1 最悪の任命式
巨大な城の様々な場所で日中から花火が上がる。
城内からは鼓笛隊の陽気な演奏とともに歓声がわく。
ここは巨大王国クーガ。この国では古くから騎士が有名で国民の多くの憧れだ。
今日はこの国最大の行事『任命式』の日。
お祭りムードでみんなが楽しんでいるが、なんと言っても今日一番の目的は国民達も見守る中、コロシアムの中心で騎士ひとりひとりが国王から名を呼ばれることにある。
もちろんこの俺サレム・ノヴァも騎士として国王から名を呼ばれる側だ。
コロシアムに次々と国民が押し寄せる。そろそろ始まる時間だ。
城内が徐々に静かになってきた。祭りの雰囲気から一変し神事の前の神聖な空気に会場が切り替わっていく。
「白騎士団、いくぞ!」
「「「はっ!」」」
通称白門と呼ばれる白騎士団長の発声で俺の所属する白騎士団はアリーナへ入っていく。
観客席からの割れんばかりの歓声が上がる。
騎士達は誰ひとりとして表情を崩すものはいないが内心、最高に気持ち良くなる瞬間だ。
国民から憧れとなり、その前で国王から一年間騎士としての任命を受ける、俺も騎士になる前は任命式に憧れていたもんだ。
国王が一枚の大きなプレートを手にとる。あれに騎士団員の名が刻まれている。
「白騎士団団長アッシュ・ド・ベルナレク」
「はっ!」
国王の命名に白騎士団長が右の拳を胸に当て高らかに応答した。
始まった……
騎士には
「騎士団長」
「聖騎士」
「騎士長」
「騎士」
「騎士見習い」
と序列が存在する。
任命式の舞台に立つことができるのは「騎士」からで俺の序列は式に出れるギリギリの「騎士」だ。この式典は上の序列から順に名を呼ばれるから最後の方に名を呼ばれるはず。
こうしてこの舞台に立っていると騎士になってから今までのことを思い出す。16歳で騎士見習いになって21歳で騎士になることができた。これでもエリートコースって言われるほど早く騎士になって家族や友人から驚かれたもんだ。その後からはちょっと思い出したくないけど……
そんなこんなでもう今年で30になった。一緒に騎士になった奴らの中には「騎士長」になったのまで出てきている。そろそろ俺だって……
おっと、そんなこと考えているうちにもう「騎士」の任命が始まり出していた。ここでとちって応答できなかったりしたら騎士の恥だ。日頃の鍛錬の成果を見せるため大きな声で返事しなくちゃな。
「ドーイッツ・コーイッツ」
「はっ!」
よし、次が俺の番だ! 何度やってもこの瞬間は緊張する。頭が真っ白だ……この後サレム・ノヴァと呼ばれたら元気に返事だ! とにかく大きく息を吸い込んで……と……
「ウィリス・ハーティム」
あれ……? 飛ばされた? 俺の名前、呼ばれなかったぞ……
さては国王も緊張してて俺の名前を読み飛ばしてしまったな……オッケーオッケー最後に呼んでくれさえすれば大丈夫だ。これくらい目くじら立てるようなことじゃ全然……
「以上で白騎士団の任命を終わる」
「ちょっとちょっと! 俺は!?」
はっ……思わず国王に向かって突っ込んでしまった……
いつもの悪いクセだ……いじられ役が板についてしまい、つい突っ込んでしまう……まさか、こんな神聖な場所でやってしまうなんて……
「む……?」
やばい、国王が眉間にシワがよってる……俺はなんてことをやってしまったんだ……
観客席からもためいきと失笑が聞こえてきた……
◆
最悪の任命式にしてしまった……
任命の後すぐに俺は白騎士団長に呼び出された、そりゃそうだよな……でもちょっと待てよ、なんで俺の名前が呼ばれずに終わるんだよ、おかしいだろ! 団長だからって関係ない、聞くべきことはちゃんと聞いておかなきゃな!
「来たか、サレム」
白騎士団長の控え室に着くとさっそく向こうから声をかけられた。声の感じ的にはそんなに怒ってるようには思えない。もしかして逆に謝られるパターンか?
「失礼します」と告げて、すごすごと控え室に入ると冷静な表情をした団長が立っていた。
「すまないな……」
やっぱり謝られた。そうかそうかそうだよな、やっぱり神聖な式典で名を飛ばすなんてあり得ないもんな!
「いえ、大丈夫です! 国王も緊張とかするんですね。いいものが見れて光栄です」
まあ下手なフォローでもないよりマシだ。大人のたしなみってやつだ。
「何か勘違いをしているようだが、私がすまないと言ったのはこの会場に君を呼んでしまったことだ」
「えっ? どういうことでしょうか?」
おいおいおい、なんか変な話になってきてるぞ……
「白騎士団のプレートに君の名は刻まれていない」
そんなバカな……
「突然すぎます……何かの間違いじゃないんですか?」
「もう何も告げることはない……君は騎士団から追放だ……」
ウソだろぉぉぉぉぉぉぉぉ……
◆
控え室から出てとぼとぼと歩いていた。無口な白騎士団長はそれから何も答えてくれなかった。
深く考えたくない……薄々感じてたことが現実になってしまったんだ……
国王が持っていたプレート、あれは在団する騎士が記されたものだ、それに名前がないってことは……
「よおスマイル! お前クビだってな!」
このデリカシーのない声……そして『スマイル』という蔑称……本当なら俺の後に名を呼ばれるはずだったウィリスだ。
「お前には関係ないだろ……」
こんな奴相手にしても、時間の無駄だ。
「おい待てよ、無能のスマイルさんよぉ!」
「俺はそんな名前じゃない!」
ーースマイルーー
そう呼ばれるようになったのは見習いから騎士に昇格してからだ。
騎士になるとまず大聖堂で神からの加護を受け様々な能力を授かるーーはずなのに、俺は能力がもらえなかった。
他の奴らに聞くと白髭を生やした威厳のある神が降臨してきて異能を授かったらしいが、俺の前に現れたのは若くてかわいい女神様だった。
問題はそこからで、女神は俺に何もくれずにニコッと微笑んでいなくなってしまった……
それを仲間に話したらみんな大爆笑だ……
俺が授かったのはスマイルだけだったってな……
それから巡り巡って気付けばバカにされスマイルと呼ばれるようになっていた。
『無能のスマイル』この名は城内だけじゃなくて国民にすら知れ渡っている。俺だって好きでこんなことになったんじゃないのに……
「聖騎士のマモート様からの伝言だ。今日中に宿舎の荷物をまとめて出ていくようにだってよ。じゃあなスマイル」
「はぁ? 今日中?」
ウソだろ……なんの用意もしてないんだぞ。
マモート爺さんめ……無茶だと分かっててわざと言ってきてるんだ……
「猶予は今日中だ。明日以降お前は部外者だからな。ここや宿舎に勝手に入ったらその場で斬り刻んでやるからな! ヒャハハハハハハハ!」
高笑いしながらウィリスは去っていった。
唖然としたまま立ち尽くしていた。
こんな簡単に追放されるものなのかよ……
俺はこれからどう生きてけばいいんだ……
騎士団だって大丈夫か? 無能なりに騎士になって10年色々やってきたぞ。いきなり俺がいなくなって回るのかよ。
なんか腹立ってきたぞ……こんな仕打ちを受けたのになんで俺はまだ騎士団のことが気にしてるんだよ……
「あの……私のせいで、ごめんなさい……」
ん? 女の声……?
どこから聞こえたんだ? 周りには誰もいなかったはずだ。
「あっ、お前は!?」
振り返った先にいた女、忘れもしないこの見た目……
加護を受けた時に微笑んでいた女神様だ。