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ノースウィック教会

週一回の更新を目指したいものの、時間がとれていません

 小さな手が器用に髪を編み込んでいく。アンガスの左耳の後ろに一本三編みをつくり、前髪は残して髪の上半分は結い上げて残りの髪はそのまま肩まで流す。髪型に大した頓着もないためシャノンの好きなようにさせていた。


「色男にできましたよ」


 少女の姿になったシャノンが満足そうに髪の結い終わりを告げ、アンガスは自分の髪を触って三編みに触れた。三編みには成長、進化、復活という三つの祈願が込められており、地位や職、年齢を問わず好まれる結び方の一つだ。


 幼くなってしまっていても指の使い方までは忘れていないらしい。それにしても器用だと思いながら、アンガスはシャノンに礼を言って身支度を整え始める。シャノンは自分の髪も同じ場所で三編みを一本編み、他の髪とともに一纏めに結い上げていた。髪の結び方ひとつにも願いは込められる、そういうものだ。


挿絵(By みてみん)


「スカーフを留めよう」


 今日はまず教会へ行くが、巡礼者の白いローブは羽織らずに荷物としてまとめておく。代わりにスカーフを取り出し、中央を右肩に留めて裾を体の前後に垂らす。正式な祭典の時を除いてスカーフは色も長さもあるもので構わないが、聖王教で祈る際にはこうして右肩から流す。これはドラゴンの翼を表し、見える形で尊ぶことで加護をいただけますように、という願いが込められていた。二人分のスカーフを留めて支度を終える。


 一階の酒場で店の支度をしていた店主に声をかけて二人は宿を出る。中央の通りの先に見える教会に向けて歩き始めた。道は馬車がすれ違えるように広く作られていて、その道に面して店が並んでいる。店の規模は村の住人向けで、旅人は多くないようだ。


 正面に見える教会の外観に華美さはなく、白く清廉な建物を見ながら歩けばすぐに入り口に着く。

 開かれたままの教会の扉をくぐると、礼拝客用の椅子が多く並んでいた。正面の中央にドラゴンと聖王の大きくはない像が置かれ、そちらに向かって幾人かの村人が手を合わせて祈る姿が見える。


 アンガスたちも近くの椅子に腰掛け、像へ向かって手を合わせ目を閉じて祈る。像になった聖王やドラゴンに祈ることは無いが、自分達の気持ちを改めて整理するように祈った。この旅の目的、この村で成すこと、その達成のために力を尽くす事を自分に対して宣言してアンガスは目を開く。


 隣のシャノンを見れば、とっくに祈りを終えてどこか遠くを見ている。見た目は少女だが中身は違う。他人が彼女と会話をすれば、すぐその事に気が付いてしまうだろうと考えられた。それを避けるには他人と会話をさせなければいいと、心に病を持ったふりをしてもらうことにしていた。


 演技だと分かっていても、ぼんやりと遠くを見るシャノンが酷く心配になることがあった。をこのままにしてはおけない。はやく見つけなくては。


「アンガスさんですか」


 深い思考の中で唐突に降った声に驚いてアンガスは顔を上げる。見れば聖王教会の教師服を着た初老の女性が手を合わせて立っていた。聖王教師は位で服の装飾が変わるが、この女性の装飾は教会内で最も位の高い教師長のものだった。


「ーーはい、そうです。教師長様にお声掛けいただけるとは光栄です」


 アンガスは慌てて立ち上がり、手を合わせて挨拶をする。教師長は穏やかに笑って礼を返す。


「私はこのノースウィック教会の教師長のヘイリーと申します。巡礼にいらっしゃった旅の方がいるとブレアから聞いております。ーーその理由も。ようこそお越しくださいました」


「私がアンガス、こちらがシャノンです。ありがたいお心遣いに感謝いたします。ブレアさんにはとても親切にしていただきました」


「そう言っていただけると彼も喜ぶでしょう。私達で、なにかお力になれることはありますか」


 この提案はアンガスたちにとってありがたいものだった。妹の心の安らぎのために聖王様やドラゴンについてこの村での話を聞かせてくれないかと頼むとヘイリーは快諾した。


 礼拝室の右手の扉の先にはテーブルと椅子が置かれただけの小さな客間があり、ヘイリーはそこで温かい紅茶とともに座って話を聞ける時間を作ってくれた。


 聖王に関する話は、ブレアが道中に聞かせてくれた話を含めこの村が手厚い保護を受けて穏やかに暮らせているというものが主だった。


 そこから話はドラゴンのものに移る。この村が聖王に保護されるよりも昔にドラゴンに救われたという話だ。


「まだ村には外壁も教会もなく、家がただ並ぶばかりでした。冬は雪に埋もれてしまいますし、貧しくて他から食べ物を買うのも難しい。なので秋までの収穫を村人で分け合いながら春まで食べて暮らしていたそうです」


 だがその冬は平和には過ぎていかなかった。蛮民が現れて大量の食べ物を奪ってしまったのだ。春までの食料が圧倒的に足りず、当時のローク領は税も物価も高く逃げ込んでも生き延びられるかはわからなかった。だがこのままでは村人の多くが飢えて死ぬことになる。そこで、当時村で祭司をしていたというヘイリーの先祖がドラゴンに祈る事になった。


 ノースウィックの村は山の麓にあり、村の北には大きな山が聳えている。木々が多く果実も取ることができて、山から流れてくる川も農業の支えだった。そして多くを与えてくれるこの山はそこに棲むドラゴンの力で育まれている。


 そこでノースウィックの村は昔から、豊穣と平穏を願いドラゴンを信仰していた。村の北から山に少し入ったところに石の祠があり、日々の祈りを行ったり、収穫が終われば実りを捧げて恵みに感謝をしていた。


 村が窮地に陥ったこの時は捧げられるものも無いまま、ヘイリーの先祖を筆頭に村人の全員で助けを願うしかなかった。雪深く寒い風に震えながら、村人全員でひたすらに助けを願

う。ーーすると、空から鐘の鳴るような音が響いた。


「美しい音に驚いた村人たちが顔を上げると、まわりの木々には一遍に果実が実っていたそうです。それを食べることで冬を無事に越すことができたと」


 そうしてドラゴン信仰は続き、現在は聖王教という形でドラゴンにも感謝と信仰を続けているという話しだった。


 これはアンガス達に嬉しい情報だった。昔話といってもドラゴンが住処を移すことは殆どない。毎年村にきちんと作物が育っていることからみてもこの領域を守り続けていることがわかる。まだ山のどこかには居ると期待できるかもしれなかった。


 石の祠に祈りに行けるか尋ねたところ、ヘイリーは丁寧に道を教えてくれた。祠は現在も残っており、月に一度は掃除や手入れを行うとともに祈りを捧げているという。


 アンガスはヘイリーに深く感謝を述べ、その足でシャノンと祠へ向かった。


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