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ノースウィックの村へ

ドラゴンが好きなので、ドラゴンがたくさん出てくるお話しを書くことにしました。

 聖王都の北に位置するローク領の城から西へ馬車で一日のところにノースウィックの村はあった。


 大きな農地と家畜を有するが冬は雪に覆われやすく、一年のうちに何度も農産物が収穫できるわけではないかわりに農地を大きく広げている。冬の間は蓄えた農作物と家畜で食い繋ぐような、住みやすさでいえば特別悪くもないが良いわけでもない村だった。


 そんな村が貧しい思いをせずに暮らしていけるのは、ここの農産物を聖王都に卸していることが大きな要因だ。北の地が飢え苦しむことがないようにとの配慮で、王都はノースウィックの農作物を優先的に仕入れているという。


 ありがたいことだよ、と荷馬車をゆっくりと進めながら初老の男が言った。男はブレアという名前で、ノースウィックの村で農家をしている。痩せも太りもせず健康的な体躯から村での暮らしぶりは彼の話の通りであることが見て取れた。


 ブレアは春先に採れた農作物を売りにローク城下町へ売りに出向いていたところ、商人からノースウィックの村へ行きたいという兄妹を紹介された。


 兄はアンガスと名乗る二十代半ばに見える男で、巡礼者とわかる白いローブに杖を持ち誠実そうな顔をしていた。妹だと紹介されたシャノンは齢十ほどに見える少女だったが、口数も少なく物憂げにどこか遠くばかりを見ていた。


 一日だろうと不審な人間との旅や村に案内することは危険すぎるため、人柄についてはよく見極める必要がある。ブレアの所見としては歳の離れ方が変わっている兄妹だが、似通った目元に薄茶色の髪から兄妹という話に嘘はないだろう。妹の様子に巡礼の理由があるのかと聞けば、西で蛮民に襲われ両親と間の弟を二人喪ったのだという。その話に納得したブレアは、親しい商人の紹介ということも後押しとなり荷馬車に乗せることを了承した。


 そうして馬車を走らせながら様々な事を話していたが、話すほどアンガスの敬虔さにブレアは満足していった。


「民のことを考えてくださる、我らの王は誰よりも尊いお方です」


 荷台に腰を下ろしたアンガスが恭しく両手を合わせて言う。その誠実な態度にもブレアはその通りだと上機嫌になり、村の教会の様子も伝えておいてやろうという気になった。


「うちの村の教会は大きくも豪華でもないけどね、その姿で慎ましいことの大切さを聖王が教えてくだすってるんだ。国と村を守ってくださる聖王とドラゴンを身近に感じられる場所だね。だから村の者じゃないのが巡礼に来てくれるのは嬉しいのさ。村の人たちもアンガスさんみたいな人が巡礼に来てくれたら喜ぶだろう」


 そう言うとアンガスは、「とても楽しみです。旅人に手を差し伸べてくださるブレアさんのような方が居るのですから、本当に素晴らしい村だと疑いようもございません。村の方々が聖王とドラゴンの加護を賜りますように」と丁寧に言葉を返してくる。


 この平和も、敬虔な人々も、すべては聖王の恩恵だとブレアは改めて胸の中で感謝した。


 聖王教会はノースウィックの村を含めこの大陸で最も信仰されている宗教で、ドラゴンの清き教えを授かった聖王により民に伝わった。村と村、国と国が争う混沌とした時代に終止符を打ち、信仰によって秩序と平和をもたらした。


 ドラゴンは人知を超えた力を持ち大地を育むため、戦いに明け暮れる戦士はもちろん、農作をする民にも信仰されてきた歴史がある。けれどドラゴンが人前に現れることはなく、祈りを聞き届けることはあれど、人に寄り添い力を貸すこともなかった。


 そんなドラゴンとともに世界を変えた聖王は尊ばれ、人々は崇め教えを請い王となってくれるよう願った。それに応えた聖王は、奪うのではなく生み出して与える大切さを、生きることに迷うならば祈りを。そうして力ではなく教えで世界を正し、秩序ある平和を与えてくれた。


 聖王が『王』となってから今年で百五十年。ドラゴン信仰はドラゴンと聖王をともに崇める信仰となり、この大陸に平和をもたらし続けている。何故百五十年も続いてきたのか、それは聖王がドラゴンの加護により不老であり不死だからに他ならない。聖王は人間に与えられた救いの神だ。


 だが不信心な者はどこにでも居るもので、聖王都から遠いほど古い神を未だに崇めている地域もある。そういう地の蛮民は聖王の教えを守らずに村や小さな国を襲ったという話を聞いたところだった。


 ブレアは大人しく座っているシャノンに目を向ける。相変わらず遠くばかりを見て心を閉ざした様子だが、アンガスのローブを掴んだ手を見る限り兄から離れまいという意思が見て取れた。


「家族を亡くして、苦労してるだろう……家は西の方だったのかい」


「ーーああ、ええ、そうです。僕らはアトモス国の北にある小さな村で暮らしていました。でも蛮民が突然来るようになって…食料や人手を寄越せと無茶な要求をするんです。村長が断ったのでその時は帰りましたが、夜中に村に火をつけられて…」


 アンガスはブレアの言いたい事を察したらしく、答えながら悲しい記憶を思い出すように視線を下げた。シャノンはアンガスへ目を向けたものの、何も言わずにすぐに顔を馬車の後方へ向けて眺め始める。


「何とか逃げ延びた村人は、それぞれ庇護をいただきました。そのまま僕らは巡礼者になって…西から離れながら、神に祈る日々を過ごしています」


 酷い話しにブレアは胸を痛め、ゆっくりと頷いてから前を向く。二人の旅に祝福がありますように、と呟いて馬の歩みを速めた。




 西日が差す頃、アンガスたちは予定よりも少し早くに馬車はノースウィックの村に到着した。聖王教を信仰する村にはどこも外壁で囲われており、日の入りとともに門は閉じられる。翌朝の日の出までは誰も村に出入りができないため、余裕を持って辿り着いた事にアンガスは安堵の息を吐いた。


 この後は日の入りまでに農作業から戻る村人で賑わっていくのだろうが、今はさほど人通りも多くはなく静かな村だった。


 馬車は門のところまでで十分だと遠慮したが、ブレアはアンガスとシャノンを宿の前まで乗せて行ってくれた。門から真っ直ぐ伸びた通りに面した建物で、隣には厩もある。通りの突き当りには広場と教会を見ることができ、その広場が村の中心であることがよくわかった。


 馬車から降りたアンガスは約束してあった金額をブレアに支払ってから、胸の前で握った右手を左手で包むようにした。これは聖王教で感謝や祈りを捧げる時にするもので、仰々しくは『心手を正しくする』と呼ばれる仕草だが、簡素に『手を合わせる』と呼ばれることが多かった。共通の挨拶にも使われるため、聖王教徒はこの仕草を行う機会が多い。


「ありがとうございました、おかげで野宿をせずに来ることができました」


 これに対し、ブレアも手を合わせて応える。


「助けになれて良かったよ、助け合うことが幸せになる第一歩だというのも聖王の教えだからなあ。それじゃあ、ゆっくりしていってくれ」


 そうして帰っていくブレアの馬車を見送って、アンガスとシャノンは宿に入った。宿屋は基本的に一階が酒場になっており、村の人間が飲みに集まる交流の場になっている。カウンターに立つ大柄な男に宿を頼むと、特に素性を聞かれる事もなく受付と支払いを済ませて部屋の鍵を渡された。三階の右奥だと告げられて階段を上がる。


 階段を上がりながら、二階には扉が三つあることを確認する。三階には部屋の扉が四つあるため全部で七部屋。二階の部屋の一つは間取りが広いということは、宿の主やその家族が住居として使っているのだろう。


 そう考えながら借りた一室の扉を開くと、手狭ではあるがベッドが二つとテーブルに椅子二脚という申し分のない部屋だった。


 扉を開けたアンガスを追い越してシャノンが部屋に入ると、立ち止まってすぐに体を震わせ始めた。アンガスは慌てて扉を閉め、中央通りに面した窓のカーテンも下ろす。


 部屋を見回して他に窓も無いことを確認すれば安心して息を吐いた。再びシャノンへ目を向けると、少女はその姿をすっかりと人間のそれから変えていた。


 服はどこかへと消えて、アンガスと同じ淡い茶髪は薄桃色のやわらかな体毛となり全身を覆い、小型の犬ほどの大きさで四つの足と一対の翼を持っている。まだ幼く愛らしい見た目であっても、シャノンはドラゴンだ。


挿絵(By みてみん)


 シャノンは軽々と椅子に跳び上がり、変身の違和感を拭うように舌で体毛に覆われた体を綺麗に拭いはじめる。そのどこか辟易した様子にアンガスは笑いながら労いの声をかけた。


「ここまでよく我慢してくれたね」


 アンガスの言葉にシャノンは少し労うように目を細めてから頷いた。その姿は幼くとも雰囲気は大人びている。幼いが、幼くない。


「人の姿が一番安全なのは理解できるので…アンガスこそ、ずっとその姿で窮屈ではありませんか」


「俺は大丈夫だよ、もうずっとこの姿で過ごしてるから」


アンガスは扉側のベッドを使うことに決めて腰掛けると、今日これからと明日の予定を話すことにした。

 今日のところはもう日も暮れてしまうため、酒場で夕飯をもらって外出はせずに眠る。明日は『旅の目的』ということになっている教会で祈りを捧げて、村の人にドラゴンについての話を聞いてみる。目星がついてもつかなくても二泊したらこの村を出て、本当の目的の場所を探しに向かう。


 シャノンはそれを聞きながら耳を揺らす。思慮深く目を細めて考えるふうだが、やがて首を横に振った。


「近い…のは分かります。でもどちらの方角だと言い切ることはできません」


「大丈夫だよ、焦らずにいこう。まずは食べて元気を出さなくちゃな」


 作戦会議は終わりだと明るく立ち上がるアンガスを見て、その気遣いにシャノンの表情も柔らぐのが分かる。


 シャノンは部屋で休ませておくことにして、アンガスは夕飯を頼みに部屋を出た。



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