士長で、騎士団総長の側近の護衛を担当してたはず。
詳しくは知らないけど何かしらやらかして追放されたって聞いたけど、今は何をしてるかは分からない……
「サレムさん、見てきましたよぉ」
夜になってからラピスにサホロー家を見てきてもらった。
相手に姿を見られないラピスは偵察にはうってつけだからな。
「サンキュー、相手はトカッツさんで間違いなかったか?」
「そうみたいです。ノーナちゃんが言ってた通り夫婦の仲はいいとは言えないですね。すれ違っても会話もないですし、同じ家に住んでるのに別々に行動してました」
「やっぱりトカッツさんか……夫婦の関係が冷え切ってるからノーナちゃんに当たってしまってたのかな……」
理由は騎士団を追放されたせいと考えるべきか……
ノーナちゃんはトカッツさんが追放されたことを知ってるのか? ここで質問したときは帰りは遅くなったけど、追放されたなんて話はしてなかった。多分知らないんだろうな……
「なんとかノーナちゃんの悩みを解消してあげられないでしょうか……」
「そうだな……トカッツさんは今何の仕事をしているかはわかったのか?」
「うーん……会話もしてなかったんで、そうゆう事は何もわかりませんでした……あっただ剣の手入れを念入りにしてましたよ」
「傭兵でもやってるのかな……」
詳しくはわかりそうにないか……剣の手入れをしているってことは明日どこかに行くのかもしれないな。
跡をつけてみるか……
◆
翌日、朝早くからサホロー家の前で張り込みをした。
ラピスだけに頼んでいるのも申し訳ないし、世間知らずなラピスがひとりで見ただけじゃ今何をして稼いでいるかを正確に把握できないかもしれない。
銅貨一枚じゃ到底割に合わない仕事だ……これからはもっとビジネスライクに相談を受けていかないとな……客もいないのに偉そうなこと言ってられないけど……
家の扉が開きトカッツさんが剣を持って出かけて行った。
「すごい、読み通りですね!」
朝一の張り込みは正解だった。前日から準備してるくらいだからなまあ十分予想できたことだ。
「これからだ、見失わないように跡をついて行こう」
トカッツさんが俺のことを知っているのかは正直分からない。そこまで面識があったわけではないからな。
今の時間は人通りも少ないし、何より尾行する相手は長年護衛をやってきた者だ、他人の視線や気配には敏感だろう。
向かっている先は当然城ではない……街を外れて少し離れた場所まで進んで行った。
ずいぶん歩くな……目的はなんだ……
「奥に建物がありますよ」
建物? ラピスの言う通り、街を抜けて荒地が続く中にポツンと一軒の掘建て小屋が立っている。
全然把握のない場所だ。ここがトカッツさんの目的地なのか?
予想通りその掘建て小屋に入って行った、近くまで俺が行ってばれたら怖い、ラピスに様子を見てもらいに行った。
かなり街の外れまできた。こんなところで何をしてるんだ……
騎士を追放されて途方に暮れてここにいるだけ……あり得なくはないけど……
「サレムさーん! 人がいっぱいいましたよ」
ラピスが戻ってきた。あの建物の中に大勢人がいる?
「なんの集まりかわかったか?」
「うーん、詳しくは……誰かが『うちのギルドでは』って言ってたんでギルドっていうものなんでしょうか」
「なるほど、冒険者ギルドね……」
騎士団を追放されたり自主的に辞めていく者っていうのはいないわけではない。
元々潰しの効く仕事ではないから騎士の経験を生かして転職して有利になることっていうのは少ない。そのせいで俺も今苦しい生活をしているっていうのもあるし……
そんな騎士団を去って行った者が培ってきた剣の技術や人によっては異能を活かしてギルドに入り、日銭を稼いで生きてくようになるっていうのは聞いたことがある。
騎士にいた頃はそれこそ縁のない話だったからそこまで意識したこともなかったけど、そもそも騎士団はギルドっていうのをあまりよく思っていない。
柄の悪い連中が多いし、街にいるとそこら中で喧嘩をするわ、揉め事を起こすことが多いからだ。
それだけ血の気が多い連中が多いってことだよな。そんな中に入ってトカッツさんやっていけてるのかな……
掘建て小屋からどっと笑い声が聞こえてきた。
なんだが聞き覚えのある雰囲気の笑い声だ。集団で人をバカにする底意地の悪い声……
ジッとしてられずに、小屋の近くまで近づいてしまった。
「なあおっさん、うちのギルドは入隊順なんだよ。どれだけ偉かったとしても、年齢がいくつだとしても関係ない先に入ったやつが偉いんだ。いいかげん覚えてくれよ」
「すまない……」
「すまないじゃなくて、すみませんでしただろ。いつまで騎士だった時のことを引きずってんだよ!」
声の感じからして若い奴だ。スカした話し方のやつに青騎士団の騎士長までやっていたトカッツさんが怒られてる。
あの人は40半ばくらいの年齢だったよな。おそらく自分の半分くらいの歳の奴らにこんな風に言われて……
周りからもトカッツさんのずれている部分をわざとらしく指摘されては笑いが起こる。
「ひどい……」
俺は中を覗き込むわけにはいかないが、様子を見ているラピスが思わず口走った。
今も騎士をやっていると思っているノーナちゃんにこんな姿見せれないぞ……
騎士を追放されてからずっとこんな仕打ちを受けながら家族を養うために耐えてやってきてるのか……
「それでは行ってくる」
トカッツさんがひとりで出て行った。
あれ、ギルドの連中って大概複数で行動しているんじゃないのか……?
小屋の中からギルドの連中の話声が聞こえる。
「なあ、あんなおっさんうちにはいらないんじゃねぇの?」
「しょうがないんだ。入れろって言われてるんだよ、このクエストをひとりで受けさせるためにな」
「ハハハかわいそうだよな。あのおっさんそんなことも知らずに家族のために頑張りますなんて言っちゃってさぁ」
「さっきの顔見たかよ、自身満々に『それでは行ってくる』だってさ。これから死にに行くってのになぁ」
「やめろ、滅多なことをいうんじゃない。依頼とは言えメンバーを失うことに俺は心を痛めてるんだ。ただおっさんよりも報酬が大事だっただけでな」
「お前が一番ひどいこと言ってるじゃねぇかよ!」
まずくないか……
こいつらトカッツさんのことを仲間だなんて思ってない……
しかもこのまま放っておいたら死ににいくことになるってことだよな……




