第一話「手紙とギャル」
この「小説家になろう」で異世界モノを読み、自分も書いてみたいと思い立ちました。
しかし、ただの冒険ファンタジーでは面白くないので、この作品では、「魔法をどう身につけていくのか」という部分に焦点を当て、主人公がリアルに勉学や修行に励むところを省かない、というのをテーマにします。
ポンポンと能力を身につけてガンガン最強になっていくようなストーリーではありませんので、ご留意ください。
現実に勉強を頑張っている方々の息抜きと、頑張る意欲になったらいいなと思います。
その1枚の手紙が、聖司の人生を変えた。
いや、その手紙だけではない。
その手紙を包んでいた封筒が、
その封筒が投函された郵便箱が、
その郵便箱に配達してくれたおじさんが、
そのおじさんが乗っている配達用のバイクが、
その配達用のバイクに給油されたガソリンが、
その給油されたガソリンを日本に運んだタンカーが、
そのガソリンを日本に運んだタンカーに原油を掘って積んでくれた中東の見知らぬ人々が、
その全てが自分の人生を変えてくれたのだと聖司は思った。無駄なことを考えなければ、驚きや喜びという感情に心が耐えられそうになかったのだ。それほどに、その手紙は聖司の人生を変え、聖司を有頂天にさせた。
その手紙には、1つの図形が描かれていた。
あまりにも複雑な図形で、見覚えもなかった。
外側に円があり、内側にもいくつかの円があった。それに重なるように三角や四角が描かれ、それらの間には文字のようなものが書かれている。
正確には、聖司にはその図形に多少の見覚えがあった。
いわゆる魔法陣だ。テレビゲームやアニメによく出てくる。
学校が終わって帰宅すると、郵便ポストから配達物を取り出すのが聖司の日課だった。だから、その手紙も聖司が最初に見た。
「灰梨 聖司 様」という宛名の封筒から手紙を取り出し、その意味不明な図形を眺めていると、図形が微かに光り出した。
すると不思議なことに、頭の中に文章が浮かび、声が聞こえてきた。
簡単に言うと、その声は「あなたに、魔法世界の学校への編入を認める」という主旨のことを言っているらしかった。
普通であれば、そんな世迷言を聞いて信用するはずがない。しかし、それも光る図形の力なのか、聖司にはすぐにそれは事実なのだと理解できた。
それから、聖司はあらゆることに感謝する試みを始めたのだった。
そして、聖司が想像の中で中東の人々と握手していると、来客のチャイムが鳴った。
いつもは「親不在の時は居留守を使うように」と母親に言いつけられているため、インターホンに見向きもしないのだが、その時の聖司はたまたまインターホンを見た。すると、液晶画面に同学年くらいの女子が映っている。聖司の通う中学校の学生ではない。それは見た目でわかった。あまりにもギャルなのだ。聖司のその方面の語彙力では「あまりにもギャル」としか言いようがなかった。
「でも…可愛い」
つい声に出てしまった。それが恥ずかしくて、聖司は顔を背けた。
再度来客のチャイムが鳴った。そのギャルは簡単に帰るつもりはないようだ。
小さく「開けなさーい」と聞こえた。
インターホンは通話状態にしていないので、玄関先でギャルが大きい声を出しているようだ。
「灰梨聖司ー、開けなさーい、いるのはわかってんのよー」
自分の名前を呼ばれて聖司は驚いた。自分に用があるのはわかったが、相手が誰なのかわからない。リビングを出て玄関までこっそり忍足で来てみたが、ギャルの知り合いはいないし、家に押し掛けられる覚えもない。
ギャルは段々とボリュームを上げて聖司を呼んでいる。
「灰梨聖司ー、開けなさーい、無駄な抵抗はやめなさーい、あなたは包囲されているー」
「いや誰にだよ!」
つい応えてしまった。ギャルにしては中々の策士である。
「いいから、開けなさい。親御さんも悲しんでるぞ」
ふざけたギャルだと思ったが、仕方がない。居留守は破られてしまったし、同年代の女子が自分を訪ねてきたら悪い気はしない。どんな用なのか聞いてみたい気もする。
「僕、立てこもり犯じゃないんですけど」
そう言いながら、聖司はドアを開けた。
「よう、兄弟」
ギャルは眩しい笑顔でそう言った。
聖司は、その笑顔が本当に眩しいと思った。
本当に、本当に眩しかった。
実際光っていた。
「え?…え?」
聖司がドアを開けた姿勢のまま戸惑っていると、ギャルはズンズン家に入ってきた。
「なによ、なにしてんの?お茶くらい出してよ」
「お茶…あ、はい」
聖司は慌ててリビングのテーブルにギャルを案内した。
「お茶、あの」
「紅茶ある?」
「はい」
「じゃあそれで」
キッチンに駆け込み必死の思いで電子ケトルに水を入れお湯を沸かす。紅茶のティーバッグを棚から取り出そうとして、聖司の手が止まった。
「あの〜」
「なぁに?」
ギャルは、微かに光る自分の顔を手鏡でチェックしている。
「アールグレイと、セイロンと、ダージリン、などございますが」
棚を覗き込みながら、読み上げた。
少し間が空いて、ギャルは言った。
「ダ、ダーズリンで」
「ダーズ?」
「ダー…なんでもいいわ!さっさとしてよ」
「ダージリンでいいですか?」
キッとギャルは聖司を睨んだ。
「それでいいってば!」
聖司は落ち着きを取り戻した。そして「それにしても、この知ったかギャルは誰なんだろう」と考えた。
どう考えても知り合いではない。親族でもないはずだ。
それに何より気になるのは、体が発光していることだ。
聖司はふと、あの手紙の図形のことを思い出した。
あの図形も発光していた。
(もしかして、あの手紙と関係しているのか?)
ケトルのお湯が沸いた。
来客用のティーカップを棚から適当に選び、ティーバッグを入れてお湯をそそぐ。
良い香りが立った。
それをギャルの前に運び、聖司はギャルの斜め前の席に座った。
ギャルは紅茶の香りを嗅いでいる。
「良い香りね〜」
ギャルの顔を改めて見て、やはり可愛いと聖司は思った。
目が大きくてまつ毛がくるんっと上向きに反っている。その瞳は青白い。カラーコンタクトを入れているのだろう。
鼻筋がスッと通っていて唇は少し控えめだが、薄過ぎるということもない。
何より肌が陶磁器のように綺麗なのが聖司の心を打った。
父親に借りて読んだ小説にあった「陶磁器のような肌」というのはこのことを言うのかと納得した。
髪の毛が白いような、青いような、そんな色合いで、一見ギャルのように見えるが、実はそれほど濃い化粧をしているわけではないことに気がついた。
聖司にとって、①髪を染めていること②化粧が濃いことの両方を満たす女子は、ギャルなのだ。
マジマジとその女子を見つめていると、目が合ってしまった。
「なによ?」
「あ、いえ、なんでも…」
「そういえば、手紙読んだ?」
女子は、聖司がテーブルの上に置きっぱなしにしていた手紙を指差して言った。
「読みました!やっぱりこの手紙と関係してる人なんですか?」
「そうよ。ていうか、それも書いてあったでしょ?説明のために使いの者が参りますって」
「そういえば、そんなこと言ってたっけ」
「あんたね〜、そんなんで大丈夫?一応こっちの世界で優秀だから選ばれたんでしょ〜」
「よく母親にも、あんたは肝心なところが抜けてるって言われます」
聖司は照れて頭を掻いた。なにかあると頭を掻くのが聖司の癖だ。
「それより、この手紙に書いてあることって、やっぱり本当のことなんですか?」
胸がまたドキドキとしてきた。聖司に訪れた夢のような、アニメのような展開。そしてさらに訪れたそれを保証する人物。確かめなければいけない。
「本当よ。あなたは選ばれたのよ。魔法世界への編入生に」
「そして、申し遅れたけど、私こそ、あなたを魔法世界へとお連れする分神、麒麟のリンちゃんよ!」
そのリンと名乗った女子は、古いアニメの変身ポーズのような姿勢を取り、聖司に向かってウィンクしたのだった。